アメリカ中部、ロッキー山脈の東側に位置するコロラド州デンバーで2016年に設立されたColorado Sake Co.(コロラド・サケ・カンパニー、以下「Colorado Sake」)は、SAKE醸造のために州の法律を変えたり、SAKE醸造所にコメディ・クラブを併設したりと、大胆な取り組みによってその地位を確立しています。

Colorado Sakeの商品

これまでSAKEに触れたことのなかった地元の人々に親しまれるためのユニークな試みについて、その発想の秘密を創業者のウィリアム・スチュアートさんにうかがいました。

標高1,600メートルの酒造り

15歳から飲食業界に携わり、マネージャーやソムリエとして活動していたウィリアムさんは、最後の5年間に勤めていた日本食レストランで日本酒のペアリングの魅力に気づきました。

Colorado Sake創業者のウィリアム・スチュアートさん

Colorado Sake創業者のウィリアム・スチュアートさん

どうすればお客さんが日本酒に親しみを持ってくれるかを試行錯誤する中で、日本酒を使ったカクテルを何種類も作り、ついにはSAKEの自家醸造を始めます。

「日本に比べれば、手に入る情報は充分ではないかもしれませんが、SAKEの自家醸造についての英語のウェブサイトはたくさんあります。ワインやビールの製造に関する情報も参考にしながら、あれこれ試していました」

アメリカの多くの醸造家たちと同じように、自家醸造から始まったウィリアムさんの酒造りは、徐々に本格化。圧搾機を貸してくれたワイン店のバックヤードを借りて、販売を視野に入れた酒造りをスタートしました。

Colorado Sakeの製麹の様子

そんなウィリアムさんが最初に直面した問題が、麹造りです。アメリカのSAKE醸造所から種麹を仕入れ、学んだとおりに麹を造ってみたところ、ねらった仕上がりにならなかったのです。

その原因がわかったのは、穀物酒を手がける他の醸造家と話していた時のことでした。

コロラド州デンバーは「マイルハイ・シティ(標高1マイル=1,600メートルにある都市)」と言われるほど標高が高く、乾燥した地域。一般的な地域と同じやり方では上手くいかないと気づいたウィリアムさんは、麹の重さをこまめに量り、時には湿度を調整することで、ようやく理想の麹を造ることができるようになったといいます。

「アメリカで手に入る酵母の品質にも疑問を感じていて、以前働いていた日本食レストランの日本人シェフに、日本のメーカーから購入した酵母を運んできてもらったんです。それを使ってSAKEが上手くできた時、まさに『アハ!』の瞬間でしたね。自分たちのやり方が間違っていなかったとわかったのも収穫でした」

Colorado Sakeの商品とコロラド州の豊かな自然

「コロラド州の最高の資源は水だ」と、ウィリアムさんは胸を張ります。ロッキー山脈から流れる雪解け水のおかげで、コロラドはクラフトビールの名産地として名を馳せてきました。

「酒造りにとってデンバーの水はやや硬度が高いので、フィルターでミネラル分を除去しています。デンバーには8つの貯水池がありますが、日によってどこから水が来るかが変わるので、毎日役所に電話をかけて、貯水池ごとの水質データを取っています」

しかし、水質の良さだけに頼らないのがColorado Sakeの酒造りのユニークなところ。現在、逆浸透膜(ROフィルター)のシステムを導入し、水に塩分を加えることで、日本の各都道府県の水質を模倣する取り組みをおこなっています。

「今、試しているのは新潟県の水です。水質以外は同じ条件で、いろいろな都道府県の水を真似したSAEKを造ろうとしています。成功するかはわかりませんが、おもしろそうでしょう?」

SAKEを提供するために州の法律を変える

いよいよビジネスのために酒造免許を取得しようとしたColorado Sakeに、別の課題が立ちはだかりました。

現在、コロラド州には「SAKE」を造るための法律はありません。コロラド州の現行の法律に当てはめると、製造面では「ビール」に該当しますが、販売面ではアルコール度数の観点から「ワイン」として取り扱う必要があります。

コロラドはクラフトビールの聖地。他のビールの醸造所と同じく、ウィリアムさんはタップルームを併設してSAKEを提供することを考えていました。しかし、州から「造っているのはビールなのに、そこでワインを売ることはできない」と言われてしまったのです。

Colorado Sakeのレストラン

なんとかタップルームを併設できるよう、州議員に交渉した結果、6ヶ月後には修正法案が通過。ビールとワインのどちらに該当するかをメーカー側で選択できるように法律が変更され、タップルームでSAKEを提供できるようになりました。

タップルームのオープン初日には、テーブルは3つしか用意されていなかったにもかかわらず、500人ものお客さんが立ち寄ってくれたのだとか。この反響を受けて、ウィリアムさんは「これはいける」と自信を持ちます。

続いて、酒粕を再利用した焼酎を販売するため、販売可能なアルコール度数の上限の変更を州に打診します。従来の上限は21%でしたが、これを24%に変更することで取引先の酒販店にも焼酎を卸すことが可能になりました。

Colorado Sakeが地元の蒸留所とコラボレーションして製造した粕取り焼酎は、Denver International Spirits Competitionのほか、複数のコンペティションにて受賞するなど、SAKEとはまた異なるかたちで反響を受けています。

SAKEを手に取ってもらうためのアイデア

現在、Colorado Sakeでは、ウィリアムさんを含む4人の蔵人に加え、34人のスタッフがテイスティングルームとレストランで働いています。コロラド州内の取引先は、約400軒。そのうち300軒は酒販店、100軒が飲食店です。州外では、ロードアイランド州、ジョージア州、ネバダ州、ネブラスカ州に販路を広げています。

こうした販売力の秘訣のひとつは、Colorado Sakeの手に取りやすさです。

Colorado Sakeの商品

アメリカでは、日本から輸入された日本酒は720mLあたり30ドル以上の価格帯で流通しているものがほとんど。そんな中、Colorado Sakeの定番商品「American Standard(アメリカン・スタンダード)」は、375mLサイズのプラスチックボトル入りで、1本あたり約14ドルという価格で販売されています。

「『Junmai(純米)』や『Ginjo(吟醸)』という専門用語を使うとお客さんが近寄りにくさを感じてしまいますが、私たちが目指すのは日常的に飲めるSAKEなので、このように名付けました。また、酒販店の棚に並べられた時にちょうど良い価格帯になるようにマージンをカットしています。プラスチックボトルは、親しみやすいパッケージで、製造スピードが速いのも良いところです」

そのほか、日本食レストランで働いていたころにカクテルが人気だったという知見を生かし、ライチやブルーベリー、ハイビスカスなど、フレーバー付きのSAKEも製造。近年は、アメリカで低アルコール炭酸飲料「ハード・セルツァー」が流行しているのに合わせて、アルコール度数が6%の「サケ・セルツァー」の販売も開始しました。

Colorado Sakeの「サケ・セルツァー」

「ほとんどの酒販店では、SAKEは目立たない場所に追いやられてしまいますが、この商品は前面に出してもらえています。今、アメリカで人気カテゴリーのハード・セルツァーにSAKEが仲間入りできたら、もっと多くの人々がSAKEに興味を持ってくれるようになるはず。私たちが造る他の商品にも興味を持ち、いずれは別の日本酒を買ってくれるようになるかもしれません」

このサケ・セルツァーを押し出したクラウド投資プログラムでは、70万5,211ドル(9,000万円強)の資金調達を獲得。事業を継続し、さらに新しい取り組みに挑戦するための大きな後押しとなりました。

笑顔を届けるSAKEの醸造所

Colorado Sakeを訪れる人たちの目的は、SAKEやレストランの食事だけではありません。この醸造所は、現在、コロラド州で2番目に大きなコメディ・クラブとしても知られているのです。

Colorado Sakeのコメディ・クラブの様子

コメディ・クラブを併設した理由について尋ねると、「誰だってSAKEを飲む時は笑顔でいたいでしょう?」と、ウィリアムさんは微笑みます。

「醸造所は、SAKEを学んだり、テイスティングしたりするために行く場所ですが、これは敷居が高いと思うんです。どうしたら怖がらずに来てもらえるかを考えて、地元のコメディアンと組んで30分間のショーをやってみたんですが、これがウケたんですよ」

醸造所を稼働していない夜間をコメディ・クラブとして運営することで、一定の収入を賄うことができたのも大きな収穫でした。取り扱っている酒類は、SAKEと、最近造り始めたシードルのみです。

「『バドワイザーをくれ』と言われてもうちでは出てきませんよ。ここではSAKEを飲んでもらいたいし、好きになってもらいたいという想いで始めたんですから。当初のお客さんの数は30~40人ぐらいでしたが、いまでは80人ほどに増えています。ショーは週6回ですが、毎回完売。地元のコメディアンにとっても仕事があるのは良いことですし、SAKEを飲んで笑っている人たちを見られるのは素晴らしいですよね」

Colorado Sakeのコメディ・クラブの様子

しかし、新型コロナウイルスの感染拡大がピークのころは、従業員全員を解雇せざるを得なかったといいます。彼とビジネスパートナーのジョシュア・マケラヴィーは、ただちにオンラインストアを構築。50箱もの商品を1日4時間かけて玄関先まで配達したこともありました。その結果、人手が足りなくなり、4日後には、解雇した従業員を再雇用することになったのだとか。

ロックダウンで外出禁止令が出された時には、レストランを解雇された寿司シェフとコラボレーションし、みんなでSAKEと手作りの寿司を楽しむオンライン教室を開催することもありました。

「大変な時に、みんなの笑顔を見ることができたのも、従業員に仕事を提供できたのも良かったと思っています。寿司教室の中では、授業中にプロポーズをされた人もいたんですよ。9ヶ月後、ロックダウンが解除されてから彼らがテイスティングルームに来て、赤ちゃんができたことを報告してくれました」

プラスチックボトル入りのSAKEやサケ・セルツァーの販売、コメディ・クラブを併設したレストランなど、お客さんの笑顔を作る発想力にあふれた取り組みを次々と行うColorado Sake。そのアイデアを武器に、デンバーからアメリカ中へとSAKEと笑顔を届けています。

(取材・文:Saki Kimura/編集:SAKETIMES)

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