パック酒の「米だけの酒」を筆頭に、スーパーやコンビニなどで目にする機会の多い、灘の酒造メーカー・沢の鶴の日本酒。その多くは、連載第4回で紹介した広大な四季醸造蔵「瑞宝蔵(ずいほうぐら)」で造られ、全国のファンのもとに届けられています。

広く安定した供給を展開しながらも、一方では「生酛造り 純米大吟醸原酒 瑞兆(ずいちょう)」や「大吟醸 春秀(しゅんしゅう)」といった純米大吟醸酒や大吟醸酒のお酒も醸造。レギュラー商品と比べ小ロットとなり、その仕込みは主に「西蔵(にしぐら)」と「乾蔵(いぬいぐら)」と呼ばれる蔵で、手作業で行われているといいます。

先日発表された平成29酒造年度全国新酒鑑評会では、なんと「乾蔵」が9年連続、「瑞宝蔵」が3年連続でそれぞれ金賞を受賞。純米規格の受賞が難しいともいわれる同鑑評会において、「瑞宝蔵」は純米大吟醸酒での連続受賞です。米にこだわる沢の鶴の高い品質を決定づけるような、輝かしい結果となりました。

私たちは今年の初め、まさに全国新酒鑑評会へ出品するお酒を仕込んでいる時期に蔵を訪問していました。大量生産が可能な設備を持ちながら、沢の鶴がていねいな少量仕込みの酒造りを続けるのはなぜなのでしょうか。底冷えする寒さの中、西蔵と乾蔵で、懸命な酒造りに励む様子を取材しました。

100キロ単位の少量仕込みに取り組む、西蔵・乾蔵

西蔵での醸造が始まったのは昭和37年のこと。昭和46年に完成した瑞宝蔵よりも先に建てられ、昭和後期の沢の鶴を支えてきました。ところが、平成7年1月に起こった阪神淡路大震災により、醸造設備や製造ラインが甚大な被害を受けてしまいます。乾蔵は、損壊を被った醸造設備を補完するとともに、大吟醸酒の仕込み専用蔵として、同年12月に建てられました。

平成7年12月に建てられた乾蔵

朝早くから作業を始めている仕込みの現場へ足を運ぶと、杜氏代行・牧野秀樹さんが蔵を案内してくれました。

沢の鶴の杜氏代行・牧野秀樹さん

牧野さんによると、酒造りの工程自体は、少量の仕込みも大量の仕込みも変わらないのだそう。異なる点といえば、西蔵・乾蔵ではひとつひとつの工程を手作業で進めていくこと。さらに、1日最大で13~15トンもの米を処理する瑞宝蔵に対して、西蔵・乾蔵では100キロ単位の少量で仕込んでいるという点です。

現場で大事にするのは、"手のひらから伝わる感覚"

牧野さんに蔵を案内してもらいながら、社員のみなさんが黙々と、時に和気あいあいと酒造りに取り組む現場を見学しました。

洗米〜浸漬

この日に洗っていたのは、33%まで磨いた米。精米した米は水を吸うと割れやすくなるため、水流を利用しながら、糠などを洗い落としていきます。その後、5℃に設定した冷水に米を浸漬させます。吟醸酒にとって、浸漬は要となる工程。水分量が多くても少なくても良くないので、適切な吸水を行なえているか、秒単位で管理します。ここまでは、翌日の仕込みに備えて、前日のうちに準備をしておく工程です。

凍えるように冷たい水に手を浸しながら、米の吸水具合をチェック

蒸米~放冷

前日に浸漬、水切りしておいた米を、朝一番で蒸米機にかけます。

蒸し上がった米を平らに広げて、粗熱を飛ばす放冷の工程。蒸したばかりの米はかなりの熱さですが、こちらも人の手で行なわれています。牧野さんは「酒造りに携わる人たちには、蒸米の温度、状態、触感のすべてを覚えてもらわないといけないので」と、手作業の理由を語ってくれました。

均等に熱が逃げるように、かつ、強く押して米を練ってしまわないように、絶妙な力加減で作業をしていきます。熱すぎても冷めすぎても、最終的な出来に影響を与えてしまうため、熟練の社員たちが手のひらから伝わる温度を頼りに、ベストなタイミングを見計らって、下の階にある麹室へ運びます。

麹造り

室温が36~37℃に設定された麹室に、放冷した蒸米を広げます。他の工程では、各担当者に数人を加えて作業をすることが多いですが、麹造りは現場にいる全員で行なうのだとか。作業はとてもスピーディーで、みなさんの表情は真剣そのもの。麹菌の種付けを行ない、2日間培養させることで麹が完成します。

仕込み

こうしてできた麹や蒸米に灘の宮水を合わせて、発酵を進めていきます。驚いたのは、発酵タンクの大きさ。繊細な温度管理が必要になる純米大吟醸酒の場合は、300リットル台の小さなタンクのほうが扱いやすいのだそう。

牧野さんの胸元ほどの高さしかない、少量仕込み用のタンク

醸造社員たちが語る手作業の酒造りへのこだわり

機械の利用を最低限に抑え、ていねいな手作業にこだわった少量仕込みのお酒。その魅力を、森脇さんをはじめ、社員のみなさんに伺いました。

森脇政博さん

「いま仕込んでいるのは大吟醸酒ですが、沢の鶴では"味吟醸"のお酒を目指しています」(森脇さん)

一般的に、香りに焦点を当てた吟醸酒が多いなか、沢の鶴が目指しているのは、香りよりも味わいのほうが際立つ"味吟醸"のお酒。苦味の原因にもなってしまうカプロン酸エチルの量を抑えたり、グルコース(ブドウ糖)の量を減らし過ぎないように麹造りを管理したり......苦味が出ないように工夫しているそうです。

「お酒そのものを単体で飲んでも美味しいですが、日常生活のなかでは、料理と合わせるのがメインになりますよね。お酒の香りが強いと料理との相性が悪くなってしまったり、苦味があると味のバランスが崩れたりするので、沢の鶴らしく、料理と合わせて美味しい"味吟醸"を目指しています」(森脇さん)

理想の"味吟醸"を造るのは簡単ではありません。矢吹さんは、「機械が中心の大量仕込みでは、吟醸酒のための麹は造れない」と、麹造りの大変さを語ります。

矢吹道行さん

「吟醸酒の麹は完全に手作業で造られます。時間を細かく見ながら手間暇かけてやらないと、良いお酒はできません。寒い季節に5℃の水を扱うのもしんどいですが、泊まり込みでの麹造りには忍耐力や持久力が必要なので、こちらもたいへんですね」(矢吹さん)

また、「少量仕込みでの酒造りは、大量仕込みにも活かされる」と話すのは、水瀬さん。

水瀬祐壱さん

「大吟醸酒は冬の期間にしか造られませんが、少量仕込みの考え方が、瑞宝蔵で造るレギュラー商品にもつながると考えています。機械で造っているから品質が落ちていいというわけではありません。少量仕込みでも大量仕込みでも、米の味をしっかりと活かした質の高いお酒を造っていかなければいけない。そういう気持ちを大事にしていきたいですね」(水瀬さん)

森脇さんも「米や水を直接触ることによって、最適な状態の感触がわかるようになる。五感を使った酒造りができるようになれば、きっとそれは大量仕込みでも活かされるはず」と話しています。手作業にこだわる少量仕込みは、精神面・技術面の両方で、沢の鶴の酒造りに良い影響を与えていることがうかがえました。

未来を担う若手への期待

肉体労働に加え、繊細な感覚が必要になる日本酒造り。作業にあたる総勢11人のなかでは、経験値の高いベテラン社員の姿が目立ちますが、10代の若い社員も活躍中です。最年少18歳の金井さんは灘の出身。この仕事を地域貢献と捉えて、昨年度、沢の鶴に入社しました。

2017年に入社した金井亮磨さん

「今はついていくのに必死ですが、とにかくやるしかないという気持ちです。特別なことではなく、普通のことを当たり前にできるようになりたいですね。まだお酒を飲めない年齢なので、その美味しさはわからないんですが(笑)、20歳になったら、両親といっしょに自分が造りに携わったお酒を飲みたいと思っています」(金井さん)

金井さんのような若い造り手が成長していくのは、日本酒業界としても頼もしいかぎり。牧野さんも、彼等の仕事ぶりに「これからの醸造を担う若者です」と、大きな期待を寄せていました。

「たとえば、酒造りで使用した道具や布類は、冷水で洗った後にぬるま湯でもう一度洗い、最後に熱湯でしっかり殺菌するという手間がかかります。品質を守るためには欠かせない作業です。若手が中心になって作業をしてくれるので、私たちはその間に『今日はどうやって進めようか』『米の温度をいくつに設定しようか』と計画を立てられる。彼らのおかげで、我々が仕事を進められるんです」(牧野さん)

「緊張感を持って作業するのはもちろん大事だけど、仲間との雰囲気も大事」(水瀬さん)という声が聞こえるなど、少量仕込みの現場は、時に真剣に、時に笑い声の上がる和やかな雰囲気でした。ていねいな手仕事はもちろん、こうした現場の空気も、美味しいお酒を造るために欠かせないもの。未来の醸造責任者の育成にもつながっています。

沢の鶴で造りを担当する11人の造り手。少量仕込みも、大量仕込みも、全てこの11名で仕込む

造りを担当する総勢11名の社員

取材当日、沢の鶴の本社がある神戸市の気温は10℃前後。時折冷たい雨が降り、東京都内では積雪が記録されたほど全国的に冷え込んだ一日でした。吹きさらしの屋外で5℃の水に手を浸したかと思えば、室温30℃以上の麹室に出入りするなど、ひとりひとりの身体への負担ははかり知れません。米や水の温度管理など細やかな配慮も必要になるため、手作業による少量仕込みは精神的なプレッシャーもあるはず。しかし、そこまでしなければ美味しいお酒は造れないと、当たり前のように仕事をする姿は、まさに"職人"そのものでした。

先輩から後輩へ、脈々と継承される沢の鶴の技術の高さは、乾蔵の"平成29酒造年度全国新酒鑑評会で、9年連続金賞受賞"という偉業からも見てとれます。高品質な日本酒の安定供給を可能にしているのは、大吟醸酒や純米大吟醸酒を造るときに"手のひら"を通して学ぶ、技術と精神。それらは、IWC(インターナショナル・ワイン・チャレンジ)2018でゴールドメダルを受賞した「春秀」や、「瑞兆」に代表されるハイスペックな商品のみならず、「米だけの酒」など日々の晩酌に寄り添うお酒にも、しっかりと息づいています。

(取材・文/芳賀直美)

sponsored by 沢の鶴株式会社

 

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