秋田県横手市増田町は、歴史的建造物が多く残る観光地。町内にある「内蔵」と呼ばれる大きな蔵をもつ建物は、国や市の文化財に指定されています。
今回は、この秋田県有数の観光名所・増田町に蔵を構える日の丸醸造をご紹介します。
衛生管理を徹底した蔵
日の丸醸造は、元禄2年(1689年)に創業した酒蔵です。
社名を冠し、古くから地元で愛されている銘柄「日の丸」のほか、1981年放送のNHK連続テレビ小説「まんさくの花」にて横手市が舞台となったことを機に誕生した銘柄「まんさくの花」など、複数の商品を扱っています。
案内していただいたのは、歴史ある酒蔵を支える社長室長の佐藤公治さん。
造りの特徴を伺うと、なんと、酒米と酵母を14種類ずつ使用し、月ごとに新しい日本酒を醸しているといいます。"売り切ったら次の商品を仕込む"というサイクルの造りによって、季節限定品を多く扱っているのだとか。「まんさくの花」は、毎月見るたびにラベルや中身が変わるブランドになりつつあるそう。
日の丸醸造の「味」を語れるようになるには時間がかかりそうですが、商品ラインナップが多いことはファンにとっても魅力的ですね。
日の丸醸造にも、国指定重要文化財の「内蔵」があります。柱が一本一本壁に打ち込まれていて、神々しくもどこか落ち着くその姿は、100年前とまったく同じ状態を保ち続けています。歴史ある建物でありながら、とても綺麗に整頓されている印象です。
最初に案内していただいたのは、麹米が眠る冷凍庫。酒蔵内を見ても、抱く印象はとにかく綺麗だということ。隅々まで行き届いた清掃に驚かされます。佐藤さんは「蔵は足下の汚れが特に目立ち、リフトなども出入りするため、ひたすら掃除することを徹底しています」と話してくれました。
麹米は、去年からすべて冷凍して使用しています。作業の簡略化を図るため、常温ですぐに使うことはやめたそう。麹米を冷凍するという懸念については、試験醸造で確認済みとのこと。
機械だけに頼らない、本質を極めた酒造り
次は、作業工程について。はじめに、原料処理の工程です。
「浸漬した米を重力で脱水することで、浸漬中の白米の吸水を制限する『限定吸水』は擬似的に可能ですが、それでは中心部にまだ水が残っている恐れがあります。そのため、脱水機を使用し、必ず10キロずつ浸漬させて脱水するという方法を徹底しています」と佐藤さんは話します。
さらに、浸漬後は「赤外線水分計」で吸水の具合を確認しているそう。原料処理の徹底ぶりが伺えます。
こちらは、日本で一台しかないオーダーメイドの自動製麹機。自動製麹機を使っている酒蔵はありますが、オーダーメイドとは驚きです。
製麹の際には、麹菌の働きを促すため、どうしても泊まり込みによる温度管理が必要になります。しかし、この自動製麹機を使うことで温度管理はもちろんのこと、「切り返し」や「蓋麹」などといった作業も自動化しているのだそう。
製麹において一番大切なことは、蒸した米を麹室に運びこむ「引き込み」とのこと。日の丸醸造では、引き込んだあとに温度ムラが出ないよう、引き込み作業には少なくとも3人の蔵人を配置し、必ず人の手を入れています。
搾り作業は、その大半をヤブタ式で行います。こちらも特注の"まんさくカラー"です。「ヤブタ式が置いてある部屋は、その蔵の清潔さを測るバロメーターになると思っています」と話す佐藤さんの言葉から、ここでも衛生管理への意識の高さが伺えます。
火入れは約8割が「瓶火入れ」とのこと。できる限り酸化を防ぎつつ香りを飛ばさないように火入れ作業を行うため、「パストライザー」という瓶火入れ用の機械を2台導入していました。
また、貯蔵用のタンクとして、温度管理が可能な「サーマルタンク」を使用しています。
積極的に設備投資を行っている日の丸醸造ですが、「ただ単に設備投資をすれば良いというわけではありません。実用性のある機械に投資を行いつつ、造りの細かい部分にどれだけ本気が出せるのか、自分とどれだけ向き合えるのかが大事だと考えています」と佐藤さんは語ります。その言葉からは、本質をとことん突き詰めている姿が伺えました。
「多彩なラインナップを楽しんでほしい」
最後に、お酒に懸ける思いを佐藤さんに伺いました。
「限定吸水や引き込み、衛生管理などの手間をかけなければいけないところは徹底しています。ラベルも自社でデザインしたり、自社HPやYouTubeなどでも造りの詳細や設備を公開中です。今はどこの日本酒も美味しいのが当たり前なので、ほかとは違うことをしなければいけません。
ほかの酒蔵さんと比べたら多種類の酒米や酵母を使っているので、配合などもひとつひとつ考えて醸しています。そういった思いを汲み取ってもらえたら嬉しいですね。
ひとつの蔵の日本酒でさまざまな味わいを楽しめることが私たちの強みです。しかし、分かりにくい部分でもあると思っています。種類が豊富なので、年間で20本くらい追い続けてもらえれば私たちのお酒が伝わるかなと。2018年から採用している、杜氏を置かない新体制を続けていくためにも、目が届く範囲で酒造りをしていきたいですね」
徹底した衛生管理と工程管理をベースに造られる、多彩なラインナップ。ぜひ、さまざまな酒質を楽しみ、日の丸醸造の魅力を体験してみてはいかがでしょうか。
(文/磯崎浩暢)