長野県の酒蔵後継者たちが結成したユニット「59醸(ごくじょう)」は、2015年の結成以来、毎年テーマを決め、それぞれが独自の造りにチャレンジしています。
ユニット名の由来は、メンバー全員が昭和59年度生まれということから。参加メンバーは以下の5人です。
- 関晋司さん(中野市/丸世酒造店「勢正宗」)
- 沓掛正敏さん(上田市/沓掛酒造「福無量」)
- 飯田一基さん(長野市/西飯田酒造店「積善」)
- 飯田淳さん(長野市/東飯田酒造店「本老の松」)
- 村松裕也さん(飯山市/角口酒造店「北光正宗」)
7季目の造りを終えた「59醸」のメンバーに、今年のお酒の仕上がりについてうかがいました。
「七三」というお題から想像するものは?
「59醸」7季目のテーマは、「七三(しちさん)」です。
「59醸の活動は結成当初から10年間で終了すると決めています。だから今回は『7』年目で、残りあと『3』年。今年は令和『3』年で、『7×3=21』で、2021年にも繋がります。そんな連想から『七三』をお題にしました。酒造りの条件は、酒米『ひとごこち』を使って、59%精米、一回火入れの純米吟醸酒を造ること。酒米は、各蔵が独自に契約栽培農家から調達しています」
今年のテーマを幹事役の角口酒造店・村松さんは、次のように話してくれました。これを受けて、「59醸」のメンバーは、どのような酒造りに取り組んだのでしょうか。
「勢正宗」掛米と麹米を7:3の割合で仕込んだ酒
「一般的な酒造りでは、掛米と麹米は8:2の割合で使うのですが、今回のテーマが『七三』だったので、麹米を3割に増やし、7:3の割合で造りました。さらに、うちは四段仕込みによる個性的な甘味が売りなので、四段目の仕込みにもち米ではなく甘酒を投入しました。
ただ、甘いだけではインパクトが足りないので、麹米の一部に白麹を使うことでクエン酸を増やして、全体として、『甘いけど、最後に酸でビシッと締まる味わい』を目指しています。
毎年違うチャレンジをするので、四段目の投入のタイミングには悩みますが、今回はこれまでの四段仕込みで培った経験を活かして、投入のタイミングを決められました。仕上がったお酒は白麹の存在感は出たものの、慎重になりすぎて、もう少し酸味のシャープさが出た方が良かったかなと思いました。自己採点は87点ぐらいです」
「福無量」ブラームス交響曲・作品番号73番を聴かせた酒
「毎回テーマにちなんだクラシック音楽を麹や醪に聴かせて酒造りをすることにしています。そこで今回も『七三』にまつわる楽曲を探しました。
最初に浮かんだのが、ベートーベンのピアノ協奏曲第五番『皇帝』(作品番号73番)でした。ただ、『七三』に対する僕のイメージが『ダンディで渋い』だったので、この曲では華やか過ぎて合わないなと。次の候補がブラームスの交響曲第2番二長調(作品番号73番)でした。ブラームスの重厚な印象が前面に出ていて、イメージにぴったりでこちらを選びました。
実際の造りでは、取引先のトラブルで酒米の入荷がギリギリのタイミングとなり、醪日数にゆとりがなくなり、狙った味わいよりも酸味が強く出てしまいました。自己採点は75点です」
「積善」73歳を迎えた父に贈る酒
「『七三』といえばやっぱり、髪型の七三分けを思い浮かべますが、みんなも似たようなことをやるだろうから、別のことを考えようとしました。私が得意とする花酵母の中にも『七三』に結びつくものがなく悩んでいるところに、ふと、会長である父が73歳であることを思い出しました。
一昨年に私が社長になり、世代交代も進んでいます。そこで、これまでの感謝の気持ちを込めて、父の好みのお酒を造ることにしました。父の好きなお酒は香り系でちょっと甘い、出品酒に近いタイプ。『59醸』で造る酒は、挑戦的な要素が必要なので、ピンクのバラの花酵母を使い、あえてアルコール度数15度台の原酒に挑みました。
醪は立ち上がりの動きは鈍かったものの、その後は順調で目標の数値にうまく落とし込めました。上槽してすぐ、父にスペックなどの説明を一切せずにブラインドで飲んでもらったところ、『美味いな』のひとこと。そう言ってもらえて、ほっとしました。目標を達成できたので、自己採点は95点です」
「本老の松」産地の異なる酒米を7:3の割合で仕込んだ酒
「テーマである『七三』は、原料の配合割合で表現しました。原料米の『ひとごこち』は、安曇野郡松川村産を7割、長野市大岡村産を3割で使っています。酵母は長野D酵母を7割、協会901号を3割。種麹も2種類を使い、7対3の割合で調合して使っています。
狙う酒質は、昭和のサラリーマンの七三分けのような、バブルの時代を彷彿とさせる甘口タイプ。そのために短期醪を目指しました。種麹を従来より多く振り、発酵の促進を進めて仕込んでから19日で搾りました。仕上がったお酒は上品で色っぽく、新たな『本老の松』を表現できたと思います。自己採点は93点です」
「北光正宗」七三分けが流行っていた昭和の時代の王道の酒
「テーマを聞いて七三分けの髪型が頭に浮かび、級別制度があった昭和の時代の王道の酒を現代の手法で造ってみることにしました。当時の吟醸造りに多く使われていた協会901号酵母を使い、蔵に残っていた酒造りの経過簿や文献を読み込んでから酒造りに臨みました。
ところが、今回の冬は久し振りの大雪。ここ何年も雪の少ない冬が続いていて、雪のある寒い冬の酒造りの感覚を忘れていたので、それを思い出すのが大変でした。醪がいうことを聞いてくれなくて苦労しましたね。
結局、なんとか搾りまで着地させることはできたものの、できあがった酒は昔の良くできた一級酒というイメージ。酒造りがいつでも思うようにいくものではないことを痛感させられました。だから、自己採点は70点ですね」
「1本でも多くのお酒を買ってもらうために」
7季目の「59醸」のラベルデザインは、当初は七三分けにしたメンバーの似顔絵を表貼りにどーんと使う予定でした。ですが、印刷発注のギリギリのタイミングで差し替えることに。その経緯を幹事役の角口酒造店・村松さんは次のように話します。
「メンバーの顔が大きく貼られたラベルは、遠目で見れば、『何だあれは!』と目を引きますよね。奇抜なデザインで目立つことは間違いないのですが、奇抜だから手に取ってもらえるとは限りません。むしろ、奇抜がゆえに手に取られないかもという不安も残ります。
コロナ禍でどこの酒蔵も売上が苦しいなかで、『1本でも多くのお酒を買ってもらいたい時期には、オーソドックスなデザインの方が良いのではないか』とメンバーで相談したところ、『贈り物にも使えるようなデザインにしてくれと取引先から言われたことがある』との声もあり、最終的には七三分けをイメージしたエンブレム様のデザインに落ち着きました」
「七三」というテーマで、各蔵の個性が際立った2021年の5本のゴクジョウ酒。その造りの裏側には、苦境に立っている日本酒業界を応援したいという気持ちがありました。
取扱店舗は公式サイトより確認できます。ぜひ手にとって楽しんでみてください。
◎商品概要
- 名称:「59醸酒2021」
- 醸造元:「勢正宗」丸世酒造店、「福無量」沓掛酒造、「積善」西飯田酒造店、「本老の松」東飯田酒造店、「北光正宗」角口酒造店
- 容量:720ml
- 価格:各1,980円(税込)
(取材・文:空太郎/編集:SAKETIMES)