アメリカのSAKE醸造家たちにインタビューをしていると、会話の中によく登場する人物がいます。

彼の名前は、アンドリュー・セントファンテ。バージニア州シャーロッツビルにある醸造所「North American Sake Brewery」(ノース・アメリカン・サケ・ブリュワリー)の創業者です。

ひとりの造り手として、シャーロッツビルの人々にSAKEの魅力を伝えながら、同時に北米酒造同業組合の創設者として、アメリカの醸造家たちのコミュニティを築いてきたアンドリュー。酒造りに懸ける想いや、アメリカのSAKE業界の未来について、お話をうかがいました。

来日して気づいた、日本酒の魅力

海外留学プログラムを運営する企業に勤めていたアンドリューは、船で世界中を旅しながら、さまざまな国の文化を体験してきました。

初めて日本に訪れたのは2010年。とある小さな日本酒居酒屋に入ったとき、日本酒のストーリーや多様性、奥深い味わいを店主から教わり、大きな衝撃を受けたといいます。

「私はクラフトビールやクラフトワインなどのアルコール文化が大好きなんですが、なぜ今までSAKEが眼中になかったのかと思うほどの衝撃でした。アメリカに戻ってからもSAKEに対する想いは消えず、もっと深く知るためにさまざまなお酒を試して、飲めば飲むほど大好きになっていきました」

過去にビールを自家醸造していた経験があるアンドリューは、日本酒をたっぷり飲んだある夜、目の前にあるボトルを見つめながら、ふと「SAKEはどうやって造るんだろう。自分でも造れないだろうか?」と思い立ちます。

アンドリューさんが酒造りをしている様子

そのあとの行動は早く、インターネットで酒造りの工程を調べて、さっそく初めての酒造りにチャレンジ。麹は暖かい屋根裏部屋で、醪(もろみ)は涼しい地下室で造ってみたのだとか。

「もちろん、できあがったのは世界一のSAKEと呼べるようなものではありませんでした。ただ、これが酒造りに没頭するきっかけになったんです。特に麹造りはとても魅力的で、これまで体験したことがないほど素晴らしい香りだったのを覚えています。もっと学びたい気持ちに駆られて、調べては造るのを繰り返しているうちに、造ったSAKEを友人や家族に贈るようになりました」

最初はバケツ1杯分ほどの製造量でしたが、だんだんと量は増えていき、地下の貯蔵庫が埋まるまでに。酒造りに魅了されたアンドリューが「SAKE醸造所をオープンしよう」と決断するのに、そう時間はかかりませんでした。

レストラン併設の醸造所をオープン

North American Sake Breweryとしての活動は2016年から始めていましたが、醸造所がグランドオープンしたのは、その2年後となる2018年のこと。

North American Sake Brewery

アメリカでSAKE醸造所をオープンするには、連邦政府と州のそれぞれの免許が必要です。そして、SAKEは連邦政府ではビールに分類されますが、バージニア州ではワインに分類されます。

ここで、ひとつの壁に突き当たりました。バージニア州のルールでは、ワイナリーは食べ物を提供するレストランを持たない限り、お客さんにテイスティングをしてもらうことが禁止されていたのです。

「早い段階で計画を切り替えることになりました。当初は酒造りだけできればいいと考えていたのですが、レストランを併設することに決めたんです」

こうして併設されたレストランでは、日本食にインスピレーションを受けたフュージョン料理を提供。ラーメンや寿司、丼など、アメリカで人気の日本料理をそろえています。結果的には、食事をきっかけにSAKEをおすすめする機会になっているのだそう。

North American Sake Breweryに併設しているレストランで提供されている料理

レストランで提供されている料理

「レストランの料理はおいしいと評判です。フレッシュなにごり酒にはTボーンステーキ、辛口の原酒にはフライドチキンとのペアリングをおすすめしています」

また、シャーロッツビルはワインやビール、シードルなどのクラフト醸造所が多い地域。アルコール・ツーリズムに訪れる人も少なくありません。

「ワインやビールが飲めると思って訪れた人から、『セイク(SAKE)ってなに?』と聞かれることもよくあります(笑)。でも、我々の醸造所はとても美しいし、これをきっかけに知ってもらえるのはうれしいですね。新鮮なSAKEを味わうことは、実に魅力的な体験ですから。

アメリカでは、ビールもワインもスピリッツも、"クラフト"の要素が注目されています。醸造所のツアーに参加して製造工程を見学し、テイスティングをして、ボトルを買って帰る。アメリカのクラフト文化の中で行われていることを踏襲しながら、現地の人々にSAKEを体験してもらっています」

醸造所のツアーの様子

さらにアンドリューは、地元でSAKEを広めるために、自身の"SAKEを造るアメリカ人"というユニークなポジションが役に立つと話を続けます。

「私はアメリカ人ですから、同じアメリカの人々にSAKEをわかりやすく説明することができます。SAKEについて知識を身につけてもらうことは大切です。ただ、SAKEは楽しいものだということも忘れてはいけません。教育という威圧的な要素によって、SAKEの楽しさが損なわれることがないように、バランスには注意しています」

キャッチーなデザインと、スタイルに忠実な味わい

North American Sake Breweryでは、アメリカの中でも酒造りに適した米の栽培に注力している、アーカンソー州のIsbell Farms(イズベル・ファームズ)やカリフォルニア州のSun Valley Rice(サン・バレー・ライス)から原料米を仕入れています。

品種は、アメリカで食用米として広く流通しているカルローズが中心。酒造好適米である「渡船(わたりぶね)」がルーツで酒造りに適した性質を持つことから、アメリカのSAKEの原料としてよく使われています。

「日本で使われている品種は入手が難しく、送料だけでも高額になるので、カルローズの存在は本当にありがたかったです。ひとつの米にどんな個性があり、麹がどのように育ち、タンクの中でどう溶けるのか。まずは要素を絞って、集中的に学ぶのが大事だと考えています。それを経て、今はほかの品種にも目を向け始めている段階です」

North American Sake Breweryの商品

商品は、純米酒の「Real Magic(実在する魔法)」、にごり酒の「Big Baby(大きな赤ちゃん)」、辛口原酒の「Quiet Giant(静かなる巨人)」など、コミック調のラベルとコミカルなネーミングによって、SAKEに馴染みのないお客さんの目を惹くように工夫されています。

純米大吟醸酒の「Serenity Now!(今こそ静寂を!)」は、90年代に人気だったコメディショーのタイトルなのだそう。いずれも、アメリカの人々が見れば、思わずクスリと笑ってしまうようなパッケージです。

また、純米吟醸酒の「Olympus(オリンパス)」は、2021年の東京オリンピックに合わせて開発された商品。アンドリューは、少し悲しそうな表情で次のように話します。

「私は若いころにスポーツをやっていたこともあって、オリンピックが大好きなんです。東京オリンピックを観戦するために日本へ行って、たくさんの酒蔵を訪ねようと思っていましたが、コロナの影響で断念しました。

でも、SAKEの楽しさが伝わるような商品にしたかったんです。アメリカのほかのクラフト産業では、こうしたキャッチーで笑いを誘うような商品がよくあります。SAKEに馴染みのない人に対して、難しそうな印象を和らげることで、より多くの人がSAKEの世界に足を踏み入れてくれることを期待しています」

ただ、デザインはカジュアルな一方で、味わいはカテゴリーごとの特徴を忠実に表現しています。

「純米酒は、土の香りを感じられるような複雑さやフィニッシュがあります。にごり酒はしっかりとした味わいで、バナナのような香りとユニークなテクスチャーが特徴。純米大吟醸酒は、フルーティーで華やかな香りを強調しています。

お客さんに、『私はフルーティーなSerenity Now!が好きだな』と思ってもらうことで、純米大吟醸というカテゴリー自体にも興味を持ってもらう。それぞれのスタイルに忠実な造りをすることは、そうした教育的な効果に結びつきます」

North American Sake Brewery

多いときには年間3〜4万リットルもの生産規模だったといいますが、コロナ禍によるレストランの閉鎖や流通事情が影響し、現在は規模を縮小。ときどき父に手伝ってもらいながら、ほとんどはアンドリューひとりで作業を行っています。

「ここ1年半は、規模を縮小せざるを得ませんでした。これから生産量を回復させるために、もう少し人手を増やしたいと思っています。少人数での酒造りは過酷な作業です。でも、この仕事の素晴らしいところは、『これ以外の仕事をやるなんて考えられない』と思わせてくれること。この厳しい局面を乗り越えれば、将来的には努力が実を結ぶと信じています」

SAKEにまつわる課題を解決するコミュニティ

日本酒を愛しているからこそ、その味を再現するための忠実な酒造りに努めてきたアンドリュー。

「酒造りを始めた当初は、右も左も分からなくて、酒蔵のホームページのコンタクトフォームから連絡を取っていた」と話すように、2019年には、YouTubeをきっかけに大門酒造(大阪府)にコンタクトを取り、修行に出向いたこともあるといいます。

大門酒造で修行をしていた当時のアンドリュー

大門酒造で修行をしていた当時のアンドリュー

「インターネットでたくさん調べて、時には酒蔵で修行して、学んだことを少しずつ試しながら酒造りを身につけていきました。大変な毎日でしたが、このような期間があったからこそ、さらに酒造りに夢中になっていったのだと思います。『なんで急に温度が上がったんだろう』『どうしたらもっとうまくいくんだろう』と、常に試行錯誤しながら仕込みに臨んでいました」

そんな日々を送る中で、アメリカで酒造りをするためには、設備や原料の調達、情報の入手のしづらさなど、さまざまな課題があることを痛感したのだそう。次第に、「新たな醸造家がスムーズに酒造りに挑戦できる方法はないか」と考え始めます。

そしてあるとき、日本酒書籍の著者であるバーニー・バスキンと出会ったアンドリューは、「アメリカでSAKEの業界団体を立ち上げる」というアイディアにたどり着きました。こうして2019年に誕生したのが、北米酒造同業組合(Sake Brewers Association of North America)、通称SBANAです。

北米酒造同業組合(Sake Brewers Association of North America)の公式サイト

SBANAの公式サイト

SBANAでは、アメリカのSAKE醸造家たちが情報交換し、アメリカの酒税法に対する課題を議論するといった交流が可能です。2022年3月現在、北米にある約20のSAKE醸造所が所属しています。

「酒造りをしているときに醸造家仲間に電話をかけて、『うちの醪にこんなことが起きているんだけど、どう思う?』とか『麹室で使う布はどこで調達した?』といったことを相談できるのは、本当に豊かなリソースです」

SBANA に加盟している醸造所(一部)

SBANA に加盟している醸造所(一部)

また、SAKE醸造所のほかにも、米農家や日本の麹メーカー3社が加盟。原料面の問題解決にも取り組んでいます。

「Isbell Farmsのクリスは、80年代に開催されたイベントで日本の米農家に出会い、そこから40年にもわたって酒米を栽培しているんです。このように、インスピレーションはどこからやってくるかわからない。多様な人々が集まるコミュニティをつくることで、そうした小さなきっかけを生み出すことができます。

麹メーカー3社の参加は本当に喜ばしいことです。初期のころは、日本酒用の麹が手に入らず、味噌麹を使っている醸造家も多かったんですよ。こうした新たな出会いや、小さな積み重ねが、より良い酒造りにつながると思っています」

SBANAの活動風景

加えて、SBANAでは、アメリカのSAKE市場を広げることを目的に、消費者を増やすための活動にも力を入れています。

「アメリカでSAKEを受け入れてもらうためには、もっと消費者がSAKEに触れる機会が必要です。醸造所同士が連携して、一般の人々の支持を獲得しなければなりません。

アメリカのクラフトビール市場は、自家醸造によって発展してきました。それと同じように、我々の活動がきっかけで新たに酒造りを始める人が増えれば、それは間接的にSAKEの飲み手を増やすことにもつながります。

アメリカ中に新たなSAKE醸造所が誕生し、飲み手を含めた関係人口が増えていくことで、アメリカに『本物のSAKE産業』を築き上げることができるはずです

北米を代表するSAKEを目指して

新型コロナウイルス感染症の影響を大きく受けた2020年から2年が経過し、だんだんと経済が回復しつつあるアメリカ市場。事業を縮小していたNorth American Sake Breweryもまた、より本格的な生産体制に向けてエンジンをかけようとしています。

「バージニア州全域で展開し、その次は東海岸のほかの州にも市場を広げようと思っています。とても大変な作業ではありますが、そのために生産量を増やし、物流面の課題解決に取り組んでいるところです」

州ごとに異なる法律やルールが存在するアメリカでは、州をまたいで販路を広げるために、乗り越えなければいけないハードルはたくさんあります。

それでも、「我々は『North American Sake(北米のSAKE)』という名前を掲げているくらいですから、全国的な企業になるという大きな野望があります。まだまだ時間はありますからね」と意欲的なアンドリュー。あきらめない前向きなその姿勢こそが、これまでのNorth American Sake Breweryの軌跡と、アメリカ全体のSAKE業界のコミュニティを形成してきたのです。

(取材・文:Saki Kimura/編集:SAKETIMES)

編集部のおすすめ記事