アメリカ・ニューヨークで日本酒の輸入を行うインポーター「Sake Suki」は、和歌山県・平和酒造の「紀土」や石川県・小堀酒造店の「萬歳楽」など、こだわりの地酒をアメリカに広める活動をしています。
Sake Suki 代表の宗京裕美子(むねきょう ゆみこ)さんに、日本酒の道を志したきっかけや、「単なる貿易会社にはなりたくない」との想いを実現するための取り組み、未来のビジョンについてのお話をうかがいました。
「日本には素晴らしい酒蔵がある」
日本のゴールドマン・サックス証券で為替のセールス担当を務めていた宗京さんは、2011年、野村証券のニューヨークオフィス「Nomura Americas」への転職に伴い、ニューヨークへと渡ります。
宗京さんが日本人ということもあり、仕事の接待には高級な寿司レストランや割烹がよく選ばれました。
接待相手であるアメリカのお客さんには日本酒を飲み慣れている人もいましたが、「純米大吟醸が最上の日本酒である」「有名なブランドの日本酒しか飲まない」といった固定観念にとらわれた意見を聞くことも多く、違和感を覚えていたといいます。
福井県で生まれ、石川県で育った宗京さん。祖父が地元の小さな酒蔵の純米酒や本醸造酒が大好きで、祖母が温めてくれた熱燗をいつものお猪口でおいしそうに飲んでいました。その祖父の横で「匂いを嗅がせて」とねだっていたという宗京さん自身も、大人になってから日本酒を好きになります。
そして、ニューヨークに来て自身が日本人であるというアイデンティティが高まるにつれ、日本酒を愛する想いはさらに強くなっていきました。
「価格だけがすべてではなく、本醸造や山廃のようなお酒のほうがうまくペアリングできる料理はたくさんあります。機会がなくて海外に進出していないだけで、日本の地方にはすばらしい酒蔵がある。そうしたお酒を『なんとかしてアメリカへ持ってくることができないだろうか』と考えたのがはじまりでした」
アルコールに関する規制が厳しく、各州によって法律が異なるアメリカ。金融の仕事はいつか辞めて好きなことを仕事にしようと決めていたという宗京さんは、事業のためにアルコール専門の弁護士を雇い、アメリカの法律や商習慣を学び始めます。
そして、2013年、パートナーのジェイソン・ガイガーさんとともに、日本酒専門のインポーター(輸入業者)「Sake Suki」を創業しました。
飲み手が見えるコミュニケーション
「単なる貿易会社にはなりたくない」と語る宗京さん。酒蔵とは商社などを介さず直接契約し、日本から届いた商品の窓口として仲介するだけに留まらない、密なコミュニケーションを心がけています。
「どの州や都市で扱われているかということだけではなく、どんなレストランや酒販店で売られていて、どんな料理とペアリングされているかまで伝えています。
海外輸出をしている酒蔵でも『保税倉庫(輸出前の商品を保管する倉庫)まで運んだら終わり』というところは少なくないと思いますが、アメリカの文化や規制、マーケットを理解してもらえるよう、双方向のコミュニケーションに努めています」
各酒蔵には月に一度レポートを送り、お客さんの反響や再注文の状況、現場からのリクエストを報告。アメリカの市場で生き残るために酒蔵と一体になって考え、飲み手が見えるコミュニケーションを意識しています。そうすることで新たなアイディアが生まれ、新商品の開発につながることもあるのだとか。
その綿密なやりとりは、実際に飲食店や酒販店といった現場に商品を卸すディストリビューター(卸業者)に対しても行われます。
「各社のセールス担当と頻繁にやりとりをして、常にスケジュールや次のアクションを共有しています。それは、顧客リストやスケジュールをチェックして、『この日のミーティングで「紀土」の純米酒を持って行ってほしい』と依頼するぐらい具体的なもの。
厚かましいくらい細かい注文かもしれませんが、Sake Sukiが売ることができなければ、酒蔵さんのアメリカでのビジネスは終わってしまうくらい厳しいものだという覚悟でやっています」
州ごとに個別でディストリビューターと契約が必要となるアメリカで、Sake Sukiは現在12州のディストリビューターと契約。来年には3州増え、販路を15州へ拡大する予定です。
金融業界で身につけた緻密な目標管理
酒蔵との直接契約は、価格面での競争力を高めるほか、商品を迅速かつ効率的に運べるというメリットがあります。
「Sake Sukiでは、名古屋の港からカリフォルニア州ロサンゼルスまで一直線の輸送ルートを取っています。酒蔵から保税倉庫の冷蔵コンテナにお酒を預けてもらったら、保冷されたまま2週間以内にロサンゼルスへ到着。トラックが冷蔵コンテナをピックアップして冷蔵の保税倉庫へと運ぶので、蔵出しから冷蔵のまま1カ月以内に各ディストリビューターに渡る環境になっています」
既存の物流を踏襲するのではなく、常に新しく効率的な方法を考え、無駄のない物流経路を採用しています。その姿勢は、常にスピード感の求められる金融業界にいたからこそ身についたものでした。
「東京のゴールドマン・サックス証券で働いていたころ、上司の口癖が『Get things done.(早く片付けよう)』でした。朝一に企画を出し、昼ごろには弁護士から承認を受け、午後一にお客さんに依頼して取引成立。夕方には後片付けをして帰る。一日ですべてのビジネスが回っていくようなスピード感の中で仕事をしていたんです。
物流だとなかなかそうはいきませんが、『ロスタイムをどれだけ減らせるか』はビジネスを最大限に広げるために重要だと考えています」
目標に対するストイックな数値管理も、金融出身というバックグラウンドならでは。
「金融業界では、1年間の予算がかなり高く設定されていて、年末の達成度で賞与が決まるため、日々数値を見ながらの厳密な進捗管理が必要になります。現在の仕事に関しても、『今の在庫を年内にすべて売るには1週間に何ケース販売する必要がある』と具体的な目標に落とし込み、1週間後に目標を達成できなかったら数字を上げるための対策を立てます」
そう語りながら「毎日の仕事が楽しい」と顔をほころばせる宗京さん。
「好きなことをやっているので、大変だと感じたことは特にないですね。在庫や発注状況を照らし合わせて、次はあれを持ってきて、これを持ってきてと考えている時が幸せです」
ペアリングから広がる日本酒の可能性
Sake Sukiと契約があるディストリビューターは、ワインを主に扱う高級レストランを顧客に持つのが特徴です。そのため、ニューヨークの三ツ星レストラン「ル・ベルナルディン」など、一流店のワインとのペアリングメニューの一部に日本酒を取り入れてもらうことに成功しています。
「アメリカにおけるワインの市場規模は日本酒の市場規模とは比べものにならないほど大きなものです。ワインは日本酒以上に競争が厳しく、ニューヨークだけで300以上のディストリビューターがいますが、日本酒という選択肢ができるということは彼らにとって武器が増えるということでもあります。
グラス一杯の価格についても、ワインのソムリエやビバレッジ・ディレクターと話し合い、彼らの目線に立ってセールスするようにしています」
新型コロナウイルス感染拡大の影響でロックダウン(都市封鎖)の処置が取られた米国では、レストランは営業停止を余儀なくされました。アメリカに輸出された日本酒のほとんどがレストランで飲まれるため、大きな打撃を受けている流通企業も少なくありません。
「レストランは新型コロナを機に明暗がはっきり分かれ、ロックダウン前から繁盛していたお店からは今も定期的に注文が入ります。ディストリビューターのおかげでワイン専門店にも多く卸しているので、その割合を上げることに力を入れていますね」
宗京さんは、日本酒がワイン市場へ食い込んでいくにあたって、「ペアリングこそが日本酒の可能性を広げる」と考えています。
「どんな料理にも合うのが日本酒の特徴。アメリカの人はホームパーティをする機会が多いので、必ず日本酒は活躍できるはずです。
たとえば、スカンジナビア料理の味付けはお酢とオイル中心で、ワインとのペアリングは難しいのですが、Sake Sukiで取り扱っている日本酒を専門のレストランに入れてもらったことがあります。日本酒とお酢の相性のすばらしさを評価していただいたんです。日本酒は食事を選ばないという点で、世界的に見ても珍しい飲み物だと思います」
アメリカから日本国内の日本酒業界を見ながら、「次世代の酒蔵がどんどん出てきているのが楽しみ」と微笑む宗京さん。Sake Sukiでも、20代の若手杜氏・古舘龍之介さんが率いる岩手県・赤武酒造の日本酒の取り扱いを始めました。
「日本国内の日本酒の消費量は減っているといった意見も聞きますが、少し前には見られなかったような酒蔵やブランドもたくさん誕生している。『赤武』も、日本酒業界を牽引していく酒蔵になっていくのだろうと期待しています」
自らもミレニアル世代(2000年以降に成人を迎えた世代)であり、既存の仕組みにとらわれない新しい流通の形にチャレンジし続ける宗京さん。日々の変化を冷静に見つめる洞察力と、その瞳の奥に燃える日本酒への愛が、アメリカや世界のSAKE市場を切り拓いていくのでしょう。
(取材・文/Saki Kimura)