東京・南青山にあるフレンチレストラン「レフェルヴェソンス(L’Effervescence)」は、アジアのレストランシーンの専門家たちによって選ばれる「Asia's 50 Best Restaurants」に2014年度から7年連続で表彰されているレストランです。
ミシュランガイド東京においては、2011年に一つ星、2015年からは二つ星の評価を受け続け、世界の美食家たちからも注目されています。また、日本酒とのペアリングに力を入れていることでも知られています。
そのソムリエでもあり、支配人を務める青島壮介(あおしま そおすけ)さんに、レフェルヴェソンスと日本酒の魅力について伺いました。
その土地のものを使って季節感を表現する料理
東京・西麻布、六本木通りと骨董通りが交わる交差点から細い道を入ると、閑静な住宅街にただずむスタイリッシュな建物が迎えてくれます。こちらが青島さんが働く、レフェルヴェソンスです。
広いエントランスから進むと心地良いウェイティングルームがあり、落ち着いた雰囲気のメインダイニングへと続きます。
レフェルヴェソンスの魅力は、なんといっても、エグゼクティブシェフ・生江史伸(なまえ しのぶ)さんが織りなす料理です。
生江シェフは北海道の「ミシェル・ブラス トーヤ ジャポン」や、イギリスの「ザ・ファットダック」でスーシェフとして経験を積んできました。
「ミシェル・ブラス トーヤ ジャポン」は、自然から料理を創作するレストラン。そして、「ザ・ファットダック」は、分子ガストロノミーの最先端で有名なお店です。
そんな異なる世界観を持つレストラン出身の生江さんがつくる料理は、モダンであり、哲学的であり、その土地のものを使って季節感を表現することを重視しています。
生江シェフの料理と人柄に惚れ込んで
北海道に住んでいた青島さんが、レフェルヴェソンスに入店したのは、生江さんに声をかけられたことがきっかけでした。
生江さんとの出会いは「ミシェル・ブラス トーヤ ジャポン」。そこで3年間、一緒に働いているうちに、生江さんがつくる料理のおいしさはもちろんのこと、人柄にも惹かれたといいます。
「当時、生江シェフは2番手のポジションでした。自分より若手の意見を吸い上げてシェフに伝えている姿を見て、"お兄さん肌だな"という印象を受けていました。上司にも信頼され、後輩にも親しまれ、本当に人間性が良いのだと思っています」
イギリスで経験を積んだ生江シェフが帰国し、レフェルヴェソンスがオープンすると、その活躍は青島さんの耳にも入ってきました。青島さんは休日を利用してたびたび東京を訪れ、生江シェフのつくる料理に感銘を受けたといいます。
「生江シェフの素晴らしい料理と人柄のもとで働きたい」と考えていたところ、なんと生江さん本人から「支配人として、レフェスヴェソンスで挑戦してみないか」と誘いを受けたのです。39歳という自身の年齢も考え、生江さんと一緒に働き続けたいと決心して、北海道から東京へやってきました。
レフェルヴェソンスがオープンしてから半年後、東日本大震災が起こります。その影響もあり、青島さんが入店したころは、お客様が数組という日もあったそうです。
そんななか、ディレクターとして現場のオペレーションからマネジメントまで幅広くこなしていた青島さんは、「料理はとてもおいしいのにお客様が増えないのはなぜなのか?」と常に考えていました。
そこで、サービスやコミュケーションのやり方を根本から変えることを決めたのです。
「縦割り社会のレストランでは、テリトリーや派閥があり、担当しているお客様に対して他のスタッフが話しかけたりサービスをしたりすることはあまり許されませんでした。そのやり方を変えようと思ったんです」
「ミシェル・ブラス トーヤ ジャポン」では、スタッフ同士をファーストネームで呼びあい、家族のようにみんなでお客様と接する文化がありました。その経験を青島さんは参考にしたそうです。
レフェルヴェソンスでも、家庭的な仲間たちとともにお客様をもてなし、喜びをシェアし、そして、お客様にリラックスしてレストランでの時間を過ごしてもらうことを目指しました。
「北海道は観光地ということもあって、東京でのやり方とのギャップがありましたが、北海道でやっていたことを反映しても良いのではないかと考えました」
コミュニケーション方法を変えてから、常連の方から「当初は緊張感があって若い子が萎縮しているように見えたけれど、今はとてものびのびしていて居心地が良い」と、声をかけられることが多くなったそうです。
こうして料理のクオリティにサービスの向上が加わり、レフェルヴェソンスは人気のレストランとなりました。
日本酒は、蔵との繋がりを大事に
フレンチレストランであるレフェルヴェソンスで日本酒を取り扱い始めたのは、2015年に店舗を改装したときのこと。最初は生江さんから提案されたことがきっかけでした。
「私たちは、その土地のもの、日本そのものを料理で表現している。それなのに、なぜヨーロッパのワインばかりを使うのか?日本の土地の文化や季節感を出しているのだから、日本酒を使ってみるという発想はないのだろうか?」
そう聞かれた青島さんは日本酒について一から勉強し、さまざまな銘柄を飲んで学んだといいます。
「実は日本酒は苦手でした。日本酒の知識も乏しく、フレンチにはワインが合うという固定観念もあったのです。でも、『新政』に出会って驚きました。エレガントで華やか、ワインのような印象でした。こんな日本酒があるのか!と衝撃を受け、フレンチでも使いたいと思いましたね」
レフェルヴェソンスのスタンダードな提供方法は、料理ごとに最適なワインと日本酒を合わせるやり方です。日本酒が好きという方にはすべての料理に日本酒を合わせることもあります。料理よりもお客様の嗜好によってお酒を選ぶことが多いそうです。
「料理とのペアリングというより、お客様とのペアリングです。会話の内容からヒントを得たり、たとえば、地方から来られたお客様であれば同郷の日本酒をお出ししたり、記念日であれば、そのビンテージの熟成古酒を選んだりします。そのほうが印象が強く残りますから」
お店で取り扱う日本酒を選ぶときには、造り手にも注目していると青島さん。
「蔵との繋がりを大事にしています。やはり、ご縁がある酒蔵のお酒を扱いたいですね。誰が造っているのか、その造り手はどんな人柄なのか。それらのエピソードもペアリングを楽しむための要素として捉えています」
青島さんに日本酒の魅力をたずねると「温度帯によって味が劇的に変わること」と話します。日本酒の提供温度はとても幅広く、それがワインとは異なる楽しみ方です。
「温かい料理には同じ温度にして違和感なく口に入るようにしてみたり、反対に氷温の状態で出してみたりします。口に含んで体温に近づいた時のエモーショナルな感じを味わってほしいですね」
その温度帯でしか表現できないポイントでフランス料理と日本酒を体感できるのが、レフェルヴェソンスならではのペアリングです。
日本酒はすべて、専用セラーで保管
レフェルヴェソンスでは、日本酒を最適な状態で提供するために、専用のセラーを導入しているそうです。
「お酒の質によって、常温保存のもの、ワインと同じ温度のもの、マイナス5度の日本酒セラーで貯蔵するものと分けています」
氷温で保存する目的は、熟成を遅らせたいもの、少し寝かせておきたいもの、味を引き締めたいものなど理由は様々。たとえば、華やかな香りは冷やすと落ち着くため、氷温で保存して香りを抑えてから提供することもあるそうです。
とはいえ、一般的にワインと日本酒の価格は随分と異なります。これまで多くのワインを扱われてきた青島さんに、日本酒の価格についてうかがいました。
「ワインと比べて日本酒が安いか高いかと言ったら、安いと思います。蔵にとってスペシャルなお酒だったとしても、なかなか値段を上げられないのが現状です。だからこそ、もっと新しいプレイヤーが参入して、ビジネスとして値段を上げられるようになれば良いですね。これからの日本酒の世界には、たとえば、四合瓶で10万円といった日本酒が増えてもいいと思います」
また、日本酒の酒蔵が協賛としてお酒を無償で提供したり、イベント出張の費用を自己負担したりするという現場をこれまで見てきて、「間違っている」と感じたと青島さん。「かかる費用は商品価格にもっと加えてもいいのではないか」とも話します。
レフェルヴェソンスは、コロナウイルス感染症の影響で2ヶ月間休業していましたが、「ピンチをチャンスに」と休業中にはさまざまな試行錯誤が行われていました。
厨房の機器を新調し、以前から導入したかったという薪釜を設置。今まで3~4割はインバウンドの海外からのお客様でしたが、今はゼロ。そこでサービスと価格も見直しました。
長い休業があけて新しくなったレフェルヴェソンスに、お客様の反応はどうだったのでしょうか。
「ずっと家に閉じこもっていると食事の面白さが薄れ、味覚も鈍ってきます。これまでずっと我慢していて、やっとレストランで食事ができることの喜びは大きいようで、それが強く伝わってきました」
レストランでの料理、そして最上のサービス、極上の時間は余韻となって帰宅するまで続きます。
「レフェルヴェソンスでの食事を楽しみにされているお客様の存在を、改めてありがたく感じました」と話す青島さんの笑顔が印象的でした。
(取材・文/まゆみ)