新潟銘酒の代表格として知られる「八海山」を製造する、八海醸造の魅力をお伝えする特別連載。12回目を数える今回は、前回に引き続き八海醸造の社長・南雲二郎氏へのインタビューです。

日本酒ブームやグローバル化の流れを受けて過渡期にある日本酒業界の今後について、娯楽の多様化や少子高齢化といった要因を冷静に見つめ、「普通酒や本醸造の消費が、今以上に増加することは難しい」と指摘する南雲社長。そのうえで、八海醸造のとってきた戦略と、次なる一手についても語っていただきました。

後編では、新たな市場開拓も視野にいれた今後の事業展開や、製造・経営における後進育成など、「八海醸造の未来」についてお話を伺います。

「米と麹と発酵」を軸にしたブランドづくり

2009年より甘酒市場への参入を始めた南雲社長。2017年に増設した最新の製造所がフル稼働すれば、日本酒の製造石数の約半分に到達する見込みです。甘酒が"八海醸造の第2の柱"になる未来もすぐそこまで来ています。

しかし、売り上げが好調であるにも関わらず、「麹だけでつくったあまさけ」のパッケージからは八海醸造の商品だとすぐには見てとれません。第2の看板商品とも言うべきあまさけに毛筆で書かれた「八海山」のロゴを入れない理由には、こんな思いがありました。

八海醸造「あまさけ」

「八海醸造としては清酒しか造りたくないんです。ですから、新しい商品には極力『八海山』のカラーが付かないようにして、独立させていきたいと思っているんです」

「八海山」の冠を載せるのは清酒だけにして、その他の商品展開は「独立したブランド」として発展させていく。その理由は、"企業としての成長戦略"にありました。

「本当は日本酒以外のことにもチャレンジしていきたいけれど、例えば、僕たちがいきなり車をつくるなんて無理な話です。『千年こうじや』や『あまさけ』のように、今まで培ってきた技術を活かし、『米と麹と発酵の企業』という企業イメージを会社全体としてつくりたいと考えています」

会社全体の未来を見据えた上で、あえて「八海山」に頼らないブランド構築を目指していく。現状に甘んじず、成長を追い続ける南雲社長らしい考えです。

「"教えられない"技術の継承に注力したい」八海醸造を支える技術者の精神

日本酒を飲む人なら誰もが知るほどの強いブランドを持ちながら、既存の日本酒市場の外に進出し始めた八海醸造。企業の存続を念頭に、今後は「米と麹と発酵」を軸にブランドを展開していくというお話ですが、組織や人材育成の観点ではどのように舵を切っていくのでしょうか。

南雲社長は今後「『浩和蔵(こうわぐら)』での日本酒製造に力を入れていきたい」と話します。浩和蔵とは、3つある八海醸造の酒蔵の中でも、たった7名で最高品質の酒造りに取り組む少数精鋭の蔵。

「浩和蔵」での酒造りの様子

「浩和蔵」での酒造りの様子

しかし、少数精鋭の酒造りを強化するのは、量産による供給責任の追求をしてきた今までの流れに逆行するようにも思えます。なぜ今、「浩和蔵(こうわぐら)」なのか訊ねてみたところ、「今までの体制では得られない"たたきこむ"文化を継承していく必要がある」のだと話してくれました。

「レギュラー商品の高品質化を目指すうえで、僕たちが大事にしてきたのはどんどん教えることでした。その結果、教えられたものをつくれる人が増え、品質は上がってきました。一方で、よりよい酒を『創造しよう』とする人が少なくなったのではと懸念しています。教わった以上の技術を自分のものにするためには、杜氏制度の"たたきこむ"文化が土壌になると思います」

「親方」と呼ばれる杜氏(醸造責任者)のもと、全員が一丸となって最高の酒を造ることだけに心血を注ぐ「浩和蔵」。酒造りのステージを引き上げるために必要な体制だと言いますが、その現場は決して生易しいものではなく、ときには親方からの怒号が飛ぶようなストイックな環境です。

この状況を、南雲社長は自身が子どもだったころの蔵の様子と重ね合わせて、目を細めながら振り返ります。

「たとえば草履が揃っていないと『草履が揃っていないじゃないか!』と言われる。でも、それは酒造りにおいて必要なことなんですよね。整理整頓ができないということは、酒造りにおいても掃除や整頓を疎かにしてしまう可能性がある。蔵の衛生環境は酒の味わいに大きな影響を及ぼしかねません。だから草履を揃えなさいよ、と」

八海醸造では「浩和蔵」での酒造りを担う人材を自薦で募る「マイスター制度」を実施しています。酒造りに関する技術の熟練度と蔵人自身の希望を踏まえて、さらなる向上を目指せるようにした社内制度です。

八海山の酒造りの真髄が詰まった「純米大吟醸八海山 浩和蔵仕込」

八海山の酒造りの真髄が詰まった「純米大吟醸 八海山 浩和蔵仕込」

「単に厳しくしようというのではもちろんありません。でも、その領域を経験した人だからこそ到達できる品質があると思います」と南雲社長は言います。

酒造りを担う"技術者"としての精神は、安定した生産力を誇る蔵にも、高度な技術を必要とする少数精鋭の蔵にも地続きに流れ、これからも八海醸造を支えていくのです。

「託せる人材は育っている」後進育成と理想の経営者像

八海醸造の未来への展望を伺ってきましたが、代表の南雲氏も来年には還暦を迎えます。

「本当は早く辞めたいんだよ」と冗談交じりに笑う同氏ですが、自身の後継者の育成についてはどのように考えているのでしょうか。

南雲二郎社長の祖父にあたる浩一さんが1922年に創業した八海醸造は、「地域に産業を」と考えて始まった酒蔵。先代の和雄さんが代表となって一気に大きくした酒蔵を引き継ぎ、3代目の代表となったのが当代の二郎さんでした。

これまで飛躍的な成長を遂げてきた八海醸造だけに、後任の方はかなりのプレッシャーを感じるのでは……。そのことを聞いてみると、二郎さんご自身が蔵を継いだ当時の話を交え「大丈夫、大丈夫」と笑いながらこう言ってくれました。

「親父が死んだときに僕が代表にならざるを得なくて、僕のまわりにいた人たちは『八海醸造はもう終わりだな~』と言っていて、『ですよね~』と僕も返していました(笑)。でも、やってみたら何とかなるものですよ。みんな良くやってくれているので」

千年こうじやのキッチンカウンター前で腕を組みながら笑う八海醸造社長・南雲次郎氏

既存の枠組みにとらわれない革新的かつチャレンジングな経営で、業界内外から注目を集めてきた南雲二郎氏。その原動力は「仕事への興奮」なのだそう。

「ビジネスアイデアを思いつくと、どんどん膨らんでしまってひとりで興奮するんですよ。社員からは『社長はブルドーザーみたいですよね』って言われたりして。でも、僕は"仕事への興奮"を大事にしてきたし、きっとそれでよかったんだろうなと思います」

探究心と敬意が、企業成長を加速させる

わずか3代にして日本酒業界に名を馳せ、誰もが知る酒蔵に成長した八海醸造。前・後編を通じて、日本酒市場の未来や八海醸造の信念、そして未来への展望について、"業界の風雲児"とも称される代表の南雲二郎社長にじっくりお話を伺ってきました。

保守的ともいえる日本酒業界の中で、革新的で勢いのある経営戦略を打ち出していく姿勢に、突飛さや異端性を感じる人もいるかもしれません。しかし、その根底には「米と麹と発酵」という醸造工程がもつ可能性への探究心と、技術者への敬意が一貫して刻み込まれていました。

(取材・文/佐々木ののか)

sponsored by 八海醸造株式会社

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