地酒にこだわった専門店が続々とオープンしたり、日本酒のイベントが毎週のように開催されたり......近年、"日本酒ブーム"とも呼べるような潮流が生まれています。しかし、その盛り上がりは大都市圏に限られたもので、特定の銘柄のみが取り上げられているのも事実。日本酒の世界は、未だ広大なフロンティアを残していると言っても過言ではありません。

今回から始まる竹内酒造の連載・第1回では、地方の酒蔵が昨今の日本酒ブームをどのように捉えているのか、お伝えします。

話を伺うのは、滋賀県に蔵を構える竹内酒造の代表取締役・武石恭芳さん。後継者不在に陥っていた竹内家の先代から、4年前に会社を受け継ぎました。それまでは、酒販店や飲食店の経営をしていたのだそう。造り手とは異なる形で業界に携わってきた経験があるからこその、冷静な視座が感じられました。

竹内酒造の代表取締役・武石恭芳(たけいし・やすよし)社長

武石さんは今、地方酒蔵の当主としてどんな景色を見ているのでしょうか。

宿場町に栄えた「語らずの酒」

滋賀県湖南市。琵琶湖の南部に位置するこの町は、古くから「京の米櫃(こめびつ)」と呼ばれ、米作りに適した肥沃な土地でした。竹内酒造のある石部地区は、江戸時代に東海道の宿場町があった場所です。

「旅人に酒を提供しようと造り始めたのが、竹内酒造のスタートではないでしょうか。隣の宿場町にもいくつか酒蔵があります。お茶屋さんも多かったそうですよ」

石部の酒は、全国の酒を飲み比べた旅人の間でも評判だったそうですが、あまりの美味しさに、広く知られてしまうのが惜しいと思ったのでしょう。"語らずの酒"と呼ばれ、知る人ぞ知る銘酒として重宝されたようです。

武石さんが8代目となる竹内酒造は、昔から地元で愛されてきた「香の泉」と、数年前に全国向けのブランドとして発表した「唯々(ただただ)」を造っています。ふたつに共通するのは、食を引き立たせる"食中酒"という日本酒の在り方を大切にすることです。

数年前より全国向けのブランドとして出発した「唯々(ただただ)」

「単品で美味しい酒も良いのですが、あくまでメインは食事。日本酒は脇役としての仕事をしてくれたらいいんです。理想とするのは、香りや味の強すぎない、飲み疲れしない酒ですね」

モットーは「基本に忠実に、ブレずに良いものを造る」。奇をてらわずに本質を追求することは、長きにわたってこの地で歴史を刻んできた酒蔵としての矜持でもあると、武石さんは話します。

かたちの見えない"日本酒ブーム"

昨今の日本酒ブームについて、武石さんはどんな思いをもっているのでしょうか。

「ブームが来ていることは感じています。2020年のオリンピックに向けて、日本古来のものづくりが見直されてきているなかで、日本らしさをPRできるものが必要だったのかもしれません。日本酒主体で始まったブームというよりは、政治的な背景のほうが強いのではないでしょうか」

さらに、飲み手の減少が逆説的に加担したのではないかと語る武石さん。清酒の消費量は1973年をピークに下降していますが、顕著なのは地方での消費量が減少していることです。その背景にあるのは、飲み手の高齢化と人口の減少。地元の市場が狭まるなかで蔵を維持していくためには、より消費者の多い都市圏での販路を確立しなければなりませんでした。

「都会の専門店は、どこでも買える酒を扱ってはくれません。そこで、特別な価値を付けた、地元銘柄とは異なる県外向けの商品を売るスタイルが確立されていったのだと思います。ワインにはない、日本酒独特の文化ですよね」

竹内酒造内部の様子

地元に注力していた酒蔵が販売先をシフトしていった結果、都市圏の消費者に向けて造られた酒が、都市圏で局地的に巻き起こしたのが現在の日本酒ブームであると、武石さんは話します。

「地元にいると、日本酒ブームの実感は正直ないですね」

地道に酒造りをしてきた地方の酒蔵は、悲観的になるしかないのでしょうか。武石さんは「都会に届かない酒もいっぱいある。それがひとつの価値になるのでは」と、地方だからこその付加価値があると考えているようです。

飲み手を惑わす"スペック"

「今の流行を見ていると、情報を先に入れて、頭で飲んでいる人が多いと思います。海外の展示会に行くと『銘柄』『特定名称』『日本酒度』のような、国内で一般的に語られるような情報で評価されることはありません。自分にとって美味しいか、店に置いてみたいか、それだけなんです」

酒を評価する上で基準としてしまいがちな、いわゆる"スペック"。それは飲み手の理解を深めるひとつの手段になる一方で、価値を狭めてしまうこともあると武石さんは指摘します。

竹内酒造の内部

「米の出来や気候が毎年変化するのに『この酒は日本酒度が+5でアルコールは16度』という情報が出てしまうと、それに合わせる必要が出てきてしまいます。本来であれば、数値に関係なく、自分たちが美味しいと思ったものを出すべきですよね」

ブームの先を見据えて

日本酒の文化が発展していくために、飲み手ができることはなんでしょうか。武石さんは「もっと冒険してほしい」と語ります。

「ひとつの銘柄で、その蔵が評価されてしまうのはさみしいですね。たとえば、普通酒。蔵元さんに自分の酒で好きなものを尋ねると、上撰(普通酒)と答える人が多いのではないでしょうか。大吟醸酒ばかりでは疲れてしまいますし、どれだけ流行の酒を手がけていても、昔から飲み継がれてきたものに戻っていくんでしょうね。そういう意味で、好きな酒の地元銘柄や普通酒を飲んでみると、さらに多面的な個性を感じてもらえるのかなと思います」

日本酒の入り口に立った人が、そのおもしろさを知っていくなかで手に取ってもらえる酒。竹内酒造の酒もそんな"2歩目, 3歩目の日本酒"として選ばれる存在でありたいと、武石さんは力を込めます。

「先入観なく飲んでもらう機会がやってきた時に、きちんと選ばれる酒になれるかどうかが重要です。特に『唯々』は初めて日本酒を飲む人よりも、ある程度飲んだ人に選んでもらえるもの、腰を据えたくなるような酒を目指して造っています」

「唯々」という名前の由来は、"ただただ"美味しく味わってほしいという思いにあるのだそう。難しい理屈や専門的な知識を取り払って、酒と向き合ってほしいという願いが込められています。裏を返せば、何もまとわずに勝負できる、揺るぎない酒を目指しているのです。

「日本酒ブームのなかで名前が挙がるようになった酒はすでに安定感を確立していると思います。その先に、地方のまだ飲んだことのない酒や酒蔵に光が当たる時代がきっとやって来る。その時のために、"ただただ"美味しい酒を造り続けていくだけですね」

数年前より全国向けのブランドとして出発した「唯々(ただただ)」

「どうすれば手に取ってもらえるか」は、すべての酒蔵にとっての課題。それぞれが考え抜いた方法を、造りで表現する蔵もあれば、売り方で実践する蔵など、さまざまな努力が日々展開されています。

竹内酒造が大切にしているのは、日本酒の本質を消費者に伝えること。その姿勢は、瞬間的な体験を求める現在の日本酒業界への強いカウンターともいえるでしょう。

"ただただ"飲みたくなる酒であるために、竹内酒造の挑戦は続いていきます。

(取材・文/渡部あきこ)

sponsored by 竹内酒造株式会社

この記事を読んだ人はこちらの記事も読んでいます