山形県酒田市で天保3年(1832年)から酒造りを営む楯の川酒造。平成22BY(醸造年度)から、醸造する全量を純米大吟醸酒に切り替えたのを皮切りに、新たな試みを続けてきました。
精米歩合1%で1本10万円を超える「純米大吟醸 光明(こうみょう)」の発売、世界的ロックバンド「Phoenix(フェニックス)」とのコラボ、酒蔵としては珍しいマーケターの採用など、個性の光る動きを見せてきたなかで、楯の川酒造は新たに2つの取り組みを進めています。
ひとつは、原料米の出羽燦々と美山錦を「全量特別栽培米(減農薬・減化学肥料)」へシフトしたこと。もうひとつは、希少米「亀の尾」の親品種で、山形県庄内地方の在来種である「惣兵衛早生(そうべえわせ)」という酒米を復活させたことです。
楯の川酒造の独自性をさらに高める「米」への取り組み。その"米改革"のねらいを、6代目蔵元・佐藤淳平社長に伺いました。
安心・安全を追求した原料米
現在、25名の契約農家と米造りをする楯の川酒造。現代の日本酒産業において、「契約農家」という存在は決して珍しいものではありませんが、佐藤社長は「契約農家との米作りでは品種が注目される一方、栽培方法にはスポットライトが当たっていない」と感じていたのだそう。
一方、海外へ目を向けてみると、米に限らず農産物や食品はその栽培方法に関心が向けられる場面が多く見られます。
「全量特別栽培米に取り組んだのは、高品質なお酒を目指すのと同じくらいの気持ちで、より安全で安心できる原料米を追求したいと考えたことがきっかけです。今シーズンの出羽燦々や美山錦の契約栽培は、すべて減農薬・減化学肥料の特別栽培米です」
しかし、品質と同時に安心・安全を追求することは容易ではありません。「特別栽培米への切り替えを検討し始めた3年前までは、価格面などを考慮して乗り気ではなかった」と、佐藤社長は振り返ります。
そんななか、出羽燦々の有機栽培に取り組んでいた農家との交流を通じて、考えが変わったといいます。
一般的に取り組まれている慣行栽培は米の収量やタンパク質の含有量に農家ごとの差が出やすいという課題があったため、「全量を特別栽培米に切り替えたほうが良い」とアドバイスを受けたのです。
現在、楯の川酒造が契約している水田は70ヘクタール規模。収穫された米の全量を買い取る契約にしている以上、慣行栽培により収量が上振れてしまうと、多くの余剰分が出る懸念もあります。そのため、特別栽培米へ切り替えるともに、収穫上限も設けることで、品質と収量の安定を図りました。
その後、長期的な方針を打ち出し、慣行栽培を続ける農家との契約を終了するなど、実現のために準備を続けます。全量を切り替えるまでには、3年間を要しました。
特別栽培米は手間賃や収量の少なさから、1俵あたりの価格も高くなります。原料米の代金が上がれば商品にも影響が出てきますが、佐藤社長は決断しました。
「優れた酒米を長期的に仕入れるため、農家さんへの対価として適正な金額を支払おうと決めました。原料の価格をお酒の価格に乗せられるよう、さらに高品質な酒造りに挑戦していくつもりです」
庄内の在来種で表現する「らしさ」
もうひとつの"米改革"は、酒米の復活です。その品種は、希少米「亀の尾」の親にあたり、山形県庄内地方の在来種である「惣兵衛早生」。別名「冷立稲(ひえだちいね)」と呼ばれ、冷たい山水や雪解け水にも負けない低温に強い稲だったことからその名がつきました。
佐藤社長が「惣兵衛早生」の復活に取り組んだのは、山形県庄内地方は米の品種改良が盛んだったことを伝える、ある資料を目にしたことから始まります。
「鶴岡市にある農業試験場の方からいただいた資料に、個々の農家が品種改良や新品種の開発をしていた記録がありました。酒米の名称はなく、なかには農家と思われる名前が付けられているものも。今ではありえない、これらの偉業を後世に伝えていく必要があると考えるようになったのです」
その記録には、亀の尾についての記載もあり、育成年は1893年と書かれていましたが、「惣兵衛早生」の欄は空白でした。在来種ゆえに、正確な年数がわからないのです。
「全量純米大吟醸酒に加え、蔵の個性を考えると、庄内で酒造りをしていることもひとつの特徴です。それをお酒に反映させるためには、庄内の在来種でお酒を造れば、『庄内らしさ』と『楯の川酒造らしさ』の両面を表現できるはず。そんなストーリーをもつお酒を造りたくなったのです」
そして2017年の秋、農業試験場に残っていた惣兵衛早生の種もみ1.9kgを譲り受け、契約農家に栽培を打診。2018年春にわずか0.5反の面積から田植えをはじめ、本栽培に向けての種子を確保します。
2019年春には1.2ヘクタールの惣兵衛早生を植えました。背丈が長く、栽培は難しさを伴いながらもなんとか米を収穫し、酒造りをスタートさせました。
今シーズンの酒造りでは、精米歩合50%で火入れした純米大吟醸酒を醸します。米の品種特性や感触を見たうえで、今後はより精米歩合の高いお酒にも取り組む予定です。
「おそらく固い米だと思うので、美山錦にも似た淡泊なお酒になると想定しています。うすっ辛くならないように、ボリュームを出すように仕立てていくつもりです」
2020年10月に発売を予定しているそのお酒は「Shield 惣兵衛早生」という新シリーズで、ラベルには盾のマークに佐藤家の家紋である源氏車をあしらいました。まさに、庄内地方に根ざしてきた酒米を、自らの家紋のもとに守り続けるという意思を感じさせます。
「おもしろい」のバトンを繋いでいく
お酒にストーリーを宿す狙いから始まった惣兵衛早生の復活でしたが、副次的な効果もありました。蔵人たちのモチベーションアップです。
「酒造りは淡々と同じ作業を続けることの多い仕事です。おもしろいことや新しいことに取り組んでいかないと、停滞しているような感覚がありました。それに、自分たちがおもしろいと思えることをやらないと、買っていただく方々にとってもおもしろくないのではないかと思うんです」
惣兵衛早生の復活に当たっては、楯の川酒造のスタッフも契約農家のもとを訪れ、田植えや稲刈りなどの手伝いをしたといいます。生育が難しい品種の復活を引き受けた契約農家の思いを引き継ぎ、"誰も飲んだことのない酒米"で日本酒を造る。その特別な思いが楯の川酒造の現場を活気づかせます。
「今回は惣兵衛早生にトライしましたが、将来的には他の品種も復活させていきたいと思っています」と、佐藤社長は語ってくれました。
守るために攻め続ける
楯の川酒造の"米改革"のポイントは、長期的な原料調達と個性的な商品開発という言葉にまとめられるでしょう。そこには「歴史」を継ぐ酒蔵ならではの観点が活きているように感じられます。
「正直に言えば、飲む人に理解してもらうのは難しいでしょう。正直、出羽燦々の50%と美山錦の50%で、全く同じ酵母なら、区別するのは蔵人でも難しい。それでも、日本酒業界は品種と精米歩合を推すことが当たり前でした。でも、今後は原料米が作られてきた経緯や栽培の履歴も大事になっていくと考えています」
日本酒の主原料が「米」だからこそ、特別栽培による安心・安全への取り組みや土地ごとに根ざすストーリーの訴求など、より踏み込んだ取り組みを続けていく。しかし、それらはまだ、国内では商品価値としてはあまり認められていません。
ただ、トレーサビリティなどの海外に端を発する観点が、世界の共通語となって「価値化」している流れに、確かに合わさっていくようにも感じられます。
「『楯野川といえばこういうキャラクターだよね』とだれもがわかる酒蔵になりたいと思っています。そして、たとえ僕がいなくても、ちゃんと独り立ちして自走するような蔵にもしていきたいですね」
"Shield"という新シリーズを見てもわかるように、土地や酒造りの歴史を「守る」ことを大事にしながらも、実は「攻め」の姿勢を崩さない。現状に満足することなく、楯の川酒造は常に前進を続けています。
(文/長谷川賢人)
sponsored by 楯の川酒造株式会社