JR名古屋駅から電車と徒歩でおよそ30分。おだやかな住宅街に建つ愛知県名古屋市の山盛(やまもり)酒造は、古くから地元に愛されている酒蔵です。

この記事では、地元・名古屋とともに歩む山盛酒造と、名古屋産にこだわった、名古屋づくしの新商品「ALL NAGOYA(オールナゴヤ)」の魅力についてお伝えします。

地元・名古屋に愛され続けてきた山盛酒造

江戸時代の建物を活用した山盛酒造の歴史ある外観

山盛酒造の創業は、明治20年(1887)。古い町並みに馴染んだ昔ながらのたたずまいを残す酒蔵は、江戸時代に築造された酒蔵を譲り受けたものです。代表銘柄は「鷹の夢」です。

酒造りの中心となるのは、「鷹の夢」など伝統の味わいを守り育てている5代目社長・山盛幸夫さんと、その伝統を引き継ぎながら新しい山盛酒造の酒造りにチャレンジしている6代目の山盛岳志さんです。

蔵人は山盛さんたちを含めてわずか5名ですが、少数精鋭で協力しながら酒造りに励んでいます。

山盛酒造 6代目の山盛岳志さん

山盛酒造 6代目の山盛岳志さん

元々は東京のシステム会社で働く営業マンだった6代目・山盛岳志さんが酒造りに携わるようになったのは、酒蔵開きの手伝いをしたのがきっかけでした。

「僕を酒蔵の人間と気づいていないボランティアスタッフから『ここの酒はうまいぞ!飲んでみろ!』と声を掛けられたんです。実家のお酒なので、もちろん飲んだことはあったんですけど、すすめられて飲んだ時に、『あ、おいしいな。うちはこんなに地元の方に愛されていたのか』とはじめて思ったんです」

それまで「実家が酒蔵でも俺は俺の人生を送る」と考えていた山盛さんですが、しばらく悩んだのち、2012年に酒蔵に戻ることにしました。

酒造りに取り組み始めた山盛さんは、「新しい山盛酒造にチャレンジしよう!」と考え、コンセプトシリーズを立ち上げました。これは「食中酒として楽しめるもの」を意識して企画されたものです。はっきりと酸を効かせたものや骨格のしっかりした味わいのものなど、今までの山盛酒造とは少し違う味わいを少量仕込みで造っています。

「5代目である父が山盛酒造の味をしっかり守ってくれているから、新しいことに取り組むことができました」

蔵人として酒を造りながら、イベントの企画やチラシの作成、営業活動までなんでもこなすオールラウンダーの山盛さん。前職のスキルをフルに活用しつつ、それでも「自分は修行中の身。 造り手としては、まだまだ新米なので日々勉強中ですね」と謙虚に話す姿が印象的でした。

名古屋づくし!「ALL NAGOYA」に込められた想い

山盛酒造「ALL NAGOYA」

山盛酒造「ALL NAGOYA」

そんな山盛さんが現在取り組んでいるのが「ALL NAGOYA」です。これは酒米から酵母、酒造りまで、全て“名古屋づくし”で仕上げた限定シリーズです。

愛知県の酒米「夢吟香」

愛知県の酒米「夢吟香」

「山盛酒造では、ちょうど愛知県で採れた酒造好適米の『夢吟香(ゆめぎんが)』を使ったお酒の割合を少しづつ増やしていたところでした。

2019年に名城大学農学部の加藤教授の紹介で、JAなごやから『名古屋市内で夢吟香を栽培をするので、酒造りに使ってみないか』とお声掛けいただいたのがきっかけです。“名古屋の酒米で醸す地産地消のお酒”を造ってみたいと考え、今回の『ALL NAGOYA』のプロジェクトが始動しました」

愛知の酒造好適米といえば「若水(わかみず)」や「夢山水(ゆめさんすい)」が上げられますが、品種改良を経て、2012年に品種登録されたのが「夢吟香」です。

名古屋のような平地でもおいしく育ち、心白が大きいのが特徴。酒米としては少し粘りますが、キレの良いお酒ができあがるといいます。

仕込み中の様子

仕込み中の様子

2019年に栽培・収穫された夢吟香を使って、R1BY(令和元年醸造年度)に初めて醸したのが、「ALL NAGOYA 純米吟醸」です。

「僕もどういうお酒に仕上がるか、試行錯誤しながら醸しました。酒米農家さんへの想いや、実家の山盛酒造を育ててくださった地元・名古屋に貢献したいという想いがあったからこそ、企画から実行までかなりのスピード感ですすめることができました。結果、地元のみなさんにも喜んでいただけたので、本当に良かったと思います」

「ALL NAGOYA」プロジェクトの2年目となるR2BY(令和2年醸造年度)の造りは、さらに進化しています。1番の大きな違いは、新たに純米酒を醸したことです。

昨年は初めてのチャレンジで純米吟醸のみでしたが、プロジェクトの企画段階から同じ酒米を使って、純米酒、純米吟醸、純米大吟醸の3種類を醸したいと考えていたそうです。

2020年の酒米収穫量が天候の影響で例年より少なく、予定の8割しか確保できなかったため、仕込み量を縮小せざるを得なかったことも大きな変更点でした。

「それでも、酒米を一生懸命育ててくださった農家さんには感謝しかありません。今年は気温の変化も激しく、仕込み具合を調整するのに毎日ひやひやしていました」

愛知県の酒米「夢吟香」

名古屋市西区で栽培された酒米「夢吟香」

環境の変化も大きかったなか「酒造りを続けられていることに感謝の気持ちが大きい」と語る山盛さん。酒蔵が毎年、日本酒を醸し続ける意義や、酒蔵と酒米農家さんとの繋がりをあらためて感じるお話でした。

「ALL NAGOYA」を飲み比べ

山盛さんの想いが詰まった「ALL NAGOYA」。それぞれ味わいが気になるところです。

仕上がったばかりの「ALL NAGOYA 純米(R2BY)」の生原酒と、1年熟成の「ALL NAGOYA 純米吟醸(R1BY)」をティスティングをさせていただきながら、味わいの特徴や楽しみ方をうかがいました。

山盛酒造「ALL NAGOYA 純米吟醸」

山盛酒造「ALL NAGOYA 純米吟醸」

「今年は純米吟醸と純米とスペック違いがあるので、飲み比べて酒米の特徴や造りの違いを楽しんでみるのも、おもしろいんじゃないかなと思っています。日本酒度は、どちらも±0前後とほぼ同じなのですが、精米歩合に加えて酵母と造りを変えているので味わいには差が出ています。

純米吟醸には、名古屋市内にある食品工業技術センター(あいち産業科学技術総合センター)で培養された『FIA-3』という酵母を使いました。デリケートな酵母で洋梨のような香りを感じられますね。

山盛酒造のお酒の中で比較すると、甘めで後味にスッキリ感があります。甘みのある白身のお魚が合うと思います。たとえば、えんがわとか鯛でしょうか」

常温の「ALL NAGOYA 純米吟醸」をいただくと、ふわっと香りが立ち上がりました。1年熟成のためか、少しトロッとして柔らかいテクスチャーと長めの余韻も感じます。

山盛さんが話されていた「名古屋育ちの夢吟香らしいかすかな苦味」が、飲み終えたあとにスッキリ感への橋渡しをしてくれます。しっかりと冷やしてから、前菜などと一緒にいただくのも、徐々に香りの広がりを感じられてよさそうです。

山盛酒造「ALL NAGOYA 純米」

山盛酒造「ALL NAGOYA 純米」

「純米の生原酒は先日一足先に搾りを終えましたが、こちらは思ったとおり、旨味と酸味のバランスが良いものに仕上がりました。純米吟醸とは違って香りはさほど強くありませんが、しっかりした旨味と穏やかな酸味がまさに食中酒向き。『夢吟香』と山盛酒造の造りの特徴がよく出ているのでおすすめです。

純米酒には名古屋の技術センターで培養された『FIA2』という酵母を使っています。この酵母はとても元気で、予定よりも3日くらい早く仕上がったので焦りましたね。

酸度が2.2-2.3くらいあるので、しっかりした味わいの料理に合うと思います。唐揚げや赤身のお肉のような力強い味や油を感じるものに、この酸味のキレが合うんじゃないかな。まだ搾りたてなので、もう少し時間が経ってくると、後味の苦味が落ちついて酸味の特徴がもっと出てくると思います」

どちらのお酒も名古屋育ちの夢吟香の良さが出た仕上がりで、料理とのペアリングが楽しみになる食中酒にぴったりなお酒のようです。

馬刺
「ALL NAGOYA 純米」の生原酒と、山盛さんおすすめのおつまみ「馬肉」と合わせてみると、お酒の柔らかな旨味が、馬肉のうまみと九州の少し甘めの醤油に負けずにバランスをとっています。また、酸味と少しだけ感じる後味の苦味が馬肉に乗せた薬味とも合っていて、おいしくさっぱりといただけました。

名古屋のためにできることを求めて、チャレンジは続く

コロナ禍がまだまだ続くなか、山盛さんにこれからの展望をお聞きしました。

「今回のコロナ禍で、酒蔵というのは、酒米農家さん、酒販店さん、飲食店さん、そして飲んでいただいているお客様に支えていただいて成り立っていることを、あらためて痛感しました。まだまだ厳しい状況ですが、お互いに盛り立てていく必要があると思いますので、いろいろなチャレンジを目論んでいます」

「キントラタカノユメチャレンジタンク2021」

「キントラタカノユメチャレンジタンク2021」

最近では、名古屋市北区にある金虎酒造とコラボし、「キントラタカノユメチャレンジタンク2021」と題して、お互いの蔵の麹を交換して日本酒を造るという試みも行ったばかりです。

「これは名古屋の日本酒と新しい酒造りを広く知ってもらいたいと考えて企画しました。私たちの造る日本酒をおいしく提供してくださる飲食店さんと一緒に盛り上げていければと思っているので、醸したお酒の一部は飲食店さんへ無償で提供する予定です」

酒米から造りまで全て名古屋づくしの「ALL NAGOYA」プロジェクトや、名古屋の2蔵がコラボして行った「キントラタカノユメチャレンジタンク2021」など、名古屋ならではの取り組みを、関係者の方々とともに積極的にすすめる山盛酒造と山盛さん。今後のチャレンジにも注目です。

(取材・文:spool/編集:SAKETIMES)

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