新潟の淡麗旨口を代表する酒、八海山。日本酒に明るくない人でも一度は聞いたことのある人気銘柄でしょう。しかし、八海山を造る八海醸造は、たった3代で今の地位を築き上げてきた、いわば"ベンチャー気質"の酒蔵。そのスピード感や革新的な取り組みは、蔵の周辺を開発した「魚沼の里」や、魚沼の発酵文化を伝えるショップ「千年こうじや」など、多角的な事業展開にも色濃くあらわれています。

今回の特集は、そんな八海醸造の海外戦略について。八海醸造が力を入れてきた、海外展開のなかでも、とりわけ特徴的な取り組みが「八海山 ブランドアンバサダー」です。ブランドアンバサダーの仕事は、海外に向けて八海山の魅力を発信する、いわば"大使"のようなもの。

このブランドアンバサダーに任命されているのが、かねてよりアメリカ・ニューヨークを拠点に日本酒の啓発活動を行なってきた、ティモシー・サリバン氏です。

SAKETIMESでは、ブランドアンバサダーであるティモシーさんと海外営業課の笹川伸介さんにインタビューを敢行。ティモシーさんがアンバサダーに就任した経緯から、八海醸造の海外アプローチまで、じっくりとうかがいました。

「日本酒ライフは八海山から」人生を変えた、ニューヨークの寿司屋での出会い

ティモシーさんは、2013年2月にブランドアンバサダーへ就任しました。もともと八海山のファンだったというティモシーさんが八海山に出会ったきっかけは、今から12年前。ニューヨークの寿司屋で「純米吟醸 八海山」を飲んだのが始まりだったそう。そのときの感動を語ってくれました。

「とても驚きましたね。お寿司と『純米吟醸 八海山』のマリアージュが本当に素晴らしくて。日本酒を飲んだことはあっても、八海山のようなしっかりとした品質で楽しめる酒は初めてだったので、非常に感銘を受けました」

それまで「日本酒はもちろん、お酒自体は嗜む程度だった」のだとか。ニューヨークの寿司屋で八海山と出会ったことをきっかけに、日本酒への情熱を抱くようになります。

──もっと日本酒のことを知りたい。

ニューヨーク市内で日本酒を取り扱うお店を探し始めましたが、お店だけでなく関連する情報の少なさに気付きました。そこで「英語圏の人たちにも、日本酒の魅力をもっと知ってほしい」と、みずからが日本酒の情報を発信する方法を考え始めます。

そんな思いで立ち上げたのが「urbansake.com」でした。世界中の酒蔵や酒屋、日本酒レストランなどの情報が掲載されているwebサイトです。2005年10月の立ち上げ当初から現在までにストックされた日本酒の銘柄紹介記事は、なんと900以上。

当初は個人活動の域を出なかったそう。それでも日本酒を広めたいという強い熱意と、当時web制作の仕事をしていたティモシーさんの高いスキルもあり、少しずつサイトのファンが増え、話題になっていきました。

そして2007年、ティモシーさんは日本酒の振興に努める人が認定される「酒サムライ」に叙任。八海山との出会いから、少しずつ人生が変わっていったのです。

「日本酒を文化ごと伝えたい」ブランドアンバサダー就任までの舞台裏

八海山を飲んで日本酒のとりこになったというティモシーさん。「日本酒の魅力を英語圏の人たちに伝えたい」という思いで活動を続ける彼が、八海山のブランドアンバサダーに選出されるまでには、一体どのようなストーリーがあったのでしょうか。

八海醸造がティモシーさんへのアプローチを考え始めたのは、今から10年ほど前のことだそう。そのときの経緯について、海外営業課の笹川伸介さんはこう振り返ります。

「2007年の『酒サムライ』叙任でティモシーさんを知りました。日本酒を好きになったきっかけが八海山と聞いて、『何かいっしょにやれないだろうか』と。海外営業中にコンタクトを取って、徐々に親しくなっていった感じです。最初は"片思い"でしたね」

その後、蔵に来てもらったり、造りを体験してもらったりとティモシーさんとの距離を少しずつ縮めていった八海醸造。そして、それは新しい動きへ展開していきます。

「ティモシーさんはニューヨーカーとしての市場感覚に優れている方でしたが、製造技術の詳細まではご存知ないようでした。日本酒の製造や日本人の感覚について興味や関心があるようでしたので、文化交流を通じて八海醸造を知っていただき、海外の方にも広めてもらいたいと思ったんです」

そのころ、ティモシーさんも日本酒の世界により深くコミットする方法を模索していたのだとか。また、「日本のものを海外に展開するときに、商品の知識や背景、地域のストーリーなども併せて伝える必要がある」と感じていた折の依頼に、両者の思いが合致。晴れてブランドアンバサダーに就任することになります。

2週間の製造研修に参加した後、2013年にアンバサダーに就任し、酒造りへの理解を着実に深めていきました。そして去年(2016年)からは、念願が叶って"まる1年"の文化交流が実現。昨秋から始まった造りの間は、他の蔵人と同じ環境で酒造りを体験しました。

秋口から春先まで、毎日酒造りと向き合うのはティモシーさんにとって初めての経験。蔵人になってみた感想を尋ねると、はにかんだような表情でこう語ってくれました。

「以前2週間の製造研修に参加したときは、何か難しいことに直面しても、"ずっとやる仕事じゃないから"と思っていました。しかし、1年間体験するとなると、やはり心持ちが違います。洗米から麹造り、仕込み、上槽、火入れまで、造りの全工程をさせてもらっており、非常にチャレンジングな経験ですね」

座学だけでは知り得ない酒造りの世界。みずから身体を動かすなかで見えてきたものがあるのだ、と言います。

「正直なところ、私に酒造りの才能はないと思うんです。ただ、すべてのプロセスを学ぶことで、より良い日本酒の教育者にはなれるかもしれません。今まで本を読んで勉強していたことが身体に染み込んだ感じですね。最高級酒の製造現場では大きなプレッシャーがありましたし、筋肉痛だって大変でした(笑)。でも、こうした工程を知ることで、酒造りを"文化ごと"伝えていくことができますし、すべての経験がポジティブなものですね」

「現地とのコミュニケーションを大切に」海外戦略のこれまでとこれから

ブランドアンバサダーとしてティモシーさんを迎え入れ、ますます加速する八海醸造の海外戦略。その始まりは、22年前の1995年まで遡ります。アメリカにある日系スーパーから声がかかったことをきっかけに輸出が始まり、その後流通会社からの支持を受けながら、日本食レストランを中心に販売網を広げてきました。

昨今の日本食ブームに合わせて、海外の日本食レストランが増えたこともあり、ここ10年間、八海山の海外輸出は年平均約10%ずつ伸びています。

輸出エリアを広げていった当初はかなりの苦労があったと笹川さんは言います。

「輸出をするときに一番苦労したのは、"品質管理の難しさ"ですね。"冷蔵"と書いておいてもうまく伝達できず、届くころには品質が劣化していてガッカリしてしまうことも少なくありませんでした」

その後、海上輸送コンテナを冷蔵用に徹底。現地の輸送会社の担当者にも、「クールで運ぶべき商品だ」ということをひと目でわかってもらえるようにしました。"世界のどこで飲んでも高品質な八海山"の実現を目指したのです。

輸出開始から22年が経った現在、海外営業課はティモシーさんを含めて6名の精鋭部隊。大陸規模で担当を割り振り、現地市場にアプローチしてきました。

今後は、それぞれ輸出先の40%, 35%を占める北米,アジアの主要都市に注力していくそう。海外戦略の具体策についても新しい方法が検討されています。

「八海山はもともと、新潟を代表する淡麗な日本酒。日本でも多くの方からご支持をいただいてきた『米の旨味もあり、キレが良く、何杯でも飲めるお酒』という価値を現地でも訴求してきたのがこれまでのやり方でした。食中酒としての立ち位置を基本にしつつ、より説得力のある提案をするために、今後は『食前酒にはこの商品、食中酒にはこの商品、肉料理やオイリーなものにはあの商品』というようにスタートからフィニッシュまで楽しめる、八海山としての提案の幅を広げていきたいですね」と、笹川さん。

また、営業活動の方針については「引き続き、現地とのコミュニケーションに軸を置いていきたい」と力を込めました。

「海外の方とは、あまり堅苦しくならないようにフランクに話しながら、文化やストーリーを知ってもらえる機会をつくるようにしていますね」

こうした取り組みのひとつとして印象的なのが、現地でのイベント。ニューヨーク「M0MA(ニューヨーク近代美術館)」に隣接するレストランで行なわれた「純米吟醸 八海山 雪室貯蔵三年」のリリースイベントには、レストランオーナーや日ごろお世話になっている関係者に参加してもらい、お酒が持つ存在感を伝える美しい空間設計にこだわり、映像を通して八海山のストーリーを伝えました。

こうした活動を続けるなかで、海外の人に蔵の地元である新潟・魚沼まで来てもらったことも何度もあるのだそう。これは「魚沼の里」や「千年こうじや」をはじめとして、独自の地域文化を伝えることを大切にしてきた八海醸造だからできる営業スタイルと言ってもいいかもしれません。

こうした八海醸造の取り組みを、頷きながら聞いていたティモシーさん。取材の最後にこんなことを話してくれました。

「ボトルに入っているものだけじゃなく、造る人も含めて日本酒だと考えています。八海山の造り手といっしょに働くことで、より強くそう感じるようになりました。"飲むだけ"のお酒ではなく、その裏側にいる人やストーリー、地域がわかることで、深く好きになってもらえると思うんです」

熱を込めて語るその目には、「日本酒の魅力をもっと伝えたい」という強い意思が宿っていました。

ティモシーさんと二人三脚で取り組む海外展開

先駆的な取り組みで、日本酒業界内外から注目を集める八海醸造。その海外戦略は、新奇性のある試みばかりでなく、コミュニケーションに重きを置く、地道な努力がありました。

その成果もあってか、最近では「2017 Ultimate Wine Challenge(ニューヨークのワイン品評会)」での最高位となるChairman's Trophyの受賞をはじめ、「2017 TEXSO(米国テキサスで行われているワインの品評会)」「2017 Los Angeles International Wine Competition(米国カリフォルニア・ロサンゼルスで行われているワインの品評会)」といったアメリカの品評会でも高い評価を獲得。八海山の"品質"が、確実に海外にも伝わってきています。

ブランドアンバサダーであるティモシーさんを迎え入れて二人三脚になった、海外営業課。「日本酒文化をていねいにしっかり伝えたい」という共通の想いは、八海醸造の海外進出をますます加速させていくことでしょう。

(取材・文/佐々木ののか)

sponsored by 八海醸造株式会社


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