「故郷である地球を救うためのビジネス」に取り組んでいる、アメリカ・カリフォルニア発のアウトドア企業「パタゴニア(Patagonia)」。同社が2012年に立ち上げた食品事業「パタゴニア プロビジョンズ」では、実は日本国内の酒蔵が醸したオリジナル日本酒が販売されています。

写真提供:Taro_Terasawa(C)2024Patagonia, Inc.

パートナーとなる酒蔵は、千葉県の寺田本家(代表銘柄「五人娘」)と福島県の仁井田本家(代表銘柄「しぜんしゅ」)。どちらも、自然環境に配慮した方法で栽培した米を使用し、米・米麹・水のみを使用した“自然酒”を造っています。

地球規模の環境問題の解決に積極的に取り組んでいる企業として世界中から注目されているパタゴニアが、寺田本家・仁井田本家とともに醸すのは、どのような日本酒なのでしょうか。それぞれの担当者に話を聞きました。

食品事業を通して、地球を守る

パタゴニア プロビジョンズのディレクターを務める近藤勝宏(こんどう・かつひろ)さんは、パタゴニアが食品事業を始めたきっかけについて、次のように話します。

パタゴニア プロビジョンズのディレクター 近藤勝宏さん

パタゴニア プロビジョンズのディレクター 近藤勝宏さん

「近年問題となっている温室効果ガスの約25%は食品が原因となっているように、世界が直面している環境問題の多くは食の分野と関係しています。私たち人間が生きていくに当たって、食べ物がなくなることはありません。それならば、人間も地球も健康になれる方法で食品を作っていくべきではないかという考えから、パタゴニアの食品事業が始まりました」

その一環として、アメリカの本社で「発酵の技術を用いた商品を展開しよう」というアイデアが生まれます。クラフトビールやナチュールワインとともに、日本酒も候補に挙がりました。

「自然の発酵で造られたワインや日本酒ほど、その土地の自然環境を表すものはありません。私たちは、そのように造られたワイルドな力強さを感じるワインや日本酒の魅力を多くの方々と分かち合いたいと思い、発酵飲料のコレクションをスタートしました。この取り組みが、地球の未来に責任を持った米作りや酒造りがさらに重視されるきっかけになることを願っています」

日本酒の醪が発酵している様子

写真提供:新井'Lai'政廣(C)2024Patagonia, Inc.

「パタゴニアでは、従来の『オーガニック』の考え方を超えて、地球・人間・動物の健康をより大事にした『リジェネラティブ・オーガニック農法』の基準を独自に定めています。具体的には、化学肥料や農薬を使用せず、さらに田畑を耕さずに作物を育てることで、健康的な土壌を取り戻すという農法です。

この農法を日本でも広めるために、農家さんとパートナーシップを組み、その米を使って日本酒を造るというのが、今回のプロジェクトです」

写真提供:寺田本家

日本酒の造り手として選ばれたのは、寺田本家と仁井田本家。どちらの酒蔵も、農薬や化学肥料を使用しない自社田での米作りに取り組み、微生物の力を生かした自然な製法で酒造りをしています。

写真提供:Taro_Terasawa(C)2024Patagonia, Inc.

寺田本家と仁井田本家を選んだ理由として、「どちらもパタゴニアの哲学を体現しているような酒蔵」と、近藤さんは話します。特に、地域の自然環境に深く配慮し、長期的な視点で事業をしている点を評価しています。

「どちらの酒蔵も数百年の歴史があり、さらにこれから数百年先の未来を見据えている。何代も先につながるものづくりを目指して、自然環境を大事にした米作りや酒造りに取り組んでいることに強く惹かれました」

美味しさを超えた価値を提供したい—寺田本家「繁土 ハンド」

そんな寺田本家と仁井田本家が造るのは、どのような日本酒なのでしょうか。

まずは、寺田本家の24代目 寺田優(てらだ・まさる)さんに、パタゴニア プロビジョンズのオリジナル日本酒「繁土 ハンド 2023」について伺いました。

「『繁土 ハンド 2023』は、麹米に自社栽培の千葉錦、掛米にリジェネラティブ・オーガニック農法を目指している坪口農事未来研究所のコシヒカリを使っています。千葉錦は在来種で、肥料を供給しない農法でも、ある程度の収量を確保することができます。酸味が出やすく、味のバランスを取るのが難しいんですが、造り手としては、それがおもしろさでもありますね」

繁土 ハンド 2023

写真提供:Taro_Terasawa(C)2024Patagonia, Inc.

製法は、同社の看板銘柄「五人娘」と同じく、無添加の生酛造り。人間の手をなるべく加えない自然の発酵を重視する寺田本家では、酵母や乳酸菌を添加せず、蔵の中にいる微生物だけで日本酒を醸します。また、日本酒本来の味を楽しんでほしいという思いから、日本酒を搾った後に濾過をしないという点にもこだわっています。

繁土 ハンド 2023」は、無濾過ならではの美しい琥珀色が特徴。野生味のある複雑な風味とともに、柑橘を思わせるフレッシュな酸味と甘味、そしてジューシーな米の旨味が感じられます。力強い味わいで、燗にしても楽しめます。

「パタゴニアの近藤さんから、『美味しいお酒ができますか』と聞かれた時に、『それはわかりません』と答えたんですよ。いまだに『あの時はびっくりした』と言われるんですが、うちは香りや味わいを設計してから造ることはしないので、その時々の味になるんですよね。

微生物に任せた自然の発酵は味わいが安定しないという側面もありますが、それでも、美味しさを超えた価値をお届けしたいと思って取り組んでいます」

寺田本家の酒造りの様子

写真提供:寺田本家

もともと、パタゴニアのファンだったという寺田さん。声をかけられた時は、「うちのような小さい酒蔵とコラボなんて本気だろうか」と半信半疑だったといいます。

「環境問題の解決に取り組んでいる企業として、世界中の人々がパタゴニアに注目しています。最近は、特に若い世代が環境に対する高い意識を持っているので、パタゴニア プロビジョンズを通して、日本酒を飲む世代が広がっていくことに繋がるかもしれないと期待しています。

事業の規模はまったく異なりますが、大きなグローバル企業とも、理念を共有することができるんだと実感しました。私たちの酒造りが、自然とともに人間が生きていくためのひとつのモデルになれたらと思います」

“米がなりたいお酒を目指して”—仁井田本家「しぜんしゅ—やまもり」

「日本の田んぼを守る酒蔵になる」というミッションを掲げて、自社や契約農家の田んぼで自然栽培された米のみを使用している仁井田本家。パタゴニア プロビジョンズのオリジナル日本酒「しぜんしゅ-やまもり 2023」は、パタゴニアとの共同研究のもと、自社田で自然栽培した酒米・雄町を100%使用。仁井田本家のラインナップで唯一、自社栽培米のみで仕込んだ日本酒です。

しぜんしゅ-やまもり 2023

写真提供:Taro_Terasawa(C)2024Patagonia, Inc.

「水田は地球温暖化の原因となるメタンガスを生成するため、欧米では良くないイメージを持たれていますが、ダムとしての役割を果たしたり、畑よりも収量が多く品質が高かったりと、利点がたくさんあります。より環境に優しいアジア型の農業を探るために、パタゴニアと共同研究し、その米で造ったのがこの一本です」

そう話すのは、仁井田本家の18代目 仁井田穏彦(にいだ・やすひこ)さん。「しぜんしゅ─やまもり 2023」は、“米がなりたいお酒”を目指して、自然の発酵になるべく任せる製法を採用。素材の良さを生かすために精米歩合は85%に抑え、酵母を添加せずに醸しています。

「きょうかい酵母(※)を使うとアルコール度数が20%前後まで上がりますが、天然の酵母を使うと自然に発酵が止まるので、その特性を生かして、13%の低アルコール酒に仕上げました。通常の三段仕込みの後に、四段目として醪(もろみ)を利用した『汲み出し四段』という仁井田本家の伝統の手法で、米由来の自然な甘味を引き出しています」

※酒類の品質を安定させるために、日本醸造協会が培養・頒布している酵母のこと。

実際に飲んでみると、汲み出し四段による上品でやさしい甘味に、ジューシーな酸味と柑橘を思わせる爽やかな香りが重なり、メリハリのある味わい。複雑かつ奥行きのある味わいで、熟成による変化も楽しめそうな一本です。

仁井田本家の酒造りの様子

写真提供:仁井田本家

創業から300年を超え、「これから300年先もお酒を造り続けるには、まわりの田んぼや山が豊かでなければならない」と考える仁井田さん。健康な田んぼを次世代に残すための自然栽培だけでなく、自社山の杉を間伐して木桶を作ることで、山や水の環境を保護しています。

「しぜんしゅ—やまもり 2023」も、「山を守ることは、水を守ることである」というメッセージを伝えるために、自社山の杉から作られた木桶で醸されました。

「パタゴニアという企業には、世界に対する影響力があります。日本酒はそのほとんどが国産米で作られ、日本の田んぼを支えている。今回のコラボを通してそうした情報を発信できれば、パタゴニアのファンが日本酒の魅力に気付き、自然環境を守るエシカルな消費に繋がるのではないかと期待しています」

仁井田本家の米作りの様子

写真提供:仁井田本家

パタゴニア プロビジョンズの展望について、近藤さんは「パタゴニアという企業の歴史は、まだ50年ほど。寺田本家や仁井田本家など、数百年の歴史を持った酒蔵のように、長期的な視野をもってビジネスをしていきたい」と話します。

地球規模の環境問題の解決に取り組んでいるパタゴニアが、地域の自然環境を守りながら、地球の未来に責任を持った酒造りに挑戦している酒蔵とともに生み出した「繁土 ハンド」と「しぜんしゅ-やまもり」。消費者である私たちが、こうした意義のある製品を選び取っていくことが、日本酒や地球の未来をつくることにつながります。

“自然酒”に取り組んできた寺田本家・仁井田本家ならではの自然の発酵を生かしたワイルドで力強い風味を、ぜひ楽しんでみてください。

(取材・文:Saki Kimura/編集:SAKETIMES)

◎商品情報

  • 商品名:繁土 ハンド 2023
  • 酒蔵名:寺田本家(千葉県)
  • 原材料:米(国産)、米麹(国産米)
  • 原料米:兵庫県産コシヒカリ77%、千葉県産千葉錦23%
  • 精米歩合:70%
  • アルコール分:15度
  • 価格:2,178円(税抜)/720mL
  • 販売:パタゴニア プロビジョンズの公式オンラインショップ、全国のパタゴニア店舗、全国の取扱店
  • 商品名:しぜんしゅ-やまもり2023
  • 酒蔵名:仁井田本家(福島県)
  • 原材料:米(国産)、米麹(国産米)
  • 原料米:福島県産雄町100%
  • 精米歩合:85%
  • アルコール分:13度
  • 価格:2,310円(税抜)/720mL
  • 販売:パタゴニア プロビジョンズの公式オンラインショップ、全国のパタゴニア店舗、全国の取扱店

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