"日本酒のソムリエ"とも呼ばれる「唎酒師」は、日本酒の魅力を伝えるプロの証です。日本酒サービス研究会・酒匠研究会連合会(SSI)が運営するウェブサイトによると、唎酒師は『お客さまに日本酒をおいしく飲んでいただくための資格』。日本酒を取り扱う上でのさまざまな知識や提供方法などを身につけることが求められます。
そこで重要な役割を果たすのが、『日本酒の基(もとい)』。唎酒師を取得するための専用テキストとしてはもちろん、一般販売もされているため、日本酒の基礎知識を学びたい人にとっても有用な一冊です。
そんな『日本酒の基』について、SSI理事兼研究室長の長田卓さんに、テキストとしての特徴や活用方法をうかがいました。
何度も改訂を重ねた、唎酒師の教科書
唎酒師は1991年に制定され、これまでに約45,000人の保持者を輩出しています。取得するには対面講義やオンライン講義をはじめとする5つのコースから受講し、試験に合格する必要があります。その際、メインの教材となるのが『日本酒の基』です。
『日本酒の基』は、日本酒の原料や製法はもちろん、テイスティングやサービス、セールスプロモーションまでを網羅した、"唎酒師の教科書"とも言える一冊です。
1991年に唎酒師の資格が発足した時から専用のテキストが使用され、当時の名称は『唎酒師マニュアル』。中身は文字だけのシンプルな仕様で、唎酒師が持つべき知識やスキルについて書かれています。ただ、いち早くペアリングに着目するなど、基本姿勢は現在と変わらず、あくまでサービスやセールスプロモーションを軸にした構成でまとめられているのが特徴です。
その後、1996年に現在のテロワールに通じる考え方を組み込んだ『唎酒師必携』が登場(当時は「地酒の在り方」として紹介)。1999年にはさらに細かな修正を加え、ページ数も大幅に増加します。そして2009年、テイスティングとサービス、セールスプロモーションについて掘り下げた『日本酒の基』を出版。図案や写真も多用した2色刷りで、よりわかりやすい一冊となりました。
現在、講義で使用されている最新版『新訂 日本酒の基』は、2018年に改訂されたもの。フルカラー・A4サイズ・293ページとボリューミーではありますが、レイアウトにも配慮し、試験に出題されるポイントがわかりやすくまとめられ、さらに学びやすく進化しました。専門知識やマニアックなネタはコラムとして記載することで、より知識を深められるように工夫されています。
日本酒を取り巻く状況の変化や飲み手のニーズを踏まえ、これまで何度も改訂を重ねてきた『日本酒の基』。そこには、30年にわたってSSIが蓄積してきた日本酒提供のノウハウが凝縮されているのです。
基礎知識だけでなく、現場で感じた"盲点"まで
『日本酒の基』は、SSIに所属する専門家を中心に制作されています。SSI理事兼研究室長であり、唎酒師の講座では講師も務める長田卓さんもそのひとり。26年前から運営に携わる中で、日本酒シーンの変化を肌で感じ、内容に反映させてきました。長田さんは「ひとつひとつを積み重ねてようやくここまで来た」と話します。
「私がSSIに入ったころは日本酒の本などなく、
たとえば、「精米歩合が50%なのに『大吟醸』と表記していない商品があるのはどうして?」「普通酒ってなに?」など、消費者が抱く疑問の中には、特定名称酒の分類を見ただけではわからないこともあります。『日本酒の基』では、そうした"盲点"こそ、提供者が解説すべきことと考え、ていねいに説明しています。
また、特定名称の制度では説明できない香味特性をわかりやすく伝えるために、日本酒を「薫酒」「爽酒」「醇酒」「熟酒」の4タイプに分類する「香味特性別分類」を提唱してきました。さらに、近年のトレンドになっている日本酒については「フルーティー&ジューシータイプ」や「スムース&ソフトタイプ」など、既存の4タイプとは異なるものとして扱い、新規顧客を獲得するための事例とともに紹介しています。
日本酒の新しいトレンドに柔軟に対応し、細かい点にまで配慮した情報を発信できるのは、実際に日本酒販売の現場で困った経験があったからこそ。まさに実践によって得た、"活きた知識"が詰まっています。
加えて、『日本酒の基』が挑んだのはサービスの言語化です。出版当初より注力している、日本酒の保存管理のポイントや劣化の見極め方はもちろん、酒瓶の開け方やスムーズな注ぎ方、酒器の洗い方や材質別に適した洗剤に至るまで、細かく解説しています。
「唎酒師として、日本酒の扱い方を知ることは、酒米の名前を覚えるよりも大切なこと」と長田さん。日本酒にまつわる本が増えている近年でも、日本酒の提供について、ここまで詳細に書かれているものは珍しいのではないでしょうか。
「『日本酒の基』は、杜氏になりたい人が読む本ではなく、
一貫した日本酒知識を学んでほしい
唎酒師を取得するためのテキストとして、多くの人に愛用されてきた『日本酒の基』。しかし、実際に酒造りを体験したり、飲食店でたくさんの日本酒に触れる機会を持つことでも知識は深められるはず。唎酒師の取得には、なぜ座学が必要なのでしょうか。
「現場を知るには、足を運んで体験するのも大切です。しかし、それだと部分々々の知識は深まりますが、一貫して理解するのは難しいのではないでしょうか。私たちが『日本酒の基』で学んでほしいのは、日本酒がどんなお酒でどういう魅力があるのか、そのベースの部分なんです」(長田さん)
『日本酒の基』では、原料や製法よりも先に、現在の日本酒市場やその課題、他の酒類と比較した時の商品特性などから学びます。理由は、たくさんのお酒の中から日本酒を選んでもらうために、その性質を唎酒師自身が知っておかなければならないからです。
そのためには「アルコール度数が高い」「他のお酒に比べて香味が説明しにくい」などの側面にも向き合います。「ネガティブに捉えられてしまうポイントを知っていれば、解決策を考える手立てにもなりますから」と長田さんは話します。
日本酒がほかのお酒と比べてどんな優位性があるか。それは料理とのペアリング、複雑な製造過程、長い歴史、多様な飲み方ができることなど、たくさんあります。これらを『日本酒の基』ではさまざまな角度から検証し、説明しています。
「唎酒師を取得する意義は、
近年は、飲食店や酒販店などの業界関係者のみならず、趣味で取得を目指す人も増えているそう。
「『唎酒師を名乗る以上、提供のプロであれ』
唎酒師の教科書『日本酒の基』には、"日本酒提供のプロ"をひとりでも多く育て、日本酒を楽しむ人を増やしたいという思いが込められていました。次回のアップデートがあれば、都道府県ごとのお酒の特徴や、お店で展開するプロモーションの具体例なども盛り込み、より現場目線の情報を充実させたいそう。
時代とともに変化する日本酒シーンの道しるべになること。それが、『日本酒の基』の使命なのかもしれません。
(取材・文:渡部あきこ/編集:SAKETIMES)
『新訂 日本酒の基』は、SSIの公式サイトにてお買い求めください。
◎ 参考リンク
sponsored by 日本酒サービス研究会・酒匠研究会連合会(SSI)