2015年に長野県の酒蔵後継者たちが結成したユニット「59醸(ごくじょう)」。メンバー全員が「昭和59年度」生まれであることがユニット名の由来で、毎年決められたテーマをもとに、それぞれが独自の造りにチャレンジしています。
参加メンバーは以下の5人です。
- 関晋司さん(中野市/丸世酒造店「勢正宗」)
- 沓掛正敏さん(上田市/沓掛酒造「福無量」)
- 飯田一基さん(長野市/西飯田酒造店「積善」)
- 飯田淳さん(長野市/東飯田酒造店「本老の松」)
- 村松裕也さん(飯山市/角口酒造店「北光正宗」)
8季目を迎えた今年は、どのような造りに挑み、どのようなお酒が仕上がったのでしょうか。メンバーに話をうかがいました。
「バッチバーチ」と火花を散らした酒造り
「59醸」の8季目のテーマは「バッチバーチ」。その趣旨について、幹事役の角口酒造店・村松さんは次のように話します。
「『59醸』の酒造りでは、毎年、酒米と精米歩合を共通させています。長野県産の酒米に限定していて、1季目から『美山錦』『ひとごこち』『しらかば錦』『金紋錦』『山恵錦』という順番で使用してきました。6季目からは2周目に入り、今回は59%精米のしらかば錦を使うのが共通ルールです。
テーマである『バッチバーチ』は、8年目の『8』と、しらかばを英訳した『Birch(バーチ)』から考えました。"バチバチ"と火花を散らすくらいの意気込みで造ろうという思いを込めています」
これを受けて、「59醸」のメンバーは、どのような酒造りに挑んだのでしょうか。
「勢正宗」地元で発見された乳酸菌を使った酒
「『59醸』は新たなチャレンジをするためのユニットだと思っているので、毎回『火花を散らすぞ』という心構えで酒造りをしています。今回も新しいことに挑戦しようと、地元で発見された乳酸菌を使って、人工乳酸を添加しない酒母を造りました。
ただ、この乳酸菌と長野酵母の相性はあまり良くないので、ほかの酵母を使うことにしましたが、"長野縛り"を守りたかったので、『真澄』を醸す長野県・宮坂醸造が発祥のきょうかい701号を選びました。また、仕込みの4段目には、白麹を使った甘酒を加えています。
完成したお酒は、序盤に酸味があり、中盤からは適度にお米の旨味が出てくるのが特徴です。通常のうちのお酒よりは、ドライで線の細い仕上がりになりました。乳酸菌と白麹はうまく使いこなせたものの、酵母の良さを十分に引き出せなかったので、自己採点は87点です」
「福無量」ラフマニノフ交響曲第2番 第3楽章を聴かせた酒
「毎回、テーマに合わせたクラシック音楽を選んで、麹や醪に聴かせています。今回は優雅さで『バッチバーチ』を表現しようと、とても叙情的で優雅な曲である『ラフマニノフ交響曲第2番 第3楽章』を選びました。これに合わせる形で、香りが華やかで上品な甘みがあるお酒を目指しました。
うちの定番の純米吟醸はひとごこちを使っているのですが、その造り方をそのまましらかば錦に当てはめて、醪経過もほぼ同じように管理しました。酵母はきょうかい1801と1001のブレンドです。結果として、香りはねらい通りの優雅な雰囲気を出すことができましたが、味の出方が少し足りませんでした。
ふだん、しらかば錦を使うことは滅多にないので、その経験不足が原因だと思っています。自己採点は83点です」
「積善」主流であるアベリアの花酵母を使った酒
「うちが使う酵母は花酵母のみとしていますが、ほかの蔵ではあまり使わない種類を選ぶことが多いんです。ただ、今回は自分の実力を知るいい機会だと思い、あえて主流であるアベリアの花酵母を使って、『ほかの蔵の花酵母のお酒と火花を散らしてみよう』というイメージで造りに挑みました。
目指したのは、雑味や苦味の少ない、爽やかな味わいのお酒。麹を出品酒レベルの突き破精型に仕上げ、低温発酵で醸した結果、華やかな上立ち香とアベリアらしい酸が感じられる上質なお酒ができました。ねらい通りの味わいに仕上げられたので、自己採点は95点です」
「本老の松」5年前のリベンジを果たす酒
「『おいしいお酒を飲みたい』というお客様に対して、火花を散らすような本気の思いで応えようと決め、今回はコロナ禍で機会が増えた家飲みでだらだらと飲み続けられるようなお酒を目指しました。
5年前のしらかば錦を使った酒造りでは、やや重めの味わいになってしまったので、今回はそのリベンジも兼ねています。甘さがありつつもすっきりとしていて、最後にきっちりとキレる酒質にしようと、きょうかい901号酵母を使って長期低温発酵で醸しました。
仕上がりとしては、造りの時期に気温が低くて醪の管理がしやすかったこともあり、ほぼ目標通りのお酒ができました。5年前と比較してもいい出来なので、自己採点は91点です」
「北光正宗」出品酒に匹敵するインパクトのある酒
「昨年はコロナ禍で『59醸』のイベントなども開催できなくなり、気持ちが落ち込み気味で、お酒も納得のいかない仕上がりでした。今季は気持ちも落ち着いてきたので、自分自身に喝を入れる意味でも、『火花を散らすようなお酒を造るぞ』と決心して取り組みました。
うちの『北光正宗』は、ドライでキレの良い味わいを売りにしてきたお酒です。しかし、『北光正宗』を知らない人に対しては、もっと大きなインパクトが必要だと考え、コンテストに出品するようなお酒を造ることにしました。
目指したのは、甘さはありつつも、後半でスッとキレていくような味わい。しらかば錦は味の膨らみを出しにくい米なので、3段仕込みの後に、少量の4段目を加えました。
結果として、ほぼ納得のいく出来になりました。落ち着いたバナナ系の香りで、酸は少なく甘さがあり、キレの良い仕上がりです。100点と言いたいところですが、来年以降への期待も込めて、90点を自己採点としました」
これまでの「59醸」の活動で得られたもの
8季目の「59醸」のボトルは、昨年のクラシックなデザインから一転。青いボトルに大きく8の字を描き、上には「59醸」のロゴ、下には各蔵の銘柄を入れ込んでいます。各蔵の色は、2季目から定着したテーマカラーです。
「59醸」を結成して、今年で早8年。この8年間を振り返り、これまでの活動は、各メンバーにどのような影響を与えているのでしょうか。「ふだんの酒造りにも役立っている」と話すのは、西飯田酒造店・飯田一基さん。
「『59醸』では毎年テーマを変えているので、どのようなお酒にするか、いつも知恵を絞っています。そうしているうちに、それ以外のお酒についても、コンセプトを明確にしたうえで造りを行うようになりました」
東飯田酒造店・飯田淳さんは「一本の仕込みを自分の責任で造れる機会ができたことで、造りも上達し、杜氏だった父に認めてもらえるようになったんです。おかげで、父に代わり、2年前に杜氏に就任することができました」と、世代交代のきっかけになったと話します。
同級生の集まりだからこそ、気を遣わないやりとりができて、「気持ちを前向きに変えてくれた」と微笑むのは丸世酒造店・関さんです。
「家族のみで経営しているような小さな酒蔵は、外部との交流が少なく、どうしても気持ちが内向きになってしまいます。その点、『59醸』は同級生のユニットなので、和気あいあいと情報交換ができ、以前より酒造りが楽しくなりました」
弟の浩之さんが杜氏を務める沓掛酒造・沓掛さんは、「『59醸』がなければ、私は営業や経理のみを担当して、造りに携わる機会はほとんどなかったかもしれません。『59醸』がきっかけとなって造りを経験することができ、杜氏という仕事への理解が深まりました」と語ります。
「改めて、小さな蔵が団結することの重要性を感じた」と話すのは、角口酒造店・村松さん。
「私たち5蔵は規模が小さく、単独では存在感が薄くなってしまいがちです。ただ、それぞれが手を取り合ってユニットとして活動すれば、存在感が大きくなって取材される機会も増えますし、イベントなどでも集客がしやすいんです。
酒蔵は小さな会社が多いので、足の引っ張り合いをするのではなく、協力して存在感をアピールすることが大切だと、改めて痛感しました。ひとまずはゴールとしている10季目を目指して、これからも切磋琢磨を続けていきます」
5月21日(土)には、今季の「59醸」のお酒を飲み比べできるリリースイベントが銀座にて開催予定です。当日は5人のメンバー全員も参加し、直接、造りへの思いをうかがえるのだそう。
5人がそれぞれの形で火花を散らした"ゴクジョウ"の酒。ぜひ手に取って、その思いを味わってみてください。
◎商品概要
- 名称:「59醸酒2022」
- 醸造元:「勢正宗」丸世酒造店、「福無量」沓掛酒造、「積善」西飯田酒造店、「本老の松」東飯田酒造店、「北光正宗」角口酒造店
- 容量:720mL
- 価格:各1,980円(税込)
◎イベント概要
- 名称:「59醸 バッチバーチ de 5959(ゴクゴク)」
- 日時:2022年5月21日(土)
- 場所:銀座NAGANO
- 時間:11:00~12:00/12:30~13:30/14:00~15:00/16:00~17:00/17:30~18:30
- 定員:各回12名(申込先着順)
- 参加費:5,000円(180ml×5銘柄の特別セット+ちょっとしたおつまみ付き)
- 参加方法:現在キャンセル待ちを受付中です。詳しくはHPをご確認ください。
- お問い合わせ先:03-6274-6015(銀座NAGANO)
(取材・文:空太郎/編集:SAKETIMES)