こんにちは、日本酒指導師範&酒伝道師の空太郎です。
本日は奈良県御所市(ごせし)の油長酒造さんが醸している「風の森」という銘柄のお酒をご紹介します。
17年前にデビューした「風の森」は当初から「しぼりたてのおいしい日本酒をたくさんの人に飲んで、喜んでもらいたい」と「濾過せず=無濾過」「火入れせず=生酒」「加水せず=原酒」の3つを掲げています。
近年でこそ「無濾過生原酒」は巷に珍しいタイプのお酒ではなくなりましたが、デビュー当時は異色でした。
しかし、ぶれることなく「無濾過生原酒(油長酒造さんは無濾過無加水生酒と呼んでいます)」を出し続け、有力ブランドとしての地位を固めています。
その裏には「単に漫然と無濾過生原酒を出荷するのではなく、生酒の味わいが少しでも長持ちするための不断の努力」がありました。
蔵元社長の山本嘉彦さんが、先日催されたセミナーでその思いを熱く語っていらっしゃいました。
その要旨をご紹介します。
風の森が誕生したのは1998年。
名前は蔵のある御所市内から和歌山市に向かう街道を行くとたどりつく風の森峠から命名しています。
当時、弊社を含め、奈良県内のいくつかの酒蔵は造ったお酒は大消費地の大阪に出荷すればよくて、地元奈良で売ろうという意識が希薄でした。
そんな状況を私の父は「それでいいのか。造ったお酒が地元で愛されることが1番大切なのではないか」と考えました。
そこで、地元の人なら誰でも知っている風の森峠から名前をいただき、新商品の発売を決心したのです。
では、地元向けのお酒とはなんだろう、ということになり、みんなで語り合った結論が、搾ったばかりのお酒をそのまま瓶詰して生酒として1年中売ろうというものでした。搾りたてのお酒というのは甘味、旨味、酸味、渋味が混ざり合いながら口の中で弾ける味わいで、ほとんどの人がおいしいと感じます。
ところが、その人が後日、スーパーなどで日本酒を買って飲めば「この間飲んだお酒とは違う。いつもの普通の日本酒だ」と落胆します。市販のお酒は搾りたての酒の個性をほとんど消し去っているからです。
そこで「うちのお酒はスーパーにはない生酒ですよ」という売り文句で、奈良県内と一部県外の特約店経由で売り出したのです。
このころは、あまり生酒はなかった時代です。
搾りたてのお酒というのは冬場のごく一時期の季節商品という受け止め方でしたので「1年中、搾りたての生酒ってほんとうか?」という声もあったようです。
ところが、2000年の後半あたりから、徐々に他の酒蔵も無濾過生原酒を出すようになってきて、いまやそれが大きな一つの流れになりました。
僕らのやってきたことが正しい方向だったと嬉しい思いでいます。
ところで、日本酒の表示にはいろいろと厳しい規制が引かれていますが、一方で「無濾過」についてはまったく規制がありません。
このため、どういう処理をしたら「無濾過」なのかは、酒蔵さんによって随分違います。風の森にとっての無濾過とは、搾り機から出てきたお酒をそのままタンクに移して、数日、静置し、薄濁りの部分が沈殿した後、清澄になったお酒を瓶詰めすることです。
搾ったお酒をフィルター(中空糸フィルターなど)を通過させて貯蔵するのは無濾過ではないと考えています。
なぜフィルターを使わないかといえば、搾ったばかりのお酒には無数のコロイド粒子状の成分が浮遊しています。
顕微鏡で見れば確認できるような大きさですが、フィルターはその成分を通過させずに除去してしまうのです。
風の森の考え方ではこのコロイド状の粒子に味わいをより多彩にする成分が存在していて、よりパンチのある酒になっていると考えています。
それを取り除くと搾りたてのお酒とは違うものに変わってしまうので、やらないのです。
ただ、生酒にはデメリットもあります。火入れ殺菌したお酒に比べて飲み頃期間が短いことです。
例えばお店で生酒の1升瓶を開けたとします。
1杯目は炭酸ガスも残っていてシュワシュワした素晴らしい味わいです。
それが何日か経過して瓶の半分ぐらいになった時に飲むと、初日と味わいに変化があると思います。
でも、それはそれでいいと感じたとします。
そして、開栓して2週間後に最後の1杯を取ったら、明らかに味わいのバランスが崩れて生ひねがひどく、出せないお酒になっていました、としたら、あくまで例ですが、この生酒の飲み頃期間は最長で2週間弱ということになります。
風の森では、この飲み頃期間をできるだけ長くするように商品設計をしています。
造りからその趣旨でやっていますが、1番重要なのは搾ってから瓶詰めするまでの工程に細心の注意を払うことです。
ポイントは「空気に触れる機会」と「酒に圧力をかけたり、撹拌したりする機会」を最小限に抑えることです。
生酒は圧力をかけたり、撹拌したりすると微妙に味わいのバランスが崩れます。
このため、私の蔵ではお酒の移送に極力ポンプを使わない工夫をしています。
幸い、搾り機が2階にあるので、重力だけで1階の貯蔵タンクに搾ったお酒をためることができています。
お酒は空気に触れると酸化が始まります。出荷する段階まではできるだけ酸化はさせたくない。
搾ったお酒をタンクに貯める際、ホースから出てきたお酒の位置がタンクの底まで距離があると、その分、空気に触れて酸化が進んでしまう。
そこで、うちの蔵ではホースはタンクの底まで伸ばして、お酒をそっと貯めるようにしています。
お酒は限りなく搾り機の出口から出た瞬間と同じ状態のまま瓶詰めして、出荷しています。
「風の森は生酒なのに、生ひねしにくいね」とよく褒めてもらいますが、もっともっとひねにくくして、開栓後の飲み頃期間を延ばしていくために、チャレンジを続けたいと考えています。
以上が山本嘉彦さんのお話でした。
風の森の生酒に対するこだわりが理解できました。
無濾過生原酒のトップランナーとしての活躍を今後も期待したいと思います。
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