創業300年を越える灘の酒造メーカー・沢の鶴株式会社に、新たな可能性をもたらしたお酒があります。その名も「SHUSHU(シュシュ)」。SAKETIMESでは、これまでの連載を通してSHUSHUを楽しむシチュエーション料理とのペアリングを紹介してきました。今回は、革新の立役者となったデザイナーから、誕生のストーリーを探ります。

印象的なボトルデザインと手軽さで若者から反響

あらためて、SHUSHUがどんなお酒なのか紹介しましょう。

沢の鶴「SHUSHU」

2017年3月に発売を開始したSHUSHU。180mlの小容量、アルコール度数はワインより低めの10.5度と、ふだん日本酒を飲まない人でも気軽に手に取りやすく、親しみやすい純米酒です。麹を通常の2倍以上使うことで、低アルコールでもふくらみのある旨味やほのかな酸味が感じられ、日本酒通も満足させる味わいになっています。

そして、何より最初に目にとまるのは、そのボトルデザイン。赤・黒・白を基調としたモダンでカジュアルなデザインは、鶴をモチーフにしています。スタイリッシュな細身のボトルに、どこか愛嬌のある鶴のキャラクター、沢の鶴のコーポレートロゴのひとつである「※」のマーク……沢の鶴らしさを随所にちりばめながら、思わず手に取りたくなるような、インパクトのあるデザインになっています。

「SHUSHU」は花見、お祭り、クリスマス……季節ごとのイベントをモチーフにした限定デザインボトルも展開

お花見、夏祭り、ハロウィン、クリスマス……季節ごとのイベントをモチーフにした限定デザインも展開。桜の花びらが米の形をしているなど、隠れた工夫が随所にみられます

デザイン、小容量、低アルコールといったさまざまな要素が消費者にも受け入れられ、発売以来、20~30代の若い飲み手を中心に「ラベルがかわいい」「飲みやすい」と好評を博しています。

低アルコールの純米酒を課題解決のきっかけに

SHUSHUのボトルデザインをはじめ、店頭やイベント会場などに設置するポスターやPOPなどの販促物、PR動画など、すべてのデザインとディレクションを手掛けているのが、デザインスタジオ「合同会社シーラカンス食堂」代表でデザイナーの小林新也さんです。

「合同会社シーラカンス食堂」の代表&デザイナー小林新也さん

「合同会社シーラカンス食堂」代表でデザイナーの小林新也さん

小林さんは、兵庫県小野市にあるシーラカンス食堂と、オランダ・アムステルダムにある「MUJUN」を拠点として活動。日本の伝統文化・技術の魅力を世界に発信し、産業衰退や後継者不足といった課題をデザインによって解決すべく、ブランディングや商品開発など多岐に渡って手掛けています。

「祖父も父も日本酒が好きで、僕も日ごろからよく飲んでいました」と話す小林さんですが、もともと沢の鶴と関わりがあったわけではありませんでした。神戸市から招待されたとあるイベントで講演をした際、客席にいた沢の鶴のマーケティング担当者が感銘を受け、小林さんとコンタクトを取ったといいます。

「当時のことはよく覚えています。上司が『すごく良い人がいるんだ』とずっと言っていましたから」と話すのは、沢の鶴マーケティング室次長の宮﨑紘二さん。小林さんの講演を聞いていたのは、宮﨑さんの当時の上司でした。SHUSHU誕生のストーリーは、このときから始まったのです。

沢の鶴株式会社マーケティング室次長の宮﨑紘二さん

沢の鶴株式会社マーケティング室次長の宮﨑紘二さん(右)

当時の宮﨑さんたちが抱いていたのは「良いお酒を造っている自信はあるのに、それをどう世の中に伝えていけばいいのかわからない」というジレンマでした。従来の方法ではなく、新しい売り方をしていかなければいけない。そう考えていたとき、思い切って連絡を取った相手が小林さんでした。後日3人で顔を合わせる時間を設け、沢の鶴の抱える課題を共有したといいます。

シーラカンス食堂・小林さん(以下、小林)「僕も若者の日本酒離れというのは実感していました。最初に話をうかがったとき、沢の鶴さんの『"日常酒としての純米酒"に力を入れている』、さらに『次世代に伝えていきたい』というところにビビッとくるものがあって。商品を開発する上でのコンセプトは、かなり早い段階で共有できていたと思います」

伝統工芸品のデザインやブランディングを手がける小林さん。沢の鶴が抱えていた課題は、それらと共通するものが多いと話します

さらに後日、「アルコール度数10.5度のお酒を造っているんです」と沢の鶴から小林さんへ具体的な商品を相談。それが、当時はまだ名前もなかったSHUSHUの原型でした。

沢の鶴・宮﨑さん(以下、宮﨑)「ただ単に水で薄めてアルコール濃度を下げるのは簡単ですが、それでは美味しいものはできません。純米酒を大事にする沢の鶴としては、アルコール度数を抑えながらも純米酒の美味しさをそのままにという思いで製法を考え、10.5度のお酒を新たに造っていたんです。でも、それを通常の一升瓶やパックに入れても、ターゲットとする次世代の消費者には飲んでもらえない。そこで、小林さんに相談したんです。『このお酒は将来への可能性がある。なんとか次世代に向けての課題解決のきっかけにしたい』とお伝えしました」

最初は実現しなかった"ボトルのまま飲む日本酒"というイメージ訴求

こうして新しいお酒のディレクションに本格的に取り組むことになった小林さん。次世代の飲み手をメインターゲットにしているため、"いかにも日本酒!"というビジュアルではなく、カジュアルさや手軽さを表現しようと考えます。

小林「まずはシーンを開拓しなければいけないと思いました。たとえば、日本酒を知らない人からすれば、日本酒って『酒器が必要』『形式を覚えないといけない』『燗酒って何だ?』というような、どうしても知識が必要というイメージがあるので、それを取っ払おうと。するとイメージはどんどん広がっていきます。居酒屋じゃなくても、イングリッシュパブみたいなところでもいいじゃん。フェスとかクラブで踊りながら飲んでもいいんじゃない?とかですね」

「SHUSHU」はボトルのまま飲む新しいスタイルを提案

そこで浮かんできたのは、"ボトルのまま飲む"というスタイル。グラスに注がずボトルからそのまま飲むという、今までの日本酒シーンではあまり見られなかった飲み方も、若者がカジュアルに楽しむ場なら違和感がありません。さらに、日本酒を扱ったことがない飲食店で導入する場合も、ボトルのままで楽しめるお酒なら酒器を揃えるというハードルがなくなります。

小林「"ボトルのまま飲める"ということが、すべてのハードルを下げられる。宮﨑さんたちにも共感してもらって、これで進めていこう!ということになりました。ところが、宮﨑さんから社内にその提案を伝えてもらったところ、『一気飲みを助長させている』というネガティブな捉え方に発展する可能性があると、メーカーとしての懸念が沸き上がったんです。僕と宮﨑さんたちの間で盛り上がっていたアイデアは、一旦落ち着かせることにしました」

こだわりのデザインが完成!みんながSHUSHUの応援団

ボトルのまま飲むスタイルを直接的には見せられないものの、そのアイデアを捨てることはしなかった小林さん。ボトルの傾きを表現したデザインで、最初のSHUSHUのイメージビジュアルが完成しました。「カジュアルに振り切らないよう、洗練された雰囲気になるよう気をつけた」と小林さんは語ります。

SHUSHU販売開始時の訴求ビジュアル。ボトルの傾きを描き"ボトルで飲むスタイル"を暗に表現

こだわったのは、赤・黒・白の3色だけで構成したカラーリング。日本酒業界で鶴のモチーフや名前を使っている例は多いものの、鶴のビジュアルをアート的に活かしたものはあまりないことに気づいた小林さんは「思いっきり"鶴カラー"にしよう」と、この3色を選びます。さらに若い消費者が興味をもちやすい、そして営業ツールにも落とし込みやすいという考えから、ボトルに鶴のキャラクターを描きました。商品名は悩んだ末、シンプルに「酒酒」をローマ字にした「SHUSHU」に決定。ニックネームのようで呼びやすく、鶴のキャラクターの名前だとしても違和感がない点が決め手になりました。

さらに小林さんがこだわったのは、沢の鶴がロゴとして使用している「※」のマークです。米屋に端を発する沢の鶴は、米のマーク「※」をホームページや菰樽、商品などに使用しています。

キャップやラベルに描かれた「※」マーク。キャッチーで良いアクセントになっている

キャップやラベルに描かれた「※」マーク。キャッチーで良いアクセントになっています

小林「『※』ってみんなが知っている記号だし、グラフィック的におもしろくて、時代にも左右されない。せっかくSHUSHUがデビューするんだったら『※』を使ってみようと思いました。沢の鶴さんがふだん使われている『※』のマークはちょっと強めの印象なので、もう少し柔らかくて親しみやすいデザインにしています。SHUSHUは若者への開拓という任務だけじゃなくて、これに関わる社内の方々の意識が変わるきっかけになってほしいと思ったので」

宮﨑「あまり尖ったデザインでは社内でも受け入れてもらえません。でもSHUSHUに関しては、奇をてらっていない3色でモダンなイメージだし、中身も本格的な純米酒。初めてデザインを見たときに『小林さんにお願いしてよかった!』と思いました」

説明する宮﨑さんと聞く小林さん

こうしてイメージが完成し、沢の鶴の役員や社長(現会長)からもGOサインが出ます。いよいよ販売の運びとなりましたが、小林さんの仕事はまだまだ終わりではありません。宮﨑さんたちと協力し、なんと全社員に対しSHUSHUのコンセプトを伝えていったのです。

宮﨑「小林さんはもともと『現場で働く人たちがただ言われた通りやるというやり方ではダメ。ちゃんとみんなに納得してもらい、思いを共有した上で取り組んでほしい』という考えをもっていました。そこで、小林さんを本社と東日本支社にお呼びして、営業担当や製造担当、さらには、内勤の事務職の人たちも含め、社員全員の前でSHUSHUについて話してもらったんです。小林さんの話を聞いて、みんながSHUSHUの応援団になってくれました」

小林「SHUSHUはビジュアルが強い商品なので、営業資料が簡単に作れるよう、資料に使える画像データを営業のみなさんにお渡ししました。すると営業の方からも『こういう営業ツールがほしい』という相談を受けるようになったので、そのたびに対応することを現在も続けています」

SHUSHUの販促ツールの一部。すべて“鶴カラー”で統一し、世界観を大切にしています

SHUSHUの販促ツールの一部。すべて"鶴カラー"で統一し、世界観を大切にしています

日本酒の常識が変わった瞬間。若者や海外から高反響

こうして、小林さんと沢の鶴が一丸となって取り組んだSHUSHUがついにデビューしました。小林さんの「今まで日本酒が接してこなかったようなところにいきましょう」という提案もあり、宮﨑さんたちは野外イベントやフェスなど、今まで沢の鶴が出展してこなかったジャンルの催しにも積極的に参加します。

野外イベントでSHUSHUを提供。Tシャツやうちわ、手ぬぐいなど、統一された"鶴カラー"の販促ツールがSHUSHUの世界観を伝えている

そこで目にしたのは、20代や30代の若い飲み手たちがどんどんSHUSHUを手に取り、何の説明をしなくても、ごく普通に手持ちのボトルを傾けて飲んでいる様子でした。開発当初思い描いていた通りのスタイルで楽しんでいる姿を見て、「方向性は間違ってなかったんだなと実感した」と宮﨑さんは語ります。

また、ふたりが「意外だった」と口を揃えるのは、海外からの反応。海外営業の担当者によると、今まで日本酒の取り扱いがなかった地域でも「SHUSHUを提供したい」と受け入れられることが多いというのです。国内の若い飲み手を開拓するつもりが、SHUSHUは予想外の広がりを見せていました。

手持ちで飲むスタイルが若者に受け入れられ、海外の反応も上々。この好機を逃さずに、小林さんは早々に新たなビジュアル制作を沢の鶴に提案します。消費者の好意的な反響が後押しとなり、SHUSHU第二弾のPRデザインでは手持ちスタイルを前面に押し出したビジュアルが採用されました。三色の鶴カラーは変わらず、海外モデルを起用し、第一弾よりさらに強いインパクトを与える仕上がりになっています。

ようやく「ボトルのまま飲む日本酒」のスタイルをきちんと提案できるスタートラインに立ったSHUSHU。今後の展開とともに、次世代の飲み手たちの次なるステップアップにも期待していると宮﨑さんは語ります。

宮﨑「"日本酒をカジュアルに飲む"って、言葉ではなかなか伝わらないけど、実際にボトルを傾けている様子を見ると本当にカジュアルに見えるんですよね。今後は、SHUSHUの手持ちスタイルをより世の中に知ってもらいたい。そのために次はどうしていくべきか、小林さんと話し合っている最中です。そしてSHUSHUを入り口として、主力商品である『米だけの酒』など、"SHUSHUと同じ沢の鶴の純米酒"という意識で他のお酒も気軽に飲んでもらえるとうれしいですね。さまざまなメーカーがあるなかで、"純米酒だったら沢の鶴は間違いないよね"と感じてもらえるようになればと思います」

SHUSHUはこれからの展開も期待されている

ひとりのデザイナーと老舗酒造メーカーの出会いから始まった、SHUSHUというイノベーション。新たな飲み手を開拓するための好スタートを切ったといえそうですが、小林さんは「まだ『こうした方がいいんじゃないか』と思うことはたくさんある」と、宮﨑さんは「お酒の味も良くしていきたい」と語り、ふたりの飽くなき熱意が伝わってきました。さらなるブラッシュアップも期待できるSHUSHU、今後の展開に注目です。

(取材・文/芳賀直美)

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