日本酒造りに欠かせない「酒米」の開発プロジェクトを進めている、日本酒メーカー・沢の鶴株式会社と機械メーカー・ヤンマー株式会社。これまでの連載で、発足までの経緯や現在の取り組み両社の経営層が語るプロジェクトの意義や展望、そして、第1弾商品「沢の鶴 X01」のデザインや酒質など、さまざまな角度からその全貌を明らかにしてきました。

今回は、酒米プロジェクトに関する連載の最終回。あらためて、"米"にクローズアップしていきます。研究・開発の現場や、酒米を栽培している農家を訪れ、「X01」の酒米がどのようにして誕生したのか、さらに、プロジェクトの次なる取り組みを探っていきます。

最先端のバイオテクノロジーが集結した研究施設

まず訪れたのは、岡山県倉敷市にあるヤンマーの研究拠点「バイオイノベーションセンター倉敷ラボ」(以下、倉敷ラボ)。バイオ関連技術の研究・開発および普及の拠点として、2016年8月に設立されました。

ヤンマー・バイオイノベーションセンター倉敷ラボ

ここでは、主に3つの取り組みを進めています。

  1. 遺伝・育種領域の研究
  2. 栽培・環境の見える化
  3. 微生物の有効活用

倉敷ラボ所長の小西充洋さんと、プロジェクトの研究開発リーダーを務める和久田真司さんに、ラボを案内していただきました。

倉敷ラボ所長の小西充洋さん(右)と、研究開発リーダーの和久田真司さん(左)

見学したのは、酒米プロジェクトに関連する「土壌分析」と「試験精米」の2つです。

土壌分析

酒米をはじめとする作物の生育環境を詳細に分析します。全国の田畑で採取した土を分析機にかけ、含まれている成分の割合を数値化し、そのデータを生産者にフィードバック。どんな作物を育てるのに適しているか、どの栄養が不足しているかを示し、土壌改善の提案につなげています。

分析する対象は、1年間で約1000件程度。一通りの分析におよそ1週間をかけて、pHや各種栄養素の数値を細かく算出していきます。

試験精米

酒米プロジェクトでは、農家が育てた米を収穫し、倉敷ラボ内で精米を行いました。酒造りに適した状態まで磨いたら、沢の鶴へ。少量仕込みの乾蔵(いぬいぐら)で、試験的に醸造しました。

右が「X01」に使われた50%精米の酒米、左は玄米、中央は70%精米のもの

2016年春からの試験栽培では、十数種類の米を栽培しました。それぞれ、わずか10平方メートルというごく小さい規模での栽培だったため、収穫量は各5キロ程度。どんなに少量の仕込みでも数百キロという単位の米を使うことがほとんどですが、沢の鶴は5キロという少量での試験醸造に取り組みました。

和久田さんは、農家や沢の鶴と定期的に連絡を取り合い、田んぼ・沢の鶴・倉敷ラボを行き来しているのだそう。米の生育具合をチェックしたり、酒造りの様子を見学したり......農家と酒蔵、それぞれの視点を学びながら、酒米プロジェクトを進めているのです。

酒米づくりを、農業と地元への活力に

今回の酒米プロジェクトにおいて、沢の鶴とヤンマーに続く"第三の主役"こそ、酒米を栽培する農家の方々です。「新しい酒米をつくる」という革新的な取り組みは、米づくりを代々の生業としてきた人々の目に、どのように映っているのでしょうか。試験栽培に協力している、滋賀県の農家を訪ねました。

日本最大の湖・琵琶湖からすぐの滋賀県高島市安曇川(あどがわ)町。この地で「X01」の酒米を栽培したのが、西坂農機株式会社で代表を務める西坂良一さんです。ふだんは農機具の販売やレンタル、離農により耕し手のいない農地での農業を行なっており、本プロジェクトでは試験栽培を任されています。昭和4年の創業から、ヤンマーの農機を販売し続けてきた西坂さんにとって、ヤンマーはとても身近な存在。倉敷ラボの和久田さんとも、プロジェクトを通して密に連絡を取り合い、関係を築いてきました。

倉敷ラボが、協力先として西坂農機を選んだ理由は、複数の品種を少しずつ育てるという特殊な試験栽培について、深い理解を示してくれた点にあるのだそう。ひとつの田んぼを0.5反(500平方メートル)ずつ区切るだけでなく、品種同士が混ざり合わないように、コンバインなどの農機を使ったら、その都度分解して清掃するなど、手間のかかる作業にも対応してきました。西坂さんが協力的である背景には、「農業と地元の活力になりたい」という思いがあったのだとか。

「これまでも『この地域の米と水で酒造りをしたい』という地元の酒蔵からの要望で、酒米の栽培に協力してきた実績があります。酒米は、収穫の1年後に必ずお酒になるので、『自分の米がこんなお酒になるんだ』という喜びに直結します。それが、農家や地域の活性化になればいいなと考えていました。そんなときに酒米プロジェクトの話を聞いて、小さい規模ながら応援・協力したいと思ったんです」(西坂さん)

本プロジェクトで栽培された酒米

ヤンマーからの要請を受けた西坂さんは、まず、条件に近い田んぼを用意。すでに試験栽培・醸造を行っていた数十種類のなかから、酒米に向いていると判断した数種類を作付けし、専門家である名古屋大学の北野英己教授に指導を受けながら、評価を進めていきました。

出来上がった米を乾燥し、もみ殻を取って、変色のある米をはじいた後、特に粒が大きく酒米に向いているもののみを倉敷ラボに輸送します。ここまでを西坂農機が一手に担いました。

命を支える"食"に携わる喜び

「やってみないとわからない、冒険に近い取り組みだったので、かなり注意深く作業を進めました。ふつうの『主食用米』よりも倍ぐらいの手間をかけたと思います」

西坂さんの言う「主食用米」とは、食べるために育てられた米のこと。日本で栽培されている米は、主食用米のほかに、家畜のエサとなる「飼料用米」、酒や味噌の原料となる「加工用米」などに分類されています。近年、主食用米の消費量は減少し続けているため、国は飼料用米の推進に取り組んでいます。この政策に対し、米の栽培に長年携わってきた西坂さんは、複雑な思いを抱いているといいます。

「自分たちの米が何に使われるのかわかっていれば、作り手も一生懸命仕事ができます。やはり、人の口に入るものと思えば、熱の入れ方も違う。お酒に使われるとなれば、良いお酒になるよう努力しようという気持ちになるんですよね」

酒米プロジェクトで栽培した酒米を刈り取る西坂さん

西坂さんは、滋賀県産米「夢みらい」を使った乾麺を製造・販売するなど、米離れの時代に合わせた新しいアプローチを試みています。そのなかでも「酒米がお酒になることは、我々にとっては、特に身近に感じます」とのこと。

「お酒を飲むと、ストレス解消になったり、気分が良くなったり、いろんな人とコミュニケーションが取れたり......良い要素がたくさんありますよね。できあがった『X01』は、後口がスッとして爽やかな味わいです。自分で手をかけたこともあって、他のお酒とは違うなと感じました」

手間暇をかけて育てた米がお酒になり、そのお酒が楽しい時間や幸せな気持ちを生む。その感動を次の世代に伝えていくことが、農業の衰退を防ぐひとつのきっかけになるのかもしれないと、西坂さんは考えています。

「命を支える"食"に携わる人たちが減っていくのは深刻な問題です。その人たちをどうやって支えていくのか、製造業や小売業も含めて、農業に関わるすべての産業で考えていかなければいけない。みんなで支えていかなければ、次の後継者は生まれません。酒米づくりの経験が励みになって『また来年もがんばろう』『酒米をつくってみたい』と思う若い人が増えていくことに期待したいですね」

酒米プロジェクトは次のステップへ

農業の明るい未来を期待させる「X01」がリリースされましたが、酒米プロジェクトのゴールはまだ先にあります。

新しい商品のために、2年間の試験で最も評価の高い1品種に絞って、作付面積を拡大させ、2018年秋の収穫量を増やそうという計画です。限定本数4000本がすぐに完売してしまった「X01」に比べて、製造量を増やす計画だとか。

「今後は選ばれた品種をより品質の良い原料として供給していくことが大切です。1年後には、新しい酒米を安定して栽培する方法を確立することが目標です」(和久田さん)

「その次は、品種登録に向けて動き出そうと考えています。2020年の登録を目指していますが、そのためには、安定した品質を保てることが重要。世代を重ねてさらに血統を濃くし、安定性を高めていく過程が必要になります。ヤンマーからも生産者の方々に継続した支援を行ない、安定した酒米の供給ができるようになれば、沢の鶴さんがおっしゃるような、"山田錦と双璧を成す酒米"をつくるのも夢ではないと思います」(小西さん)

新たな酒米が誕生すれば、ヤンマーの掲げる「産地から食卓までトータルでサポートする」という取り組みにおける成功事例になるかもしれません。「そのときは、沢の鶴さんと美味しい祝杯が上げられると思います」と、ふたりは期待に胸を膨らませていました。

未来を切り拓く挑戦は続く

栽培・醸造・品種登録など、酒米の誕生までには少なくとも4,5年の時間がかかるといわれています。このプロジェクトはまだ道半ばですが、確実に歩みを進めています。農業の未来を担う、山田錦と双璧をなす新しい酒米を誕生させ、農家が「農業をやっていて良かった」「次の世代に安心して任せられる」と考えることができるように、彼らはこれからも奮闘していきます。

「今までにない新しい酒米をつくり、日本酒や農業の未来を切り拓く」という、既成概念を大きく変え、農業に、そして日本酒の未来に新しい可能性を与える酒米プロジェクト。今後、どんな発展を遂げていくのか、期待せずにはいられません。

(取材・文/芳賀直美)

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