2019年、三重県伊賀市の酒蔵・福井酒造場を継承し、日本酒事業に参入した総合食品会社・井村屋グループ(以下、井村屋)。前回の記事では、井村屋が酒造りに挑戦する理由やそのビジョンについて、会長の浅田剛夫さんに話を聞きました。
和菓子づくりをルーツに、氷菓「あずきバー」や肉まんなどの冷凍・チルド食品を手がける井村屋の酒造りとは、どのようなものなのでしょうか。SAKETIMES編集部が三重県多気町にある酒蔵を訪れ、その実態に迫りました。
最新リゾート施設の中にある酒蔵
自然の景観になじむデザインの建物を山の地形に沿って配置することで、まるでひとつの村のような佇まいを実現した複合リゾート施設「VISON(ヴィソン)」。
井村屋の日本酒ブランド「福和蔵(ふくわぐら)」の醸造所は、2021年4月、三重県多気町にオープンした「VISON」の中の、日本の食をテーマとしたエリア「和ヴィソン」の一角にあります。
江戸時代の蔵をモチーフにした建物の正面には、直売ショップがあります。天井は吹き抜けになっていて、壁際の棚にはお酒やグッズがずらり。窓際のカウンターと中央のテーブルでは角打ちが楽しめ、三重ならではのおつまみとのペアリングセットや、ノンアルコールの甘酒も味わえます。
レジスペース奥のカーテンの向こうは、醸造施設へとつながっています。当初、観光に訪れたお客さんが外から醸造の様子を眺められるような構造にする案もあったそうですが、衛生面や設計面を理由に、一般公開はされていません。
「いずれは店頭のタブレット端末を通してバーチャル蔵見学などをできるようにしたいと思っています」と教えてくれたのは、福和蔵の生産チーム長・安田裕幸さん。
安田さんに加えて、福井酒造場の元代表であり、現在は課長代理を務める福井寿仁さんのおふたりに、福和蔵の中を案内してもらいました。
最新機器と手作業を効率的に組み合わせる
福和蔵の醸造メンバーは4名。安田さんと福井さんのほかに、入社3~4年目の若手社員2名という構成で、研究・製造から瓶詰めやラベル貼りに至るまで、すべての工程をこのチームで担っています。
2階建ての醸造施設は、工程ごとに部屋がわかれていますが、スペースが限られているため、醸造機器はいずれもコンパクトなサイズ。大手食品メーカーの酒蔵と聞くと機械化された工業的なイメージが湧きますが、多くの工程が手作業で行われています。
「機械を導入するためには、もっと広いスペースが必要になりますから。洗米は10kgずつ手作業で行っていますし、蒸米も当初クレーンで上げることを考えていましたが、自分たちでスコップで掘るかたちに変更しました。
これは社内の人間にも驚かれたのですが、米もエアシューターではなく手で運んでいます。ずっと機械を回し続けている蔵なら良いかもしれませんが、弊社は仕込み量が少ないので、シューターを稼働しない期間が出てきます。すると、衛生面で問題が発生してしまう。機械を使えば作業が楽になるのは確かですが、スペースや衛生管理の面を考えて、必要なポイントを取捨選択しています」
そう話す安田さんは、もともと井村屋の生産技術部で製菓工場などの設計を担当していました。日本酒事業が始まるのにともない、醸造所の設計に携わる過程で、過去に酒造りをしたことがある経験を買われ、生産チーム長に抜擢されたと言います。
「設備の骨組み以外、レイアウトや壁・床の仕様、空調機などの機材に至るまで、ほとんどの設計を担当しました。気をつけたのは、少しでも造りに集中できるように、『無駄な動きをしない』ということです。
水はボタンひとつで設定した容量を給水できる機材を導入しています。空調設備は、四季醸造で通年にわたって使うので、自動で洗浄できる機能がついたものにしました。また、醪(もろみ)のデータはITを駆使し、スマホやパソコンでいつでもどこでも確認できるようにしています」
小仕込みであることを活かしての手作業を基本とする酒造り。そのうえで、少人数での作業を最適化するために、ところどころに機械を導入しています。
店頭でフレッシュなお酒を提供するために
「三重のテロワール」をコンセプトに掲げ、原料のすべてを三重県産にこだわる福和蔵。
純米酒には三重県産の「五百万石」、純米吟醸酒には同じく三重県産の「神の穂」を使用しています。原料処理室内のタンクには、「めぐるる」という商品としても販売されている、三重県松阪市飯高町の香肌峡の湧き水が蓄えられていました。
訪問時は、ちょうど製麹作業のなかの「種きり(蒸米に種麹を振りかける作業)」が終わったところでした。
「麹はすべて乾燥麹にしてしまうので、除湿機や加湿器などを駆使して湿度をコントロールしています。麹室は木材でつくる案も出ていましたが、衛生管理の面を考えるとデメリットもあるので、ステンレス製になりました」
麹造りについては、三重県内の杜氏から指導を受けたのだそう。「ベテラン杜氏の造る麹は、そのまま食べてもおいしかったのが印象的でした。そんな麹を造るのが目標です」と、安田さんは目を輝かせます。
酒母は中温速醸。酵母ももちろん三重県産で、バナナのように甘い香りの「MK1酵母」を純米酒に、メロンのように華やかな「MK3酵母」を純米吟醸酒に使っています。
仕込みタンクは、足が長くスマートで、冷却機能のついた2,500リットル容量のサーマルタンク。週に1本というサイクルで仕込んでいきます。
醪は圧搾機でゆっくりと搾られ、マイナス5度の貯酒タンクで保管されたのち、そのまま充填室へ送られます。
「お客様にできたてを提供するために、小仕込みでフレッシュローテーションするやり方を選びました。貯蔵タンクはなく、できたらすぐに瓶詰め。火入れ商品もなるべく生に近い状態で提供したいので、火入れは1回だけです」
福和蔵の商品は、それぞれ一升瓶(1,800mL)、四合瓶(720mL)、300mL瓶、180mL瓶の4サイズがありますが、すべての規格を同じ小型の充填機で瓶詰めしています。
「当初は、180mL瓶を売る予定はなかったのですが、日本酒に親しみのない観光客がたくさん訪れるという場所柄を考えて、やはり必要だろうと判断しました。お試し的に180mL瓶を購入される方が多いですね」
食品メーカーならではの衛生管理
福井酒造場の元代表である福井さんは、伝統的な造りの酒蔵で、冬季のみの寒造りを行っていた過去の経験と比較して、福和蔵での酒造りを「今までとはまったく違う」と話します。
「日本酒の酒蔵は昔ながらの木造の建物で、蔵付きの酵母を活かした酒造りを行うところも多いですが、井村屋は食品会社なので、ともかく衛生管理を徹底します。毎日勉強させられることばかりですね。昨今はHACCP(ハサップ:衛生管理の国際的な手法)の導入が進むなど、社会的に衛生管理への意識が強まってきているので、これからも井村屋流の酒造りに貢献したいと思っています」
安田さんは「どちらが正解というわけではなく、蔵特有の風味が出るのも良いことだと思っています」と続けます。
「まだ酒造りを始めてから1年も経っていませんが、衛生環境によるオフフレーバー(意図しない香りがつくこと)やコンタミネーション(異物が混入すること)などの失敗は一度も発生していません。そういう意味で、我々はいまのような近代的なやり方で良いのだろうと感じています」
食品メーカーならではの強みを持つ一方で、日本酒造り特有の難しさも経験しているよう。
「井村屋は商品を開発するとき、商品開発の担当が試作し、工場でラインテストを行うなど、テストをたくさん行うんです。ところが、日本酒は、たとえ試験醸造してもなかなか同じものを再現できない。三重県のほかの酒蔵さんに『新しい商品をつくるときはどうしているんですか』と聞くと、『まずはタンク1本分、試しに造ってみるんだ』と言われました(笑)。
日本酒は、微生物の関わる"なまもの"ですから、小さなスケールで試験的に造ったところで、実際に大きなタンクで同じようになるわけではないんですよね。そういう点で、今までの井村屋の開発の流れとはやり方が違うと思っています」
酒蔵に勤めた経験もある安田さんですが、福和蔵でのプロジェクトをきっかけに、あらためて酒造りを勉強し直したといいます。
醸造試験場の提供する情報をベースに学び、三重県の工業研究所や愛知県の食品産業センター、三重県内のほかの酒蔵からも指導やアドバイスを受けました。
「三重県には美味しいお酒がたくさんありますが、どの蔵も『終着点はない』と言うんです。ある程度の結果まで達しても、その次の課題が出てくるという繰り返しなんでしょうね。私も毎回同じように造ろうとしているんですが、データどおりにやっても違う出来になってしまうことがあります。
もし、タンクの様子と数値を複数の杜氏さんに見せたら、目指す酒質が同じだとしても、全員違うことを言うんじゃないかと思います。私も毎日数値とにらめっこしながら試行錯誤していますが、こうしてチャレンジさせてもらえるのはおもしろいことですね」
お客さんの「おいしい」の声に耳を傾ける
福和蔵の醸造所は、直売所兼角打ちスペースと背中合わせとあって、時間があるときは店頭の様子を見に行くという安田さん。味わいをブラッシュアップするために、お客さんの感想にこっそり聞き耳を立てることもあるのだとか。
「まだオープンしたばかりで飲んでいる人が少ないのもあってか、SNSで検索しても良い評価しか出てこないんです。実を言うと、悪いところはきちんと指摘してほしいと思っています。これからどんな特徴を尖らせて、どんなところを直していくべきかという判断に使えるはずですから」
日本酒をおしゃれに楽しむ現代の食のシーンに合わせて、生産チームが目指すのは「優しくて、きれいな酒質」。
蔵を訪れたお客さんに楽しんでもらうために、何よりもフレッシュなお酒を提供することを主軸としています。現在のラインアップは純米酒と純米吟醸酒ですが、新しい商品の準備も進めているそうです。
「米をさらに磨いた純米大吟醸酒と、反対に、低精白のお酒にも挑戦したいと思っています。米を磨くと、そのぶん個性が減ってしまう可能性もあるので、味わい深いお酒もできればと。三重県にコハク酸をたくさん生成し、旨味成分がたくさん出る酵母があるので、それを使ってみる予定です」
食品メーカーとしての強みを活かしつつも、日本酒ならではのユニークさを楽しみながら酒造りを行う福和蔵。蔵を訪れる人々の「おいしい」に耳を傾けて、三重県の風土を表現する日本酒を造っています。
(取材・文:Saki Kimura/編集:SAKETIMES)
福和蔵の商品は、公式オンラインショップにて、お買い求めください。
Sponsored by 福和蔵(井村屋グループ株式会社)