2016年創業の「WAKAZE」は、「日本酒を世界酒に」という大きな目標を掲げ、新時代のSAKEの開発と発信を行なっているスタートアップ企業です。
2019年にはフランスに子会社を立ち上げ、パリ近郊に設立した醸造所「KURA GRAND PARIS(クラ グラン パリ)」で現地醸造を開始しました。今シーズンはフランス産の麹米と掛米、ワイン酵母、フランスの硬水を使って醸した「THE CLASSIC(ザ・クラシック)」を発売中です。
この記事では、WAKAZEのフランスでの酒造りの模様と、2021年2月に「KURA GRAND PARIS」で行われた「THE CLASSIC」とフランスで生産量・消費量とも最も多いチーズ「Comte(コンテ)」を楽しむオンラインセミナーの模様をお伝えします。
「どんな場所でもおいしい酒を造れることを証明したい」
WAKAZEは、どうしてフランスでSAKEを造るのでしょうか?
「1000年以上の歴史を持つ日本酒を、日本国内だけに留めるのはもったいない。SAKEを楽しむ文化を世界中に広めるだけでなく、造り手が多様性を持って広がっていくことが大事だと思います」
こう語るのは、パリ近郊にある醸造所「KURA GRAND PARIS」で、杜氏を務める今井翔也さんです。
「KURA GRAND PARIS」では、テロワールの考え方を大事にし「その土地にもとよりある原材料を使うこと」と「添加物を使わないこと」を守って酒造りを進めています。
今シーズンから醸造を開始した「THE CLASSIC」に使う米は、フランス南部の米どころ・カマルグ産の食用米「セレニオ」を精米歩合92%で使用。この品種は日本の米と同じ粒の短いジャポニカ米で、フランスでは寿司にも使われています。
仕込み水は、地元・パリのミネラル含有量が非常に多い超硬水。酵母は、エレガントな香りが特徴でフランスの有機認証規格を取得しているワイン酵母。酒母をたてる段階で新たな酵母は添加せず、その前の造りの酒母を次のロットに受け継ぐ「差酛(さしもと)」という手法を採用しています。
差酛を繰り返すことで、ワイン酵母の中でも清酒造りに向いている酵母を選抜しているため、ワイン酵母とも、日本の清酒酵母とは異なった酵母の系譜を辿っています。
種麹は日本酒の造りで一般的に使われる黄麹と、主に焼酎の造りで使われ、クエン酸を多く生成する白麹を日本から取り寄せました。この種麹と精米歩合92%のカマルグ産米「セレニオ」を使い、製麹を行います。麹を2種類組み合わせることで、果実感がでるような酒質を目指しているそうです。
「日本で酒造りを学んだ海外の人たちが出身国に戻り、現地で酒蔵を建てて酒造りを始めています。そのような海外の動きをみて、私もとてもやる気を駆り立てられました」
彼らのチャレンジと同じように、酒造りの職人として、どんな場所、どんな素材でもおいしい酒を造れることを証明したいと考えた今井さんが、その挑戦の場として選んだのが、ワインの国・フランスです。
「目指すのは、フランスの地酒になること。ワインが合うとされている料理に合うSAKEをフランスの地で造り、新たな食との可能性を示したいんです」
「KURA GRAND PARIS」の1年目に造られた「C’est la vie (セラヴィ)」について、「試行錯誤の初期衝動のかたまりで造ったもの」と話す今井さん。
フランス語で「それが人生」という名前が付けられた「C’est la vie」は、2020年にパリで行われた日本酒コンクール「Kura Master」でプラチナ賞を、ロンドンで行われた世界最大規模のワイン品評会「IWC(インターナショナル・ワイン・チャレンジ)」のSAKE部門で、シルバーメダルを受賞するという快挙を成し遂げました。
2年目は蔵の設備がようやく揃い、「自分たちの思うど真ん中のフラッグシップSAKEとして、『THE CLASSIC』が造れました」と、今井さんは続けます。
「THE CLASSIC」の仕込みの条件、「精米歩合92%・超硬水・添加物不使用」は、栄養たっぷりで酵母が暴れる発酵力が豊かな環境。まさに職人の技術が試される場面です。
「超硬水に含まれるミネラルは、塩味のもとにもなりますが、バランス良く味の幅を広げれば、飲みやすいSAKEが造れます」
こうして日本の酒造りとは全く異なる条件で造られた「THE CLASSIC」は、さわやかな果実感と白麹由来のスッキリとした酸味、キレのある後味が特徴のメイド・イン・フランスのSAKEになりました。
世界が未だコロナ禍に苦しみ外食制限が続くなか、「THE CLASSIC」ができあがると、フランス国内はもとより、日本、イギリス、イタリア、ドイツ、スペイン、ポルトガル、ベルギー、オランダ、デンマーク、ノルウェー、ルクセンブルク、アイルランド、フィンランド、オーストリア、チェコ、ポーランドの計17ヵ国に出荷されました。
五感を使ってつくるチーズ作りは酒造りと似ている
フランスの食文化のなかで欠かせない食材が、チーズです。
WAKAZEは「SAKE愛好家をもっとチーズの世界へと引き込み、チーズ愛好家にはSAKEとチーズの相性や楽しみ方を伝えよう!」というねらいでオンラインセミナーを開催しました。
SAKEの講師を務めるのは、「KURA GRAND PARIS」で杜氏を務める、WAKAZEの今井さん。チーズの講師を務めるのは、2015年に世界最優秀チーズ職人に輝いた、フランス人のファビアン・デグレさんです。
フランス・ルマンで3代続くチーズ店がご実家というファビアン・デグレさんは、パリ・フランス国立東洋言語学院で日本語と経済を学んだ後、2008年に来日。フランス産ナチュラルチーズ輸入の草分け的なチーズ専門店「フェルミエ」で店長や商品開発を務め、10年間、ヨーロッパ産チーズの普及に尽力しました。
「フェルミエ」在籍当時には、本店の隣にワインサロンを構えていたソムリエの田崎真也さんから、日本酒の魅力を学ぶ機会もあったそうです。
日本語が堪能で日本人の好みも熟知しているファビアンさんは、2018年に出版した著書『フロマジェが教えるおいしいチーズの新常識』(刊行:世界文化社)のなかで、「日本酒とチーズは、ときにはワインを凌駕するほどの好相性です」と紹介しています。
今回のオンラインセミナーで取り上げるのは、「Comte(コンテ)」と呼ばれる、フランスのAOP(原産地呼称保護)という厳しい管理の下で生産されたハードタイプの熟成チーズです。
スイスと隣接する、フランス東部フランシュ・コンテ地方のジュラ山脈一帯で、13世紀から作られている歴史があり、フランスの数あるチーズの中でも生産量・消費量とも最も多く、フランス国内でコンテチーズを知らない人はまずいません。
「THE CLASSIC」の乾杯で、セミナーが始まりました。オンラインで繋がっている日本の参加者には、「THE CLASSIC」1本とコンテチーズ(150g)が、事前に自宅へ届けられています。
「コンテは、牛乳に天然の凝乳酵素を加えて塊と水分に分離し、型に入れてさらに水を抜き固め、その表面を塩で拭いて熟成させます。1玉の大きさは、直径約60センチ、高さ10センチ、約40キロ。熟成期間は、最低4ヶ月から24ヶ月まで。平均すると8ヵ月熟成ですが、中には30ヶ月も熟成させるものもありますよ」(ファビアンさん)
コンテ1玉を作るのに、モンベリアード種という牛のタンパク質や脂肪が高いリッチなミルクが約450リットル(牛20頭分)も必要なんだとか。
採取されたミルクは、24時間以内に地域内に150ある協同組合の工房に集められ、そこで加工されたコンテは13の熟成庫に運ばれます。
熟成庫では、6人の熟成士が「sonde (ソンドゥ)」と呼ばれる専用のハンマーでチーズを叩き、その音からコンテの熟成度合いをひとつずつ確認します。1人の熟成士が1日に検査するのは、300~400玉ほど。1年に65,000トン以上、170万玉ものチーズが生産されるにもかかわらず、その多くの工程が手作業で行われています。
「このようにコンテチーズは、地域内の共同作業で作られるため、酪農家が自分の牧場のミルクだけでチーズを作ることはありません。作られた地域や季節、職人の技術、熟成期間によって、ひとつひとつ異なる個性を持ちます。ワインと同様に、テロワールが守られているんです」(ファビアンさん)
標高200メートルから1,500メートルの山々が連なるジュラ山脈で暮らす牛たちは、夏には放牧地の草花を、冬には干し草を食べて育ちます。季節によってエサの質が変わるため、チーズの質も、夏は草花の色素の影響で色づき深い黄金色になり、香りは複雑でフルーティーに。冬は白っぽくなり、香りは控えめでミルクの味わいがより感じられるのだとか。
熟成士たちは、ミルクの品質を見極めて、それに適した熟成方法や期間を選択するのです。
「コンテの熟成庫の話を聞いて、五感を使うところは酒造りと通じるところがあると思いました。『KURA GRAND PARIS』には現在12本のタンクがありますが、そのなかで微生物たちがピチピチと発酵しているところを、耳で、目で、鼻で、口で感じながら造っています」(今井さん)
コンテの作り方を聞いて、今井さんはチーズと日本酒の共通点を話してくれました。
色、香り、味わいで感じるコンテチーズの楽しみ方
続いては、コンテチーズのテイスティングです。
40キロのコンテをピアノ線を使って切り分け、板状になったものを、ナイフで1センチくらいの拍子木にします。外皮は切り落とします。
コンテを楽しむのに、まずは「色」から。
真っ白なら冬に作られたもの、黄色みがかっていれば夏に作られたものです。表面についてる白い点々は、塩ではなくタンパク質の結晶。これは熟成10~12ヵ月の段階でできるもので、粒が大きくなるほど熟成が進んでいる証拠なのだとか。
次は「香り」です。
チーズに鼻に近づけ、真ん中から2つに折り、その断面からフレッシュな香りを確かめます。
ファビアンさんが手にしているのは、2019年12月製のコンテで白っぽくフレッシュな香り。日本の参加者に届いたコンテは2019年9月製で、少し黄色みがかり、冬のものよりポキッと割れる質感です。
最後は「味わい」です。
コンテを口にふくみ、鼻をつまんでよく噛んでから手を放すと、コンテのアロマが口のなかに広がります。
SAKEとのマリアージュを確かめるには、口に含んだコンテを飲み込む前に、口の中で一緒に合わせます。「THE CLASSIC」のほのかの酸が、特に冬作りのコンテと合いました。
「THE CLASSIC」を使ったオリジナルのSAKEカクテル
熟成度ごとに味わいが変わるコンテチーズに合わせたい「THE CLASSIC」を使ったオリジナルのSAKEカクテルも披露されました。
「パリに来てから日常的にチーズを楽しんでいますが、このイベント前に、あらためてチーズを勉強しなおしました。新しい組み合わせの探求は奥深くて、SAKEを使ったカクテルには可能性があると思います」という今井さんが紹介してくれたのは、2種類のカクテルです。
1つ目のカクテルは、「THE CLASSIC × パイナップルジュース」です。
「THE CLASSIC」とパイナップルジュースを、1:1の割合で混ぜ合わせるだけの簡単レシピ。果実感を意識した「THE CLASSIC」にパイナップルのフルーティーな香りが加わって、ジューシーで濃密な味わいになります。
「これから来る暖かい夏にぴったりのカクテルですね」と、ファビアンさんも満足の様子。
ブレンド比率は好みで変えてもOK。氷を入れロックにするとより爽やかになりますが、冷やしすぎない方が旨味たっぷりのコンテにマッチします。12~18ヵ月熟成のコンテには「THE CLASSIC」だけで。それよりも若いコンテには、このフルーティーなカクテルがおすすめです。
2つ目のカクテルは、「THE CLASSIC × ヴァン・ジョーヌ(黄色ワイン)」というマニアックなレシピ。ワイングラスに「THE CLASSIC」とヴァン・ジョーヌを4:1の割合で注ぎます。
フランス・ジュラ地方独特の黄色ワイン「ヴァン・ジョーヌ」は、フランスではコンテを食べるときに一緒に合わせることが多く、コンテと同じ地域生まれという共通点もあります。搾ってからまだ2か月くらいのフレッシュな「THE CLASSIC」にヴァン・ジョーヌの熟成感がコンテとの橋渡しになります。
これだけでも十分においしいのですが、「ラベンダー・ビター」という特殊なエッセンスを1滴だけ加えると、山のチーズであるコンテとの相性がさらに引き立ち、とても複雑な香りのSAKEカクテルになります。
「ラベンダーのエッセンスがミルクの味わいを引き立てて、ヴァン・ジョーヌの風味があり、ほんのり日本酒の香りがあり、余韻の長さがコンテと一緒で素晴らしいです。ラベンダー・ビターではなく、日本で手に入りやすい桜の葉やしそでも代替できそうですね」と、ファビアンさんも絶賛です。
ファビアンさんが紹介したカクテルレシピは、みかんとシナモンが薫る「THE CLASSIC」のぬる燗カクテル。
切り分けたみかんの皮をワイングラスのふちにあてながら回し、みかんの香りをグラスに移します。続いて、あらかじめ少し乾燥させたみかんの皮の端に火を付け、すぐにワイングラスを逆さにして被せて置きます。グラスの中にみかんが燻された香りを残すわけですね。
続いて、小鍋にオレンジのはちみつを小さじ1/2、シナモンパウダーをほんの少し、「THE CLASSIC」(12cc)を入れ弱火にかけ、40度手前まで温めます。はちみつが十分に溶けたら、みかんのスモーク香のついたグラスに注ぎ、さらにスパークリングウォーター(6cc)を注いで混ぜ合わせます。
最後に、フレッシュなみかんの皮に切り込みを入れ、グラスの縁に飾ってできあがりです。みかんの代わりにオレンジや伊予柑などでもOK。はちみつは、アカシア、レモン、オレンジなど、フルーティーなものがおすすめだそうです。
さらにファビアンさんは、コンテをつかった簡単なおつまみも紹介してくれました。
キューブ状にカットしたコンテの片面にナイフでくぼみを作り、そこにオレンジのはちみつを垂らし、スライスした金柑を添えたおつまみは、手軽に用意できるのでホームパーティーでも活躍しそうです。
日本とフランスの食文化をつなぐ発酵の力
伝統的なSAKEの世界にあってそこにとどまるのではなく、最前線でどんどん新しいチャレンジを試みる今井さんと、「コンテチーズは人生で2度と同じものを食べることができない」と、その発酵と熟成が生み出す価値を伝えるファビアンさん。
SAKEとコンテチーズの魅力を学ぶことができた90分のオンラインセミナーを通して、ふたりが繰り返し口にしていたのは、多様性という表現です。「乳酸菌や微生物の発酵の力を間近に感じられるのが、ものづくりをしていて最もワクワクする」という言葉でイベントが締められました。
(取材・文:中大路えりか/編集:SAKETIMES)