創業278年を数える白鶴酒造は、銘醸地・灘に蔵を構える業界大手の日本酒メーカーのひとつ。長きにわたり産業全体を牽引してきた実績もあり、大きな存在感を放っています。
近年、海外市場の高まりやコロナ禍で問われる飲酒スタイルのあり方など、日本酒を取り巻く状況はさまざまに変化し、新たな視点が求められるなか、白鶴酒造はどのような未来を見据えているのでしょうか。
日本酒専門WEBメディア「SAKETIMES」や日本酒ブランド「SAKE HUNDRED」を手がける株式会社Clearの代表取締役CEOである生駒龍史が、国税庁が主催する「日本産酒類のブランド戦略検討会」で共に委員を務める、白鶴酒造の代表取締役社長である嘉納健二さんに話をうかがいました。
コロナ禍でみえた消費者の新たなニーズ
生駒龍史(以下、生駒):緊急事態宣言が繰り返されるなかで、日本酒産業全体が危機的な状況にありますね。
嘉納健二さん(以下、嘉納):行動制限によって、飲食店で日本酒を楽しんでもらうチャンスがなくなってしまったのは寂しいことでした。まるでアルコールが悪者になってしまったような報道もあって……。
しかし、私自身はこの状況をポジティブに捉えています。特に居酒屋などでお酒を飲みたいと思っている方々は多く、状況が落ち着いた後には、お酒を飲むことの楽しさを前よりも感じてもらえるのではないかと思うんです。
生駒:「おいしい料理を食べたい」「おいしいお酒を飲みたい」というニーズは、消えませんからね。
嘉納:実際に、コロナ禍でもパックのお酒など家庭向けの商品は動いています。海外を見ても家飲みをしている方たちに向けた出荷が伸びました。難しく考えずに日常の中で楽しめるお酒を求めている方がたくさんいることを再確認できたので、今後はそういった分野を、改めて自信を持ってやっていきたいです。
生駒:この1年でインターネットを使った情報発信やオンラインストアなどに注力している酒蔵さんが増えましたね。弊社も日本酒メディアと日本酒ブランドを展開していますが、事業が順調に成長しているのを見ると、コロナ禍で起きた流通チャネルの変化はひとつの転機で、その可能性を見出した1年になったと思います。
嘉納:そうですね。当社でもインターネットを使った情報発信をきっかけに、本当にお客様が望んでいるものを見ようとする方向に会社全体の意識が変わりました。コロナが明けたときには、広報や営業の部分でもやり方を一気に変えるチャンスになるでしょうね。
白鶴酒造が日本酒産業のなかで担う役割
生駒:市場動向を見ていて、以前から気になっていたことがあります。現在は、地方の中小規模の酒蔵に注目が集まりやすい傾向がありますが、その反面、白鶴酒造のような、安定的にどこでも手に入って品質も良い商品を造っている酒蔵の市場への貢献度が語られていないように感じています。今まさにその価値を見直すべき時なのでは?と思うのですが、その点はいかがでしょうか。
嘉納:そこは私たちも模索している部分です。すでにある市場のなかで完結していたばかりに「大量生産のお酒は値段も安いしこだわっていない」とか、「純米じゃないと日本酒じゃない」とか、ましてや「パックに入ったお酒は絶対に飲まない」という声も聞いたことがあります。
もっと幅広い市場に向けてメッセージを送れていればと後悔したこともありました。その一方で、飲み手の方々には日本酒のイメージを固定観念で狭めてほしくないなと感じています。
生駒:たしかに、このような話題について、ナショナルブランド側からの発言の機会はあまりなかったかもしれませんね。
嘉納:醤油や味噌などの調味料は、品質が高く安定しているものを買い求める方が多いですよね。それなのに、日本酒は安定供給されているものが良くないと思われるのは残念。そういったお酒を市場に出している酒蔵にとっては大きな損失と考えます。
ですから、私たちは誰もが飲んでおいしいと思えるお酒をきちんと造れているか常に見直していかないといけないし、いわゆる普通酒やアル添酒にどんな価値があるのか、メッセージとして発信していかなければなりません。
生駒:今でこそ海外では高単価で個性的な日本酒が売れていますが、今後は品質が安定していてリーズナブルな商品が世界で認められる日が絶対に来ると思っています。その時に海外市場をベンチャーや中小の酒蔵だけで支えるのはおそらく無理でしょう。ナショナルブランドの存在は重要です。
嘉納:海外市場だと、たとえば流通の問題がありますね。冷蔵コンテナでしぼりたてのまま輸送をする方法もありますが、現地の環境によっては難しいことも多いです。そこで味わいが劣化した日本酒を飲んだ人が「日本酒はまずい」と思ったらそれはリスクになってしまう。そのため、私たちは常温での輸送に耐える酒質もきっちり造っていこうと思っています。
生駒:ワインの世界では、冷蔵保存は今やダウントレンドと見る流れもあります。低温貯蔵していることで、その冷蔵庫を動かすための電気を作るのに地球にどれだけの影響を与えているか。そのことを考えないのは"飲み恥"と言われてしまうようです。
国際的なサステナビリティに関するムーブメントのなかでは、環境に配慮できない商品は評価されません。御社のように、常温流通が可能で、世界中どこでも品質が変わらない商品の価値は相当に大きいと感じます。
嘉納:安定した品質の中でいかにおいしさを表現するかが鍵なのだと思います。白鶴の商品を飲んでおいしいと感じてくれた人が、その感覚に自信を持てるようなメッセージを出し続けたいです。
生駒: 現在、日本酒の市場規模は約4,300億円程度です。その大半をナショナルブランドが支えています。小さい蔵が個性を武器にしていくのはマーケティングとしては正しいですが、それがすべてではないというのが伝わらないといけません。市場を支える土台があることを忘れてはいけないと、あらためて思いますね。"大手"と呼ばれることに、思うところはありますか?
嘉納:この言葉は誤解を招きやすいですよね。おこがましいという気持ちもあるし、他の酒蔵さんたちにも隔たりを感じさせる表現だと思います。業界全体の発展を願って発言したものでも“大手”の発言として切り取られて、もどかしい気持ちになることもあります。
生駒:"ベンチャー"という言葉にも同じようにネガティブなイメージはついてまわっていて、ただお金儲けのためだけにやっていると思われることも少なくありません。そこを信じてもらうのがブランドの力でありマーケティングの力。産業を支えるプレイヤーに礼を尽くして成果を出すのが、ベンチャーとしての責任だと感じます。
日本酒産業には新規参入が必要
生駒:近年、日本酒で新たなビジネスを創出するベンチャー企業の設立や異業種からの参入が増えていますが、嘉納社長はどのように見ていますか?
嘉納:どんどんやってほしいと思いますよ。我々が伝えられないメッセージなどもありますし、こちらも刺激を受けています。
生駒:実は、まったく気に留めていないのではないかと、勝手に思い込んでいました(笑)
嘉納:そういったことはありません。ベンチャーだけではなく、各地の酒蔵、日本酒に関わるクリエイターやデザイナーの方など、創造性あふれるみなさんの活躍にはとても注目しています。
生駒:白鶴酒造さんも、実はさまざまな取り組みをしていますよね。
嘉納:そうですね。たとえば、我々が自社開発した白鶴錦という米は、全国13社の酒蔵さんが酒造りに使っています。年に一度はメンバーでシンポジウムをして、それぞれが造った日本酒の講評やきき酒もしています。
最近では「別鶴(べっかく)」という社内の若手によるブランドも好評を得ました。海外展開でいうとアメリカ・オレゴン州で「SakéOne」という酒蔵を経営しています。
生駒:「別鶴」は素晴らしい取り組みでしたね。若い日本酒ファンが白鶴酒造を一気に身近に感じた瞬間だったと思います。良い意味で白鶴のイメージとのギャップがあり、挑戦しがいのある立場でもあり、受け入れる土壌も広がりつつある。メディアの立場で見るとすごく可能性のある状況だと思います。
嘉納:造れば売れる時代を経験しているだけに、見逃していたものがたくさんあるのかもしれません。「別鶴」に使った酵母も一度はお蔵入りになったものでしたが、今になって初めて価値を認めてもらうことができました。あきらめていたチャンスを発掘するだけでもたくさんあるでしょうね。そういった機会を拡げるためにもベンチャー企業など、新しいプレイヤーの方々と協業する方法も模索していきたいです。
生駒:ぜひやっていただきたいです!そうなれば、新しい日本酒ビジネスに挑戦する人が、白鶴酒造のドアをノックするようになるかもしれません。たとえば、今まさに話題になっている酒蔵の新規参入に白鶴のノウハウや経験が活きてくれば、それは素晴らしいことだと思います。
嘉納:私たちが持っている酒造りの技術や設備を必要としてくれる方がいるなら、ごいっしょしてみたいと思っています。いつでもお待ちしていますよ。
生駒:白鶴酒造さんがそんなふうに待ってるなんて誰も知らないですから(笑)。私たちも状況が状況だったら絶対相談に行っていましたよ。
未来への道しるべとなるために
日本酒産業の土台を形作る一方で、"大手"や"日常酒"のイメージでくくられることに白鶴酒造が抱えてきた苦悩が垣間見えた今回の対談。第一線を走りながら、さまざまな意見の矢面に立ち、それでも進む方向を見失わずにいることが、何よりも白鶴酒造の強さなのかもしれません。
加えてベンチャーや地方の酒蔵に対する目線には、日本酒という同じフィールドで戦う同志への愛情がにじみ、新たな可能性も感じることができました。
対談を終えて、生駒は以下のように話しています。
「企業として大きくなればなるほど、代表の人柄や意見が見えにくくなりますが、今回は、ベンチャー企業などの新しいプレイヤーとの協業について前向きで力強い言葉を聞けたことが一番の収穫でした。それぞれが自分たちの想いや規模に沿った活動をしながら、今後はさらに、その境界を有機的に融かしていくことで、新しい市場の開拓を強く進めていきたいと感じました」
白鶴酒造の持つ普遍性とイノベーションを起こす技術力や研究力が、新しい価値観と結びつき、日本酒の未来への道しるべになることを大いに期待したいです。
(取材・文:渡部あきこ/編集:SAKETIMES)
sponsored by 白鶴酒造株式会社