2023年7月、世界でもっとも影響力があると言われているワインコンテスト「International Wine Challenge(インターナショナル・ワイン・チャレンジ/以下「IWC」)」のSAKE部門にて、長野県にある湯川酒造店の日本酒「十六代九郎右衛門 純米吟醸 美山錦」が、毎年1点のみに与えられる最高賞「チャンピオン・サケ」に選ばれました。

湯川酒造店は、長野県内で2番目に長い創業373年の歴史をもつ老舗酒蔵。現在は、16代目の蔵元・湯川尚子さんと、その夫で杜氏の慎一さんを中心に酒造りをしています。

湯川酒造店の蔵元・湯川尚子さんと杜氏・湯川慎一さん

IWCには毎年エントリーしているそうですが、今回はどうして「チャンピオン・サケ」を受賞することができたのでしょうか。また、受賞した「十六代九郎右衛門 純米吟醸 美山錦」はどのような日本酒なのでしょうか。長野県木曽郡木祖村にある酒蔵を訪れ、ふたりに話を聞きました。

自分たちが満足できる日本酒を造りたい

湯川酒造店が創業したのは1650年(慶安3年)。16代目の湯川尚子さんは、15代目である父・寛史さんが闘病の末に逝去したことに伴い、2011年に蔵元に就任しました。

「蔵元になってからずっと大事にしているのは、自分たちが『美味しい』と満足できる日本酒を造ることです。

先代のころは、この地域の寒冷な気候に対して、仕込みの温度を高くするなどの対策をしていました。ただ、それで『美味しい』ものを造れるかどうかは別の話。また、蔵元と杜氏が充分なコミュニケーションを取れていないことも課題だと感じていました」(尚子さん)

湯川酒造店の蔵元・湯川尚子さん

現在、湯川酒造店の杜氏を務めるのは、尚子さんの夫・慎一さんです。もともと、長野県内の他の酒蔵で杜氏を務めていましたが、2012年2月に湯川酒造店に入社し、尚子さんと結婚。2013年7月に杜氏に就任しました。

「前に勤めていた酒蔵で東京の酒販店への営業を担当していた時、全国の銘酒を知っている店主たちと対等に話をするためには、実際に自分で酒造りをする必要があると感じました。彼らからは『東京で売れるためには、こういう日本酒を造ったほうがいい』とアドバイスされることも多くありました。当時、より多くのお客さんに評価される味わいの傾向を学んだことで、杜氏になってから、味わいの悪いクセをなくすような酒造りができるようになったんです。

湯川酒造店にもクセはありましたが、その一方で、凝縮した旨味を感じる味わいがこの酒蔵の強みだと感じました。悪いクセをなくしつつ、強みをブラッシュアップしていくことを意識しています」(慎一さん)

湯川酒造店の杜氏・湯川慎一さん

より美味しい日本酒を目指して、蔵元・杜氏の二人三脚で、酒質の方向性を常に細かく確認・修正し合っている湯川夫婦。今回の「チャンピオン・サケ」の受賞は、ふたりの飽くなき向上心と日々の切磋琢磨があってこその結果でした。

地域の環境を活かした酒造り

湯川酒造店は、標高936メートルという、酒蔵としては日本有数の高地に位置しています。冬は気温が0℃以上になることが少なく、もっとも寒い時はマイナス18℃近くまで下がることもあるそうです。

長野県は銘醸地として知られていますが、気温が低すぎると発酵が進みにくくなるため、木曽の環境は酒造りに最適とは言えません。しかし、湯川酒造店は無理に対策するのではなく、この地域の気候を味方にする酒造りを追究しています。

そのひとつが、伝統的な製法である生酛や山廃をメインとした、自然の乳酸菌を用いる醸造方法です。仕込みは寒い時期にしか行わないため、酒母を管理する部屋に設置された空調は暖房のみ。室温が5℃以下になった時に限り、酵母が働きやすい温度まで上げるために暖房を使用しています。

湯川酒造店の酒造りの様子

「生酛や山廃で造る日本酒は、速醸に比べて足腰が強く、商品としての寿命が長いと実感しています。それは海外輸出も含めた、出荷された後の流通において、品質を長く保つことができるということです。現在は、製造量全体の約35%が生酛・山廃になりました。今回の『チャンピオン・サケ』に選ばれた『十六代九郎右衛門 純米吟醸 美山錦』は、これまでは速醸でしたが、昨シーズンから生酛に切り替えたところでした。

ただ、高い評価を得たからといって、生産量をさらに増やそうとすると、暖かい時期から仕込みを始めなければならず、冷房を使うことになってしまいます。そもそも、この地域の環境を活かすために始めたことなので、無理に補正をしてまで生産量を増やすつもりはありません」(慎一さん)

湯川酒造店の酒造りの様子

冷暖房をなるべく使用しない酒造りをしているほか、寒冷な気候を活かして改装を進めているのが、低温の貯酒庫です。信州大学工学部によるシミュレーションから、井戸水を冷熱源に15〜18℃の室温を実現できることがわかったため、貯蔵庫の壁にホースを張り巡らせ、そこに井戸水を通して夏場の室温を下げるという仕組みを採用しています。

「以前は電力を使う一般的な冷蔵庫にしようとしていたのですが、コロナ禍を経て、木曽の環境を活かした酒造りをすべきだと考えが変わりました。酒造りをしていない夏季は、井戸水は掛け流しにしているので、その水を活用して低温を保ちます」(尚子さん)

「海外輸出のパートナーが酒蔵を訪れると、『日本酒はコストをかけすぎだ』という話になることがあります。現在は要冷蔵の商品が人気ですが、自然環境への配慮がない商品は『おいしいけれど、自分の志向には合わない』という理由で買われなくなってしまうかもしれない。さまざまな面で、常温で保管しても劣化しにくい日本酒を造れるように工夫しています」(慎一さん)

地元の酒米で獲得した「チャンピオン・サケ」

湯川酒造店が造っている銘柄は、昔から代々続いている「木曽路」と、尚子さんが蔵元に就任してから立ち上げた「十六代九郎右衛門」の2種類。地元中心の「木曽路」と特約店中心の「十六代九郎右衛門」と、流通を区別しつつ、以下のようにコンセプトを分けています。

  • 木曽路:木曽路の時代(とき)とともに、今までも、これからも。
  • 十六代九郎右衛門:造り手の感性とともに、記憶に残る酒を。

十六代九郎右衛門 純米吟醸 美山錦

「『木曽路』は、地元の方々を中心にいつでも安定して楽しめる定番銘柄。『十六代九郎右衛門』は、新しいことにチャレンジしていく銘柄。『十六代九郎右衛門』を造る中で良いアイデアが見つかれば、もちろん『木曽路』にも反映します。

現在は、酒蔵全体の技術が向上してきたため、『木曽路』と『十六代九郎右衛門』の役割を見直すタイミングだと考えています。そこで、昨年の秋ごろから、リブランディングのための話し合いを進めています。

今回、『チャンピオン・サケ』に選ばれたことで、地元の方々が本当に喜んでくれたんですよ。木祖村は人口が2,600人の小さな村ですが、酒販免許のあるお店が6軒もあって、どこも元気に営業しています。地元の方々から『十六代九郎右衛門を買いたい』という声も多かったので、その6軒でも取り扱っていただくことにしました」(尚子さん)

湯川酒造店の外観

酒米は8品種を使い分けていますが、精米歩合などの他の条件をそろえて造ることで、それぞれの品種の個性をわかりやすく表現しています。そんな中でも、地元・長野県を代表する美山錦を使った日本酒が「チャンピオン・サケ」に選ばれたことに、慎一さんは顔をほころばせます。

「2021年のIWCで、同じ長野県の『御湖鶴』が地元の酒米・山恵錦を使った日本酒で『チャンピオン・サケ』を受賞した時、長野県の酒米の主流は美山錦から山恵錦へシフトしていくのではないかと予想していました。だから、今回の受賞は“美山錦の逆襲”だと、他の酒蔵さんと話しています(笑)。

美山錦は、山田錦や五百万石に並ぶ人気の酒米ですが、酒造りにおいては、実は扱いが難しい。特有の苦味が出やすく、どちらかというと玄人受けする味わいで、好みが分かれるんです。ただ、今回の審査員のコメントに『スパイシー』『ナッツのような風味』といった表現があって、美山錦の特性をわかった上で味わいを評価してくれたんだと思いました」(慎一さん)

IWCには毎年挑戦している湯川酒造店。2017年は純米大吟醸部門でゴールドメダル、2020年は純米酒部門で長野県のリージョナルトロフィーを獲得し、満を持しての「チャンピオン・サケ」受賞となりました。

「IWC 2023」のトロフィーと賞状

「受賞の確信はありませんでしたが、搾りたてを飲んだ時に、“すごみのあるお酒”だと思ったことを覚えています。口に含んだ時の最初の印象や酸味の表現、全体のバランスが絶妙で。約15年の杜氏人生の中で、満足のいくものはたくさんありますが、“すごみのあるお酒”だと感じられるほどのものはそうそうありません。

美山錦は溶けにくく味が出にくいため、失敗すると、ギスギスしたニュアンスの味わいになってしまう。無理に溶かそうとするのではなく、溶けにくい前提でどうやって味を引き出すかを考えると、うまくコントロールできます。今回は、丁寧に造られた麹が生み出す、密度の高い引き締まった味わいに、生酛や酵母に由来する酸味が作用して、ジューシーでバランスの良い味わいになったんじゃないかと分析しています」(慎一さん)

地域の特徴を活かしてこその“地酒”

「チャンピオン・サケ」の受賞について、「うれしい気持ちよりも、驚きのほうが大きかった」と振り返る尚子さん。

「IWC 2023」の表彰式の様子

「日本国内のコンテストでは、上位に入るのは華やかできれいな日本酒で、生酛のような複雑な味わいがトップを獲得するのは難しいと思っていました。でも、海外の審査員の方々は『複雑な味わいが良い』と評価してくれたんです」(尚子さん)

IWCの存在はこれまでも意識していたそうですが、「チャンピオン・サケ」を獲得したことによる反響は予想以上のものだったとか。

「たくさんのお客さんが取引先の酒販店さんに問い合わせてくれたそうで、『いつもはメールをチェックしても10件くらいしか届いてないのに、100件も溜まっていた』なんて話をお聞きすることもあって、本当にありがたいです。

また、杜氏がロンドンの授賞式から帰ってきたときに、近所の男の子が『おめでとうございます!』と声をかけてくれて、私たちが思っている以上に地域の方々が喜んでくれているのだと感じました」(尚子さん)

湯川酒造店の蔵元・湯川尚子さんと杜氏・湯川慎一さん

尚子さんは経営者としての蔵元の視点から、慎一さんは技術者としての杜氏の視点から、「自分たちが満足して美味しく飲めるお酒」を造るために邁進してきました。「これからは、地域の中でどういう役割を果たしていくかを考える段階に来ているのかもしれません」と尚子さんは話します。

「そのために、“木曽という地域でなければできないこと”を大事にした酒造りをしていきたいです。“地酒”というのは、その地域の特徴を無理に補正せずに活かしていくというスタイルがあってこそできるもの。地元に根付いた酒造りをしていくことで、商品に込めた想いや背景をしっかりと説明できる酒蔵になっていきたいです」(尚子さん)

尚子さんの言葉を受けて、「哲学的にも、論理的にも、腑に落ちるということを大切にすれば、道を間違えることはないはず」とうなずく慎一さん。蔵元と杜氏として、夫婦として、同じ熱量を持って前向きに進もうとしているふたりを中心に、湯川酒造店は木曽の未来につながる酒造りに挑戦しています。

(取材・文:Saki Kimura/編集:SAKETIMES)

「IWC 2023」受賞酒を楽しめるイベントが、10/21に開催!

「チャンピオン・サケ」を獲得した「十六代九郎右衛門」をはじめ、「IWC 2023」のSAKE部門の受賞酒を楽しめる日本酒イベント「プレミアム日本酒試飲会」が、野村不動産の主催で、10月21日(土)に開催されることになりました。このイベントは、今年で通算10回目の開催となります。

当日は「IWC 2023」のトロフィー受賞酒を中心に、全国の24酒蔵から26銘柄が集結します。この機会に、世界が評価した最高峰の日本酒を飲み比べてみてください。

◎イベント概要

  • 名称:プレミアム日本酒試飲会
  • 日時:2023年10月21日(土)
    ・日本酒トークセッション 12:45〜14:00
    ・第1部 14:00〜15:30
    ・第2部 16:30〜18:00
    ※各部入れ替え制。開始時間の30分前から受付。
  • 会場:YUITO 日本橋室町野村ビル 野村コンファレンスプラザ日本橋 6階
    ※受付は5階。
  • チケット種類(料金)
    ・日本酒トークセッション&第1部(3,500円)
    ・第1部のみ(3,500円)
    ・第2部のみ(3,500円)
    ※前売券のみの販売となります。当日券の販売の予定はありません。
    ※定員に達し次第、締切となります。
  • チケット購入ページ
    ・e+(イープラス):日本酒トークセッション&第1部第1部第2部
    ・チケットぴあ:日本酒トークセッション&第1部第1部第2部
  • 注意事項:
    ・20歳未満の方はご参加いただけません。
    ・車でのご来場はご遠慮ください。
    ・出展銘柄など、イベントの内容は変更になる場合がございます。
    ・新型コロナウィルスの感染状況によっては、イベントを急遽または予告なく中止・変更させていただく場合があります。
    ・体調のすぐれない方のご参加はご遠慮ください。
  • 主催:野村不動産株式会社
  • お問い合わせ:03-3277-8200(YUITO運営事務局

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