日本酒が世界に広がっていくなかで、世界各地で日本酒コンテストが開かれるようになりました。賞を獲得した商品は、現地の飲食店や酒販店でトップセールスになることも少なくありません。
海外の日本酒コンテストを代表するひとつが、イギリス・ロンドンで開催される「International Wine Challenge(インターナショナル・ワイン・チャレンジ/以下「IWC」)」です。
ワインの品評会として世界的な権威のある「IWC」では、2007年にSAKE部門が設立されてから、海外における重要な評価基準として、たくさんの酒蔵がエントリーしています。
2007年に設立されたSAKE部門は、「普通酒」「純米酒」「純米吟醸酒」「純米大吟醸酒」「本醸造酒」「吟醸酒」「大吟醸酒」「スパークリング」「古酒」「熟成酒」の10カテゴリーに分けられ、各カテゴリーのなかでもっとも優れた出品酒に「トロフィー」の栄誉が与えられます。
また、各カテゴリーのトロフィーには及ばなかったものの、トロフィーに準ずる品質の出品酒に与えられる地域別のトロフィー「リージョナル・トロフィー」も設けられています。
さらに、各カテゴリーのトロフィーを獲得した出品酒から1点に、SAKE部門の最高賞として「チャンピオン・サケ」の称号が与えられます。
これまで、IWCの最高賞を獲得した酒蔵は、受賞によってどのような恩恵を受けてきたのでしょうか。
2021年にチャンピオン・サケを受賞した長野県の諏訪御湖鶴酒造場と、2008年・2016年に受賞した山形県の出羽桜酒造に、話を聞きました。
長野県「御湖鶴」—コロナ禍に差し込んだ希望の光
2021年に「御湖鶴 純米吟醸 山恵錦」がチャンピオン・サケに輝いた諏訪御湖鶴酒造場。かつて、長野県下諏訪町で「御湖鶴」という日本酒を造っていた菱友醸造が自己破産した際に、福島県いわき市の磐栄運送が事業継承し、2018年に復活した酒蔵です。
酒造りを再開した当初から杜氏を務める竹内重彦(たけうち・しげひこ)さんは、「お客様に喜んでいただけるお酒を造りたいと思っていますが、評価の基準はそれぞれ異なります。そのなかで、自分たちが進んでいる方向が合っているかを確認するために、コンテストを活用しています」と、IWCに出品する理由を説明します。
「IWCは客観性が高く、審査基準が明確です。もともとはワインのコンテストなので、海外市場に繋がりやすく、信頼できるスポンサーもついています。近年は、IWCで受賞することがブランドになっていますよね」
酒蔵の復活からわずか2シーズン目でチャンピオン・サケを受賞した2021年は、コロナ禍の真っ最中。ロンドンでの授賞式は行われず、オンライン中継での発表となりました。
ゴールドメダルとトロフィーの受賞が決定した2021年5月の時点で、「チャンピオン・サケを受賞して注文が増えたらとんでもないことになるかもしれない」と焦りを感じた竹内さんは、酒米を集めるなどの増産の準備を進めます。過去に受賞した酒蔵のアドバイスに従い、電話回線も増設して7月の発表を待ちました。
チャンピオン・サケが発表された直後は、取材や注文の電話が殺到し、電話が鳴り止んだのは深夜2時ごろだったといいます。
「当時は創業期で取扱店がほとんどなく、受賞した日本酒は少量生産だったので在庫がほとんどありませんでした。それが、砂漠に水を打つようになくなっていく。他の商品もどんどん売れていくので、『このままでは、直売店で売れるものがなくなってしまう』という状況でした」
復活から3年目で迷いも多く、コロナ禍でもがいていたという諏訪御湖鶴酒造場ですが、チャンピオン・サケの受賞によって、その風向きはすっかり変化しました。従業員は事務スタッフも含めて6名ですが、この結果を受けて、「よい意味でのプライドが生まれた」と竹内さんは振り返ります。
長野県では、2023年に湯川酒造店がチャンピオン・サケを受賞し、2024年には吟醸酒部門のトロフィーを獲得した遠藤酒造場のほか、3軒の酒蔵がリージョナル・トロフィーに輝きました。世界に広まりつつある長野酒ですが、竹内さんは「近年は世代交代が進んでいる」といいます。
「私が業界に入った十数年前とは顔ぶれが変わりましたし、酒蔵同士の情報交換が盛んになって、長野県全体の酒質向上につながっています。IWCで高く評価されている酒蔵のほか、『信州亀齢』の岡崎酒造のようなスター酒蔵が身近にあることでモチベーションが上がっているとも思います。『がんばれば、夢は叶うんだ』と」
竹内さん曰く、長野酒の特徴は地域や酒蔵によって異なりますが、現代にヒットしたキーワードは「酸味」「純米」「食中酒」とのこと。最近は自身の造った日本酒の評価についてエゴサーチした時に「長野県全体の日本酒を高く評価する声をよく目にする」と、うれしそうに話します。
「コンテストでの受賞が商品を手に取り、飲んでいただくきっかけになる。さらに美味しければ、間違いなく輪は広がっていく。賞を獲ることも大事ですが、これからはブランドを育てていくために賞を生かしていかなければいけませんね」
山形県「出羽桜」—2度のチャンピオン・サケで地元に貢献
2008年に「出羽桜 純米吟醸 一路(※)」、2016年に「出羽桜 純米酒 出羽の里」で合計2回のチャンピオン・サケを獲得した山形県の出羽桜酒造。代表取締役社長の仲野益美(なかの・ますみ)さんは、国内外のコンテストの役割について以下のように解説します。
※現在は、純米吟醸酒から純米大吟醸酒に変更して販売。
「コンテストへの出品は、自分たちの技術を振り返るためにとても大事です。受賞することがもっとも素晴らしいですが、敗れた悔しさから学ぶこともあります。
日本国内では、全国新酒鑑評会がもっとも長い歴史と高い権威をもっていて、酒蔵としての技術力や品質管理のレベルを測れる品評会です。
これに対して、IWCは市販酒を審査するコンテストで、評価された日本酒をそのままお客様に飲んでいただける。審査員個人も含めて発信力が高く、海外ではもっとも影響力の大きい日本酒コンテストのひとつだと思います」
チャンピオン・サケを初めて受賞した2008年は、IWCのSAKE部門が設立されてまだ2年目。特に日本国内では、IWCの存在は今ほど知られていませんでした。しかし、「私たちの代表商品である純米吟醸酒が海外で評価されたことは、誇りと自信に繋がりました」と、仲野さんは振り返ります。
2回目の受賞となった2016年は、IWCの認知度が高まり、日本酒の出品数は当時の過去最高となる1,282点を記録。受賞のハードルがどんどん高くなっていくなかでの快挙は、大きな反響をもたらしました。
「1回目の『出羽桜 純米吟醸 一路』は山田錦を使用していますが、2回目の『出羽桜 純米酒 出羽の里』は山形県で開発されたオリジナルの酒米・出羽の里を使ったお酒だったので、また違う喜びがありました。地元紙の1面に『山形県の日本酒が世界一を獲得』と書かれるなど、地元の方々もとても喜んでくれましたね」
チャンピオン・サケを受賞した商品はすぐに在庫がなくなり、急いで同じ造りのしぼりたての商品を製造し出荷。取引先からの「とにかく多くのお客様に試してもらいたいので、本数が欲しい」というリクエストに答えて、通常は四合瓶(720mL)で販売するところを、急遽500mL瓶に詰め替えるほどでした。
1997年から約30年にわたって海外輸出に尽力し、現在は北米やアジアを中心とした合計35ヵ国に商品を届けている「出羽桜」。チャンピオン・サケの受賞によってその販路は広がり、和食以外のレストランでも取り扱われるようになったといいます。
「ワイン業界の知り合いから驚かれたのは、英国王室御用達のワインショップ『Berry Bros. & Rudd』で初めての日本酒として『出羽桜』が採用されたことです。IWCがワインのコンテストだからこその広がりだと思います」
さらに「IWCは地域にとってもメリットがある」と強調する仲野さん。2018年には、山形県にIWCを誘致し、県内で審査会を開催。一般のお客さんにも出品酒を楽しんでもらうイベントも実施し、県内でのIWCの知名度は一気に高まり、出品する県内酒蔵も増えたと話します。
「IWCの誘致は大変でしたが、本当にやってよかったと思いますね。山形県には大きな酒蔵がなく、小さな酒蔵が力を合わせて産地のイメージを向上させていく必要があります。お互いにライバルではありますが、団結力も強いのが山形県の酒蔵の特徴だと思います。
県全体の取り組みとしては、まずは『米』に力を入れています。山形県にはオリジナル酒米の三部作があり、大吟醸クラスには『雪女神』、吟醸クラスには『出羽燦々』、純米クラスには『出羽の里』と、地元の酒米を生かした酒造りができる。酒蔵と酒米農家が力を合わせているからこそ実現できることです。
また、元山形県工業技術センター所長で、現在は山形県産酒スーパーバイザーを務める小関敏彦先生の技術指導によって、オープンに情報交換をしながら切磋琢磨して技術を高めていることも大きな特長です。
ワインにおけるボルドーやブルゴーニュのように、日本酒好きの方々が日本に旅行するなら山形にも行きたいというイメージが広がれば、インバウンドの観光客が増えたり、日本酒以外の産品の輸出につながったりと、地域がさらに活性化します。そうした影響を与えることが、山形県に育てられた酒蔵としていちばんの恩返しになるのではないでしょうか」
仲野さん曰く、山形県の日本酒の魅力は「味の幅が広い」こと。IWCでも、さまざまなカテゴリーで山形県の日本酒が高く評価されています。
「山形県で消費される日本酒の約8割が県産酒です。地元のお客様は大吟醸酒ばかりを飲んでいるわけではないので、満足してもらうためには本醸造酒や普通酒なども造れることが不可欠。世界各地の取引先とやりとりしていると、世界にブランドを広めていくためには、まずは地元できちんと評価されていることが大事だと感じます」
これまで、チャンピオン・サケ2回、トロフィー8回、リージョナル・トロフィー6回、ゴールドメダルを27回獲得し、圧倒的な実績を誇る出羽桜酒造。「受賞すると、自分たちの技術に自信が生まれ、新しい取り組みができるようになる」と仲野さんが語るように、これからも革新的なチャレンジを続けていきます。
復活から数年の苦心の時期に、チャンピオン・サケの受賞によってブレイクスルーを果たした諏訪御湖鶴酒造場。堅実に賞を取り続けながら、2回のチャンピオン・サケという快挙を成し遂げた出羽桜酒造。どちらの話からも、IWCの受賞がひとつの酒蔵だけでなく、その地域全体にも好影響を与えることが伝わってきます。
そんなIWCでは、2024年から「Prefecture of the Year」という新しい賞が誕生。各酒蔵の審査結果を都道府県別に集計し、もっとも高い評価を集めた地域を表彰するもので、候補地域として、「山形県」「宮城県」「長野県」「新潟県」「兵庫県」がエントリーされています。
「Prefecture of the Year 2024」の発表は、2024年11月の予定です。こちらの結果もお楽しみにお待ちください。
(取材・文:Saki Kimura/編集:SAKETIMES)
「IWC 2024」受賞酒を楽しめるイベントが、11/2に開催!
「チャンピオン・サケ」に輝いた「都美人 太陽」をはじめ、「IWC 2024」のSAKE部門のトロフィー受賞酒を楽しめる日本酒イベント「プレミアム日本酒試飲会」が、野村不動産の主催で、11月2日(土)に開催されることになりました。このイベントは、今年で通算11回目の開催となります。
当日は各部門のトロフィー受賞酒を中心に、全国の24蔵から25点の銘酒が集結します。この機会に、世界が評価した最高峰の日本酒を飲み比べてみてください。
◎イベント概要
- 名称:プレミアム日本酒試飲会
- 日時:2024年11月2日(土)
・日本酒トークセッション 12:45〜14:00
・第1部 14:00〜15:30
・第2部 16:30〜18:00
※各部入れ替え制。開始時間の30分前から受付。 - 会場:YUITO 日本橋室町野村ビル 野村コンファレンスプラザ日本橋 6階
※受付は5階。 - チケット種類(料金)
・日本酒トークセッション&第1部(3,500円)
・第1部のみ(3,500円)※ご好評につき完売しました。
・第2部のみ(3,500円)
※前売券のみの販売となります。当日券の販売の予定はありません。 - チケット販売ページ
・e+(イープラス):日本酒トークセッション&第1部/第2部のみ
※定員に達し次第、締切となります。「第1部のみ」のチケットは完売しました。 - 注意事項:
・20歳未満の方はご参加いただけません。
・車でのご来場はご遠慮ください。
・出展銘柄など、イベントの内容は変更になる場合がございます。
・新型コロナウィルスの感染状況によっては、イベントを急遽または予告なく中止・変更させていただく場合があります。
・体調のすぐれない方のご参加はご遠慮ください。 - 主催:野村不動産株式会社
- お問い合わせ:03-3277-8200(YUITO運営事務局)