2019年7月、「水芭蕉」で知られる群馬県・永井酒造は、「MIZUBASHO PURE」「水芭蕉 純米大吟醸 翠」「MIZUBASHO 雪ほたか Awa Sake」「水芭蕉 雪ほたか 純米大吟醸」の4銘柄にて、ヴィーガン認証を取得しました。日本酒でのヴィーガン認証は、岩手県・南部美人に次いで全国2番目です。
ヴィーガン(Vegan)とは、肉や魚、乳製品などの動物性食品を食べない、完全な菜食主義者やその思考のことを指します。日本国内外で複数のヴィーガン認証団体が審査・認定を行っており、永井酒造はNPO法人ベジプロジェクトジャパンより取得。「群馬ヴィーガンプロジェクト」として、群馬の食材のブランディングに取り組むJETRO(日本貿易振興機構)群馬がアドバイザーを務めました。
今回お伝えするのは、日本の重要な観光資源である日本酒と、世界的なムーブメントになりつつあるヴィーガンの関係性。海外からヴィーガンレストランのシェフを招いて開催された、昼食会の様子とあわせてお届けします。
「菜食人口」は世界で急増している
ヴィーガンやベジタリアンなどの菜食を実践する人の数(菜食人口)は、世界中で急増しています。アメリカのヴィーガン人口はこの10年で1%から6%超に増加し、推定2,000万人ほど。ニューヨークには菜食専門レストランが140店舗以上もあり、専門店以外でも多くの飲食店やスーパーが菜食に対応したメニューやコーナーを導入しています。
ドイツ・ベルリンに住む人々は約15%が菜食人口で、これは世界トップの数字。菜食に対応したメニューを導入している飲食店も10年間で400店舗以上にまで増え、「ヴィーガンが世界一住みやすい街」と言われています。
一方、日本ではベジタリアンやヴィーガンの定義が曖昧なため、比較できる統計はありませんが、ベジタリアン人口で数%以下と推定されています。この違いはどこからきているのでしょうか。
アメリカなどでは、肥満が深刻な社会問題であることに加え、2014年に畜産が環境破壊にもたらす脅威を描いた映画の反響が大きく、食生活を見直す人が急増したのだそう。対照的に、日本は栄養バランスに優れている和食文化が根強く、食に対する危機意識が低いのに加えて、出汁などでよく魚介が使われており、菜食が浸透しにくいようです。
しかし、オリンピックを目前にして海外観光客の増加が見込まれる日本でも、菜食人口への対応が求められるようになるでしょう。
日本酒を世界に広げるための「ヴィーガン認証」
ヴィーガン認証の取得にあたり、特別に造りは変更していないとのこと。4銘柄を1,000本ずつ、合計4,000本のバックラベルにヴィーガン認証を表すマークが付けられました。
米、米麹、水を主な原料として造られる日本酒はヴィーガンでも楽しめるのですが、実は澱下げのために動物由来のゼラチンが使われることがあります。そのため、ヴィーガン認証を取得することにより、動物性の原料が完全に不使用だと一目で分かるようになるのです。
永井酒造がヴィーガン認証を取得をした背景には、2つの企業理念があります。それは、地元の地域とともに発展していくこと。そして、日本酒をグローバルにマーケティングしていくことです。
永井酒造の社長である永井則吉さんは、日本酒以外の酒類を学んでいるとき、地域に根ざしたフランスのワインや、その生産者と出会い、非常に感銘を受けたのだそう。そして、「先代たちが大切にしてきた川場村に愛される存在となり、ともに文化を発信しながら、世界に発展していく」という企業理念にたどり着きました。
また、ヴィーガン認証のマークが付いた日本酒は、日本語が読めないヴィーガンの方でも安心感を持って選ぶことができます。帰国してから「この日本酒が美味しかった」とヴィーガンコミュニティのなかで話が広がれば、海外での需要の増加につながる可能性も。そうなれば、40ヵ国に輸出実績を持つ、永井酒造のグローバルマーケティングにさらなる広がりが生まれることでしょう。
「ヴィーガン×ヴィーガン」のペアリング
永井酒造が蔵を構える群馬県は、利根川をはじめとした豊かな水源に恵まれており、キャベツの生産量で日本一を誇るなど、野菜の名産地。また、草津温泉や伊香保温泉、2014年6月に世界文化遺産に登録された「富岡製糸場と絹産業遺産群」など、海外観光客に人気の観光スポットもあります。
しかし、訪日外国人消費動向調査によると、群馬県への訪問率は0.54%と全国第36位。平均滞在日数と消費金額は上位に入っていますが、海外への情報発信はまだまだ途上です。
そんななか、JETROが2018年7月に群馬事務所を開設しました。以来、「農業+観光」を掲げて、ヴィーガン食材を生かした「フード・ツーリズム」を研究しています。
その活動の一環として立ち上げたのが「群馬ヴィーガンプロジェクト」。地元旅館やレストランにヴィーガン料理を広げて、外国人が訪問してくれる仕組みを構築しようとしているのです。
そして今回、ヴィーガン先進国であるオーストラリア、ドイツ、アメリカから、ヴィーガン専門の料理人4人とレストラン経営者2人を招き、地元野菜と「水芭蕉」のペアリング昼食会が開催されました。会場は、2019年3月に開催された第1回目と同じく、前橋市に店を構えるヴィーガンレストラン「あわたま」です。
永井酒造は、料理の味を引き立てることができる日本酒を、前菜からデザートまで一貫して提供することを目指してきました。これは「NAGAI STYLE」と名付けられ、スパークリング酒、純米大吟醸酒、ヴィンテージ酒、そしてデザート酒で構成されています。
今回のラインナップは、4銘柄のうち3銘柄がヴィ―ガン認証を取得したもの。「MIZUBASHO 雪ほたか Awa Sake 2018」で乾杯し、会がスタートしました。
「ぶどうとトマトのコンポート 焼き茄子 羅臼昆布ジュレ」×「MIZUBASHO 雪ほたか Awa Sake 2018」
前菜の一皿目は「ぶどうとトマトのコンポート 焼き茄子 羅臼昆布ジュレ」。乾杯酒の「MIZUBASHO 雪ほたか Awa Sake 2018」といただきます。
このお酒は、川場村が世界に誇る幻の米「雪ほたか」を100%使用。米由来の旨味が溶け合い、柑橘系の爽やかさとベリー系の香りが口中に広がります。
「栗とバターナッツかぼちゃのスープ・泡仕立て」×「水芭蕉 純米大吟醸 翠」
二皿目の前菜は「栗とバターナッツかぼちゃのスープ・泡仕立て」と「水芭蕉 純米大吟醸 翠」です。
水芭蕉の花が思い浮かぶ味わい。柔らかで優しい白桃や洋梨のような香味は、ワイングラスでさらに引き立ち、飲む人の心を包みこんでいきます。
「生落花生と生マッシュルーム、季節の自然栽培のサラダ」
三皿目は「生落花生と生マッシュルーム、季節の自然栽培のサラダ」。雪のような姿が美しいパルミジャーノ・チーズは、酒粕から作られています。
「湯葉、蓮根、豆腐のフライドフィッシュ仕立て ハーブヴィネガーソース」×「水芭蕉 雪ほたか 純米大吟醸」
メインは「湯葉、蓮根、豆腐のフライドフィッシュ仕立て ハーブヴィネガーソース」。これに、「水芭蕉 雪ほたか 純米大吟醸」をあわせます。
川場村の自然が凝縮した「雪ほたか」で造られたこのお酒は、名産品として世界に発信されています。湯葉と蓮根、豆腐を魚に見立てたこの料理との相性も抜群。群馬県を訪れる方には、ぜひ楽しんでいただきたい組み合わせです。
「グルテンフリー・ヴィーガン ショコラムースケーキ、自家製キャラメルアイス添え」× 「水芭蕉 Dessert Sake」
見た目にも美しいデザートは、 「水芭蕉 Dessert Sake」といただきます。
食事の最後を彩るデザート専用日本酒は、仕込み水の代わりに純米吟醸酒で仕込んだ貴醸酒。5年以上もの氷温熟成により濃縮された旨みと甘みは、マスクメロンを思わす香味に仕上がっています。
昼食会では提供されませんでしたが、ヴィ―ガン認証を取得した4銘柄のうちのひとつ「MIZUBASHO PURE」は、瓶内二次発酵を取り入れた本格的なスパークリング酒。
シルキーな泡がやさしく料理を包み込み、チェリーやライチの香味が感じられる一本です。シャンパンのフルート・グラスに注げば、長く立ち昇る泡と優雅な味を楽しめます。
"ヴィーガン日本酒"の可能性
昼食会の前日と午前中は、食材の生産者や永井酒造を訪問したシェフたち。 昼食会でも、群馬県副知事とJETRO群馬所長、「あわたま」シェフ夫妻、永井酒造の社長・永井則吉さんの話に耳を傾けます。
それもそのはず。午後には、素材の特徴を生かしたヴィ―ガン料理を考案・試作し、翌日に群馬県内の温泉旅館やホテル、レストラン関係者に提案する役目が待っているのです。いったいどのような感想を抱いたのか、シェフたちに伺いました。
オーストラリア・シドニーからは、和食・フュージョンレストラン「Tokyo Laundry」の四方田雅彦シェフと柴田幸治オーナーの2人が招かれました。
「移民が多いオーストラリアでは、ベトナム料理は人気です。生春巻きなどに使うライスペーパーはヴィーガン・グルテンフリー食材ですが、認証マークが付いている商品から売れていくので、認証の力はとても大きいと感じています。日本酒にも同じ効果があるのではないでしょうか」
アメリカからは、国内最大のヴィーガン・レストランチェーン「Veggie Grill」ロサンゼルス店のシェフであるサーシャ・アルジャーさんが参加。
「アメリカのなかでも特に移民が多いロサンゼルスでは、インド料理などに代表されるスパイシーな料理もポピュラーですが、ワインを合わせるのは難しいんです。日本酒にはあまり馴染みがなかったけど、スパークリング日本酒のほうがスパイシーな料理に合わせやすいと感じました」
ドイツ・ベルリンから参加したのは、ヴィーガン・レストラン「Lucky Leek」のシェフを務めるジョシータ・ハルシントさんと、オーナーを務めるセバスチャン・ハルシントさん夫妻。同店は、フランスの「ミシュランガイド」にて、コストパフォーマンスに優れ、美味しい料理を提供するレストランに与えられる「ビブグルマン」を獲得しています。
「2011年に私たちが店を構えた当初、ヴィーガン・レストランはベルリン中部に8店舗ほどしかありませんでしたが、今では80店舗ほどにまで増えました。現在は日本酒を取り扱っていませんが、ソムリエと相談しながら、ヴィーガン日本酒の導入を検討したいと思っています。日本酒でソルベを作ったり、ソースとして使うのも良さそうです」
ベルリンに自分の店を構えるビヨルン・モシンスキーさんは「日本でヴィーガン生活を送ることが、いかに大変なことか知らなかった」と感想を話してくれました。
2019年1月に世界で初めて日本酒にヴィーガン認証を取得した、南部美人の久慈浩介社長は「国内のほかの酒蔵もヴィーガン認証を取得することで、外国人の手に取ってもらえるチャンスが増えると思います」と語っています。
2つの酒蔵に続いて、ヴィーガン認証をはじめとした、信仰やライフスタイルに対応する食のバリアフリー化への動きが日本酒の世界でも広がっていく。そんな予兆を感じた取材でした。
(取材・文/中大路えりか)