2024年10月2日(水)、東京都のパレスホテルにて、日本ソムリエ協会の日本酒セミナーが開催されました。

セミナーのテーマは「日本酒新時代における大手蔵元の取り組みを学ぶ」。日本酒業界を牽引する酒造会社のひとつである宝酒造の取り組みを例に、日本酒のこれからを考えるという内容です。

講師は、ワイン業界においてもっとも権威のある資格「マスター・オブ・ワイン」(Master of Wine/以下「MW」)を日本在住で唯一保持している大橋健一さんが務めました。

セミナーでは、2023年に発売されたプレミアム日本酒「松竹梅白壁蔵 然土(N・end/ねんど)」をはじめ、宝酒造の最新の取り組みが紹介されました。セミナーの様子をレポートします。

松竹梅白壁蔵 然土(N・end/ねんど)

松竹梅白壁蔵 然土(N・end/ねんど)

「國酒」としてのポジションを確立することが重要

MWであると同時に、世界的なワインコンテスト「International Wine Challenge(インターナショナル・ワイン・チャレンジ)」SAKE部門の共同議長も務める大橋MW。世界を知るその目から見て、「世界の有識者たちが日本酒を意識するようになってきている」と話します。

日本在住で唯一のマスター・オブ・ワインである大橋健一さん

日本在住で唯一のマスター・オブ・ワインである大橋健一さん

「日本において、ソムリエとはワインの専門家であり、自国のアイデンティティである日本酒については知識がないという時代が長く続きました。世界で日本酒が注目されるようになった現在、私たちのような日本のソムリエが日本酒に対してどのように向き合っていくかが重要になってきています」

ワインの最古の起源はジョージアであり、ソムリエの発祥の地はギリシャですが、多くの人々はそれらがフランスだと誤解していると大橋MWは指摘します。

「日本の國酒としての日本酒のポジションを世界的に高めていかなければ、いつか『SAKEの発祥はアメリカだ』と言われてしまうかもしれません。100年後も、さらには1,000年後も『日本酒は日本の文化だ』と認知されていくためには、日本酒産業の全体を俯瞰して理解する必要があります。

さらに、日本酒業界には、『大手が造るのは安価な商品で、小さい酒蔵のほうが価値が高い』という風潮があります。世界に進出するには、ワインのように品質を公正に見る視点がなければ、日本酒は趣味の領域から出ることはできません」

そのように説明したうえで、「消費者に広く飲まれているブランドを理解しなくては、日本酒産業を理解したことにはならない」と強調する大橋MW。日本酒市場を牽引するリーディングメーカーとして、宝酒造の事例を解説しました。

日本ソムリエ協会のセミナーの様子

「宝酒造の『松竹梅』は、“よろこびの酒”というキーワードで日本酒をハレの日の飲み物として定着させたブランドで、スーパーマーケットやデパートで日本酒が売られるようになるきっかけをつくりました。世界的にみれば、子会社である共同貿易などの食材卸を通じて、自社以外の日本酒を海外に届けることにも貢献しています。

さらに驚くのは、1970年代から絶滅危惧種の保護や、環境に配慮した容器の導入など、サステナブルな取り組みをしていることです。海外市場ではもはや、サステナブルな取り組みをしていないワイナリーは見向きもされなくなってきています。そうした意味で、宝酒造はワイン業界のトップ企業にも負けないメーカーだと言えます」

細かな改善を続ける松竹梅「然土」

そんな宝酒造にとって初めてのプレミアム商品が「然土」。大橋MWがコンサルティングし、約3年半の試行錯誤を経て、2023年10月に発売されました。

松竹梅白壁蔵 然土(N・end/ねんど)

松竹梅白壁蔵 然土(N・end/ねんど)

原料の山田錦は、兵庫県西脇市の専業農家と契約して二人三脚で栽培。また、米作りも含めた製造工程を数百の項目に細分化し、毎年改善を続けることを掲げています。

「たとえば、麹造りという工程に対して、種麹の種類や量だけでなく、麹室の湿度やどのように種麹を振るのかまで細かく決めています。2024年に発売された商品では、284の項目を洗い出し、そのうち19項目について改善しました」

改善した項目の一例が、稲わら腐熟促進剤を活用しながら、中干しと呼ばれる水を抜く期間を延長することで、米作りで発生する温室効果ガスの一種・メタンガスの排出量を93%も抑えたこと。さらに、鶏糞をベースにした有機素材の肥料を用いることで、整粒歩合を10%、心白発現率を12%向上させるなど、原料米の品質を改良しました。

その一方で、有機肥料の使用は、二酸化炭素の約25倍の温室効果をもつメタンガスの発生を増加させるというデータもあるそうで、次回の米作りへの課題としています。

さらに、麹造りにおいて湿度を細かく管理することで「オハグロ臭」と呼ばれる墨汁のような重たい香りを抑えたり、酸度を緻密にコントロールするため、酒母の工程に工夫を施したりしました。精米歩合は高級酒としては珍しい51%に設定し、「松竹梅」の得意とする伝統的な製法「生酛造り」を用いることで、米の味わいを引き出しています。

そんな今年の「然土」の味わいを、大橋MWはこのように表現します。

「スイセンの花弁や、刻んだアプリコットを入れたヨーグルトのような香りを、上新粉や炊きたての白米のようなアロマがほのかに後押しします。看板商品の『松竹梅 白壁蔵 生酛純米』と比べると、アタックに甘味がありますが、序盤から酸味とうまく調和してくれます。

1年目はテクスチャーが丸かったのですが、今年はタイトで直線的な味わいになりました。米作りにおける気候条件が違ったためです。今年の米は硬く割れやすかったので、発酵中に溶けすぎないようにうまくブレーキをかけたことで、より繊細な味わいのヴィンテージになりました」

昨年からの変化も踏まえ、大橋MWは「然土」の特徴を、以下の3つにまとめます。

  • 控えめで品のある芳香
  • 中盤のやわらかなふくらみ
  • 緻密で洗練されたテクスチャー

「ワインのバイヤーとして有名な、ロンドン在住のレイ・オコノーMWに『然土』をテイスティングしてもらったところ、ひと口で『確実にプレミアムなお酒だとわかる』と評価してくれました。『クリスタルでピュアな味わいで、幅広い消費者へアピールできる可能性を感じる』とのこと。何も情報を与えずに飲んでもらいましたが、世界的なソムリエは品質だけで高く評価してくれることがわかります」

市場に求められる「新しい味わい」と「新しい飲み方」

そのほか、宝酒造がこの1年で行ってきたクリエイティブな取り組みの事例として、2つの新商品が紹介されました。

松竹梅 昴 生貯蔵酒

松竹梅 昴 生貯蔵酒

ひとつは、パック酒としても販売されている「松竹梅 昴 生貯蔵酒」。独自開発の酵母により、吟醸酒ではないにもかかわらず、通常の吟醸酒の2倍の香気成分を実現したフルーティーなお酒です。

「大手の酒造会社が現代のニーズに合わせて造るフルーティーなパック酒は、一般的な日本酒の売上が減少するなか、この5年間で約2倍に成長しています。海外のコンテストでも受賞するほど評価されていて、価格が安く品質が高いからと、ソムリエが現地のレストランで取り扱うほどです。

『昴』は、宝酒造の高い技術によって分離された酵母により、香り成分の酢酸イソアミルが通常の日本酒より多く生産されています。特に評価したいのは米粉を思わせるきめ細かいテクスチャーです。このおかげで、香りだけが目立つのではなく、味わいと調和したお酒になっています」

松竹梅 瑞音(みずおと)

松竹梅 瑞音(みずおと)

もうひとつの新商品は、炭酸で割って飲むことを前提にした日本酒「松竹梅 瑞音(みずおと)」です。

「日本酒が飲まれない大きな理由は『アルコール度数が高いこと』と『ごくごく飲めないこと』です。ハイボールの普及によって日本のウイスキーの消費量が15年間で2倍に成長したように、日本酒の新しい飲み方を創出することを目指した商品が『瑞音』です。

日本人は日本酒をそのまま飲むことに固執していますが、海外ではカクテルにされることも多いんです。特に日本に来る観光客は、『カクテルを飲むなら海外のスピリッツではなく日本のお酒を使ったものが飲みたい』と思っています。

『瑞音』は炭酸水で割ることでトーンが上がり、和食や魚介類に合う日本酒ならではの味わいになるように造られています。近年、地方の酒蔵でも、日本酒ハイボールの市場をつくりたいと考えているところは多いので、宝酒造のような大手がこのような商品を開発したことは追い風になるでしょう」

大手酒蔵の品質とアクションを正当に評価する

セミナーの最後に、大橋MWは、宝酒造が日本酒産業を牽引するメーカーであるキーワードとして「サステナビリティ(持続可能性)」「クリエイティビティ(創造性)」「クオリティ(品質)」の3つを挙げました。

宝酒造の代表商品

「近年はインバウンド観光客が増えていますが、日本にとって、酒蔵の見学や日本酒の飲み比べ自体が観光資源になってきています。これを確立させていくためには、日本酒の多様性を広げながら洗練させていく必要がある。宝酒造のようなリーディングカンパニーの努力があったうえで、中小規模の酒蔵がお互いに高め合える地点までたどりつくことができれば、日本酒はワインに負けない産業になれるはずです」

酒蔵の大きさにかかわらず、公平に品質を見ること。サステナビリティという世界的な評価基準を理解すること。そして、「然土」のような新しい挑戦を支えること。

世界的なソムリエの視点を知る大橋MWの言葉は、売り手や飲み手が大手酒蔵への視点を変えることが、日本酒の未来を切り拓くことを教えてくれています。

(取材・文:Saki Kimura/編集:SAKETIMES)

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