チョコレートや乳製品などでおなじみの食品メーカー・株式会社 明治(以下、「明治」)が、チョコレートと日本酒のペアリングを香港で広めるためのプロジェクトを開始します。

今回選ばれたのは、同社の中でもカカオの産地にフォーカスしたブランド「明治 ザ・チョコレート」と、山形県の酒蔵・奥羽自慢の新銘柄「吾有事(わがうじ)」の組み合わせです。

明治と奥羽自慢が考えるチョコレートと日本酒の相性とはどのようなものなのでしょうか。そのペアリングの秘密を探るべく、SAKETIMES編集部が酒蔵を訪問。関係者のインタビューとともに、実際にテイスティングを行いました。

産地ごとのカカオを味わう「明治 ザ・チョコレート」

明治では、世界中の産地に赴いてカカオ農家の人々とカカオづくりに取り組む「Meiji Cocoa Support(メイジ・カカオ・サポート)」を、2006年から始めています。

実際の「メイジ・カカオ・サポート」の様子

実際の「メイジ・カカオ・サポート」の様子

現地の生産者と意見交換を行い、試作と研究を繰り返し、生育方法や発酵方法についてフィードバックする。そうした地道な活動が実を結び、良質なカカオが安定して生産できるようになった結果、2014年に新ブランド「明治 ザ・チョコレート」が誕生しました。

「明治 ザ・チョコレート」は、「チョコレートの中のチョコレート」という意味を込めての命名です。

2020年のリニューアル時の『明治 ザ・チョコレート』

2020年リニューアル時の「明治 ザ・チョコレート」

それから6年経った2020年、「明治 ザ・チョコレート」は、さらなるリニューアルを迎えました。カカオへのより強いこだわりを表現するため、それぞれの産地の特徴をアピールする商品ラインアップに変更したのです。

「現在は、ベネズエラ、ブラジル、ペルー、ドミニカ共和国という4つの産地ごとのラインアップがそろっています。それぞれ、チョコレートの代表的な香味であるナッティ、フルーティ、フローラル、スパイシーという特徴を全面に押し出し、産地ごとの香味の違いを楽しんでいただけます」

そう話してくれたのは、株式会社 明治のカカオマーケティング部にて専任課長を務める鐘ヶ江明子(かねがえ・あきこ)さんです。

株式会社明治 カカオマーケティング部 専任課長の鐘ヶ江明子さん

株式会社 明治 カカオマーケティング部 鐘ヶ江明子さん

「実際に産地に足を運び、カカオ農家とともにそれぞれのカカオ豆に合わせた取り組みを実施しているようなチョコレートメーカーは、世界でもほとんどないのではないでしょうか。原料に対する強い探究心を持ち、産地ごとのちょっとした機微にこだわるのは、日本の食品メーカーならではの職人気質と言えるかもしれませんね」

若手メンバーで造るフレッシュな日本酒「吾有事」

そんな「明治 ザ・チョコレート」のパートナーに選ばれたのが、「吾有事」という銘柄を展開する山形県鶴岡市の酒蔵・奥羽自慢です。

奥羽自慢のれん

1724年に創業した奥羽自慢は、300年もの歴史を持ちますが、酒造りを務めるのは20代の若手メンバーを中心とした7名のチーム。

その背景には、2009年に廃業の危機に直面した際、隣町の酒田市にある楯の川酒造が事業を引き継ぐことになり、同蔵から派遣された若手蔵人たちによって再起したという経緯があります。

そんな奥羽自慢が、2017年(29BY)に新たに立ち上げたのが、「吾有事」という銘柄です。「吾有事」とは、曹洞宗を開いた道元が唱えた仏教用語で、「自分という存在と時間が一体になる」という意味があります。

明治と奥羽自慢のテイスティングの結果、今回「明治 ザ・チョコレート」のペアリングに選ばれたのは、「吾有事 純米大吟醸 雲の上」と「吾有事 fresh&juicy 純米吟醸 無濾過生原酒 赤ラベル」の2本です。

奥羽自慢の製造責任者、阿部龍弥さん

奥羽自慢 製造責任者 阿部龍弥さん

「明治さんは原料の酒米を知らずにこの2本を選んだそうですが、偶然にも、両方とも出羽燦々で造られたお酒だったんです」と微笑むのは、奥羽自慢の統括を務める阿部龍弥(あべ りゅうや)さん。4年前、26歳にして同蔵の製造責任者に抜擢された期待のエースです。

「出羽燦々は、山形県で開発された吟醸用の米で、ほかの酒米に比べてやわらかく、味わいがすっきりとする性質があります。弊社では、契約農家さんと話し合いながらの米づくりに取り組んでいます」

「吾有事 純米大吟醸 雲の上」は、そんな出羽燦々を贅沢に50%まで精米。華やかな香りを醸し出す1801酵母を用いて、パイナップルやストロベリー、桃を思わせるフルーティな味わいを引き出しています。

対する「吾有事 fresh&juicy 純米吟醸 無濾過生原酒 赤ラベル」は、よりフレッシュでジューシーな味わいを目指した無濾過生原酒。601号酵母を用いることで、ぶどうのようなさわやかなニュアンスに仕上げています。

加熱処理を一切行わない生酒を香港に輸出するのは、奥羽自慢としては初めての挑戦なのだそう。

奥羽自慢の酒造りの様子

「吾有事」の酒質について、阿部さんは「吟醸王国と呼ばれる山形県のなかでも、酸に特徴がある」と解説します。

「酸味を軸に、甘みや香りを肉付けしていくことで、フルーツのようなみずみずしい味わいを実現しています。この酒質を出すために、ほかの蔵では機械化しているような細かい工程まで、手作業で行っています」

蔵人たちが、その名の意味するとおり、時間を忘れてしまうほど熱中して造った「吾有事」。伝統的な手作りを貫きながらも、若い感性にあふれたフレッシュでジューシーな酒質を備えています。

チョコレートと日本酒の意外な共通点

これまでトップに君臨していたアメリカや中国を抜き、2020年の清酒の輸出相手国として輸出額1位を記録した香港。日本酒人気がますます高まる同国に向けて、スーパーマーケットなどで日本酒とチョコレートの「家飲み」を提案する本プロジェクトがスタートしました。

今回のプロジェクトが立ち上がるまで、「正直、チョコレートと日本酒は合わないと思っていた」と、鐘ヶ江さんは打ち明けます。

「これまでにも試したことはありましたが、『明治 ザ・チョコレート』のようにカカオ分が高い商品は、チョコレートの味が勝ってしまって、日本酒と合わせられないと思っていたんです。ところが、『吾有事』と合わせてみて、チョコレートが日本酒に合うと初めて感じました。組み合わせによっては、カカオの持つフルーツのような香りがさらに際立ちます」(鐘ヶ江さん)

これまでウイスキーやテキーラなどさまざまな酒類のペアリングを経験してきた鐘ヶ江さんは、チョコレートと日本酒の相性の良さには、「香り同士の繊細なマッチングがある」と分析します。

「『明治 ザ・チョコレート』は香りを特徴とした商品なので、『吾有事』のようなフルーティな香りとよく合うのでしょう。特に、チョコレートを口の中で溶かしてから日本酒を口に含むと、チョコレートの残り香とお酒の含み香が混じり合って良いマリアージュになります」

奥羽自慢の酒造りの様子

阿部さんは、日本酒とチョコレートの共通点に驚きを見せます。

「これまでチョコレートが発酵食品だと意識したことはほとんどありませんでしたが、発酵具合で味が変わると聞き、まさに日本酒と同じだと感じました。

日本酒の原料となる米は、組合を通して購入すると複数の生産者のものが混ざった状態で届いてしまうので、吸水率などにムラが出て仕上がりに影響してしまいます。チョコレートでも、原料を大切にして生産者の顔が見える管理を行い、品質を保っていることに共感しました」

株式会社 明治 海外事業本部の中野将陽さん

株式会社 明治 輸出事業部 中野将陽さん

企画の発案者である輸出事業部の中野将陽(なかの まさあき)さんは、プライベートで「吾有事 純米大吟醸 雲の上」を初めて飲んだとき、今回のアイデアがひらめいたと話します。

「『雲の上』は華やかな香りとすっきりとした酸味があり、甘さもひかえめなので、チョコレートに合わせやすいです。『赤ラベル』はやわらかくジューシーで、フルーティな香りがチョコレートを包み込んでくれます。

香港では飲食店でしか日本酒を飲まない方も多いかと思いますが、スーパーマーケットとコラボレーションした企画を考えているので、ご家庭でいろいろな組み合わせを楽しんでいただきたいですね」

SAKETIMES編集部がペアリングを体験!

明治と奥羽自慢の生み出す渾身のペアリングに、これまで数多くの日本酒を味わってきたSAKETIMES編集部から、編集長の小池潤と、SAKETIMES Internationalのディレクターで、本稿の執筆を務めるSAKEジャーナリスト・木村咲貴が実際にペアリングを体験しました。

ふたりのあいだでもっとも評価が高かったのが、フローラルな香りを特長とするペルーのカカオ70と赤ラベルの組み合わせです。

「これは良いですね! 合わせることによって香りと厚みがさらに豊かになりました。おいしいのはもちろんですが、体験としておもしろいペアリングですね」(小池)

「ジャスミンのような香りのチョコレートが、お酒の味わいをぐっと広げてくれる組み合わせ。お酒を温めてもさらにおいしくなりそうです」(木村)

一方、「雲の上」との組み合わせについては意見が分かれました。

「ベネズエラのカカオ55%は、おつまみにナッツを食べる感覚に似ています。チョコレートを口の中で溶かしてからお酒を飲むほうが、チョコレートの余韻とお酒の刺激がうまく重なりますね」(小池)

「私はブラジルのカカオ70%が良いと思いました。ベリー系の味わいが生まれて、ジャムの入ったチョコレートのようなニュアンスになります。ドミニカ共和国のカカオ70%も合いますね。チョコレート自体の味がユニークなのですが、純米大吟醸酒のキラキラとしたトーンに重なると感じました」(木村)

6種類のチョコレートと2種類の日本酒、計12通りの組み合わせ。似たもの同士が混じり合うような同調のペアリングもあれば、口の中をスッキリさせてくれるウォッシュ系のペアリング、組み合わせることで新しい香味が生まれるペアリングなど、多様なマッチングが楽しめます。

「『明治 ザ・チョコレート』は一枚の中にさまざまなパターンがあり、割り方によって味わいも異なるんですよね。日本酒も、温度帯や酒器などで味わいが変わりますが、『少しの工夫でこんなに違うんだ!』という感動を味わえる点が似ていると感じました。飲み比べをして自分にとってベストなペアリングを見つけられるのは、おうち飲みならではの魅力ではないでしょうか」(木村)

「効率を求めがちな現代社会の中で、こうして飲み比べをしながら好きな組み合わせを探すのは豊かな時間の使い方ですね。『自分という存在と時間が一体になる』という吾有事のコンセプトとも重なるような気がします。たとえば寝る前に、チョコレートと日本酒を味わいながら、ゆっくりと一日を振り返る。そんな体験も素敵ですね」(小池)

「明治 ザ・チョコレート」と、奥羽自慢「吾有事(わがうじ)」

明治のカカオへの情熱と、奥羽自慢のフレッシュな感性がコラボレーションした今回の企画。12通りの組み合わせの中からお気に入りを見つけたり、ものづくりの現場のストーリーに思いを馳せたり、チョコレートと日本酒の意外な共通点を学んだり、楽しみ方はいろいろです。

おうちでゆっくりと過ごす特別な時間に、チョコレートと日本酒の運命の出会いに乾杯してみてはいかがでしょうか。

(取材・文:Saki Kimura/編集:SAKETIMES)

◎プロジェクト概要

株式会社 明治が、日系企業を中心とした香港のスーパーマーケットや飲食店にて、日本酒とチョコレートのペアリングを訴求するプロジェクト。2021年12月~2022年2月を立ち上げ期間とし、その後も継続して展開予定です。

ともに発酵という重要な工程を経て完成する日本酒とチョコレートのペアリングを新たな食文化として、香港市場に浸透させたいという想いからスタートしました。人それぞれの好みの組み合わせにより、風味や香りの相乗効果が愉しめ、その発見を新たなトレンドとして発信していきたいと考えています。

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