25歳の若さで蔵元杜氏のバトンを渡され、酒造りに取り組んでいる女性杜氏がいます。栃木市にある相良酒造の杜氏・相良沙奈恵さん(現在29歳)です。

酒造りができなくなった兄に代わって杜氏になることを決意したときは、日本酒に興味がなかったという沙奈恵さん。大学や修行先で酒造りを学ぶなかで、米をお酒に仕上げることの魅力に惹かれて、酒造りにのめり込みました。現在、北関東では数少ない女性杜氏として注目を浴びています。そんな沙奈恵さんが醸す「朝日榮(あさひさかえ)」の軌跡をたどりました。

伝統文化の灯を消したくないという思い

相良酒造の外観

相良酒造は1831年の創業以来、杜氏を招聘して酒造りをしていましたが、蔵元社長である相良洋行さんの代になって、「これからは蔵元自身が酒を造るべき」という考えのもと、20年ほど前から蔵元杜氏のスタイルに変わりました。

長男の明徳さんが洋行さんの跡を継ぐ予定でしたが、他の酒蔵での修行中に事故にあってしまい、酒造りを続けられなくなってしまいます。3人兄弟の末っ子で、当時、高校生だった沙奈恵さんは、好きな音楽に関われる幼稚園の先生になるつもりでしたが、「180年以上続いた蔵を後継者がいないために閉じるのは忍びない。日本の伝統文化の灯を消したくない」という思いから、みずから杜氏になることを決意します。

東京農業大学に進学した沙奈恵さんは、酒造りを一から学ぼうと地道に勉強し、卒論では日本醸造協会と共同で、日本酒造りに乳酸菌を活用する研究に取り組みました。次第に、日本酒の世界に魅せられていったのです。

麹室を説明する相良沙奈恵さん

卒業後は群馬県の酒蔵で2年間、修行しました。沙奈恵さんを指導したのは、全国新酒鑑評会で何度も金賞を受賞した実力者。「質の高いお酒を造るための微妙な温度管理と徹底的な衛生管理を学びました。また、吟醸酒に使う麹造りのコツを叩き込まれたのが財産になっています」と、沙奈恵さんは当時を振り返ります。

不眠不休で仕込んだ最初の一本

「朝日榮」を試飲する相良沙奈恵さん

2013年の春に蔵へ戻り、その年の冬から小さな仕込み1本を任されて、特別純米酒に挑戦します。

「どんなお酒を造りたいかなどという次元ではなく、ちゃんとお酒になるのだろうかととにかく不安でした。麹造りの期間だけでなく、醪の段階になっても、1時間おきに様子を見ていました。醪の温度が0.1℃変わるだけで心配になり、まさに不眠不休の日々でした。搾りが終わって、無事にお酒が出てきたときには、うれしいというよりも『日本酒は造り手の命を削って造るものなんだ』と感じました。そのことを父に話したら『1年目からそれがわかれば上等だ』と笑われました」

娘の様子を見て、洋行さんは次のシーズンから杜氏としての役割を全面的に沙奈恵さんに譲り、普通酒主体の造りを特定名称酒主体へ転換することを決意。短期間のうちに沙奈恵さんの経験を増やすため、仕込みの規模は小さいまま、回数を重ねていく作戦に出ます。

「ひと冬に大吟醸酒を何本も造るような体制で、造りが終わった直後には過労で倒れるほど大変でしたが、おかげで、造りのコツを掴むことができ、自分がどのような酒質で朝日榮を造っていくのかという方針をある程度固めることができました」

日本酒の魅力を伝える伝道師として

相良酒造が醸す「朝日榮」

そして平成26BY(醸造年度)、新生「朝日榮」がデビューしました。

それから3シーズンの造りを経て、酒質は年々向上し、ファンも着実に増えています。父の洋行さんは、よりいっそうの酒質向上を目指して新しい設備を次々と導入し、沙奈恵さんを応援しています。しかし、新しい設備が入ったとしても、理想の麹を追い求め、夜中でも2時間おきに麹の様子を見に行く手間は怠りません。

「朝日栄」の題字

沙奈恵さんは、昨年秋に日本ソムリエ協会認定の「SAKE DIPLOMA(サケ ディプロマ)」に合格しました。日本酒に関する幅広い知識とテイスティング能力をもつ人に与えられる資格です。造り手としてだけでなく、日本酒の魅力を伝える伝道師としての腕も磨いていこうとしています。

そんな沙奈恵さんに、朝日榮のこれからについて伺いました。

相良酒造の杜氏・相良沙奈恵さん

「ひと口飲んですぐに美味しいと感じるフルーティーなお酒とは一線を画して、透明感のある柔らかな味わいが広がり、最後はすっきりとしたキレのあるお酒を目指しています。イメージしているのは、青葉にそっと寄り添う朝露です。食事に、そして、お客様にそっと寄り添う存在でありたいです。まだ20代なので偉そうなことは言えませんが、いつか大きな品評会で賞を獲れたらうれしいですね。そして、今まで支えてくださった方々に、酒質向上という形で恩返しをしていきたいと思います」

朝日榮のお酒が、今後ますます美味しくなっていくことを楽しみにしています。

(取材・文/空太郎)

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