かつて、徳川家康を支えた酒井家の上屋敷があった東京都大手町に、2016年7月「星のや東京」がオープンしました。

世界的にも評価の高い「星野リゾート」が手がけるこの施設は、搭のように重なり合う造りの日本旅館。江戸小紋と呼ばれる着物に使われる「麻の葉崩し」という模様をモチーフにした格子で覆われ、独特かつシックな外観です。入り口付近には「星のや広場」があり、小舟のようなベンチと川の流れをイメージさせる舗装で、旅館に入る前から高級感が漂います。

そんな"和のおもてなし"を提供する「星のや東京」では、日本酒のサービスも最高級。今回は、大都会・東京の中心にある日本旅館で満喫できる、非日常な日本酒体験をお伝えします。

玄関が"非日常"の入り口

ヒノキが香る玄関で履物を脱ぐ

館内に入り、まず目に入るのが、壁一面に広がる竹で編まれた下駄箱。「星のや」は"現代を休む日"をコンセプトに掲げ、「星のや東京」では、玄関で靴を脱ぐことで日常から非日常へのスイッチを入れます。館内はエレベーターも含めてすべて畳で、常に裸足で過ごすことが可能です。

地下1階がダイニングレストラン、1階が玄関、2階がフロント、3~16階が客室、17階が温泉で、1フロアにつき客室は6室。ほかの宿泊者と顔を合わせることは少ない造りです。

星のや東京の部屋

部屋は2名用の「百合(ダブル)」と「桜(ツイン)」、3名用の「菊」という3タイプがあり、どちらも広々とした間取りで、ゆったりとくつろぐことができます。「麻の葉崩し」が光によって浮き上がる美しい部屋で過ごすほか、各フロアにある「お茶の間ラウンジ」と呼ばれる共有スペースで過ごす方も多いそう。

SAKEの間ラウンジ

客室が寝室であるのに対し、お茶の間ラウンジは居間という位置付け。読書をしたり、スタッフが丁寧に淹れたお茶や珈琲を楽しんだりと、好きな時間を過ごすことができる場所です。

さらに、チェックインからディナーまでの時間を心置きなく過ごしてほしいと、2階にあるロビーの一角で時間限定で開催されているのが「SAKEラウンジ」です。

SAKEラウンジは、「星のや東京」がオープンした翌年から始まったサービス。スタッフ同士でアイデアを出し、角打ちをイメージしたというSAKEラウンジについて、フロントマネージャーの駒井里美(こまいさとみ)さんにお話を伺いました。

「SAKEラウンジ」から広がる日本酒の輪

フロントマネージャー 駒井里美さん

フロントマネージャー・駒井里美さん

SAKEラウンジを始めた背景を「日本の伝統を知ってほしい、感じてほしいという思いがあります。日本酒を片手に、くつろいでもらえたらうれしいです」と話す駒井さん。

SAKEラウンジでは、春なら新酒、秋はひやおろしなど、季節ごとに日本酒3種類と国産ワイン1種類をそろえています。選ぶお酒は季節性も重要ですが、酒米や造り手のこだわりなどを基準にすることもあり、初心者から上級者まで満足できるラインナップです。

お酒のラインナップ

この日は、ふくよかでバランスの良い「貴」、マロラクティック発酵を取り入れた「山形正宗 まろら」、軽快でキレの良い「尾瀬の雪どけ」が並んでいました。

江戸太神楽

毎日、夕方に2回披露される江戸太神楽(えどだいかぐら)もSAKEラウンジの目玉です。400年の歴史を誇る日本の伝統曲芸が、夕食前のアペリティフとして日本酒をより美味しく味わうサポートをしてくれます。

宿泊者とスタッフの関わりを作る上でも、SAKEラウンジは重要な役割を担っているそう。「星のや東京」では、部屋の中だけで過ごすのではなく、全館を通して滞在の時間を楽しんでもらいたいという思いがあり、そこに日本酒が役立っていると駒井さんは話します。

「日本酒を通して、スタッフとの交流、さらにはお客様同士のコミュニケーションが生まれることもあります。また、スタッフとつながりを持っていただければ、滞在のさまざまなお手伝いをしやすくなりますね。

また、酒蔵の方の思いを伝えるのも、私たちの役割だと考えています。酒蔵の背景にあるストーリーを滞在中に知ってもらうことで、美味しいだけではなく、もっと深い思い出になってくれるのではないでしょうか」

星のや東京で提供される日本酒

さらに、「星のや東京」には、英語だけではなく中国語や韓国語、フランス語を話せるスタッフも在籍しています。さまざまな国から来日した観光客に向けて、日本酒を紹介することができるのです。

「日本酒は日本が誇れる文化のひとつ。SAKEラウンジを始めてから、あらためてそう感じました。日本の文化や伝統を世界に発信していきたいという思いがあるので、日本酒をきっかけに興味を広げてくれたらうれしいですね」(駒井さん)

「Nipponキュイジーヌ」と味わう、新感覚のペアリング

日本酒に注力する「星のや東京」。その提供の場はSAKEラウンジだけに留まりません。ディナーにおいても、独自のスタイルを追求した料理といっしょに日本酒を堪能することができます。

ダイニングで腕を振るうのは、世界最高峰のフレンチ料理コンクール「ボキューズ・ドール国際料理コンクール」にて、2013年に3位入賞を果たした実力を持つ料理長・浜田統之(はまだのりゆき)さん。以前は「軽井沢ホテルブレストンコート」にあるフレンチ「ユカワタン」の総料理長を務めていました。

輝かしい経歴を持つ浜田さんと、ソムリエの村瀬直人(むらせなおと)さんにお話を伺いました。

(写真 左 村瀬直人(むらせなおと)さん 右 浜田統之(はまだのりゆき)さん)

村瀬直人さん(左)と浜田統之さん(右)

「ユカワタン」の総料理長を務めていたこともあり、フレンチのイメージが強い浜田さんですが、鳥取にあるご実家は総菜屋。若いころは、調理の手伝い程度はするものの、フレンチの道へ進むという考えはなかったといいます。では、フレンチへの転身はいつからなのでしょうか。

「実家を出て、和歌山でイタリアンを数年やっていました。その後、同じ会社が経営する浦和のホテルで働くのを機に、関東へ移りました。そのとき、フレンチを食べ歩いて『フランス料理っておもしろいなぁ』と徐々に思い始めたんです」

インタビューに答える浜田さん

フレンチに魅せられ、ボキューズ・ドール国際料理コンクールでは日本人初となる3位、魚部門では1位に輝いた浜田さん。トントン拍子に進んでいると思いきや、実際には苦労の連続だったそう。

「実は、参加して最初のころはずっと落ちてばかりだったんです。どうしたらコンクールで優勝できるのか、まったくわかりませんでした。当時の悔しい思いが、料理を追求する原動力になっているのかもしれません」(浜田さん)

「軽井沢ホテルブレストンコート」で総料理長を務めた9年を経て、「星のや東京」の料理長になりました。2017年3月からは、「Nipponキュイジーヌ」と名付けた新しいスタイルでのディナーメニューを提供しています。

「『日本らしいものはなにか』と常に考えていました。東京はいろんなものに溢れているため、自分の中で制限を設けた方がより豊かな発想になるだろうと考え、日本の天然食材だけで料理を作ることにしたんです」(浜田さん)

海外から来た観光客の多くは、魚に興味を持ちます。そこで、魚に特化したメニューを開発し、アヴァンアミューズからメインに至るまでのほとんどすべてに海産物を使用したコースが完成しました。ボキューズ・ドール国際料理コンクールの魚部門で1位に輝いた浜田さんの本領発揮です。

コースメニュー

コースは、アヴァンアミューズを除いて全9種類。「溢」「石」「円」など、オリジナリティあふれる表記のメニューからは想像が膨らみ、期待が高まります。

さらに、2019年の秋から始まった日本酒ペアリングコースでは、料理に合わせる日本酒をソムリエの村瀬さんが1品ごとに厳選します。

「私も調理を担当するので、料理の第一印象で日本酒を選んでいます。魚を使った繊細な料理ということもあり、酸は重要視していますね。ただ、酸ばかりにとらわれず、料理に負けないようにペアリングの流れを組み立てました」と、村瀬さん。

「喜久酔 純米吟醸」 「新政 純米酒 秋桜 生酛」「七本槍 琥刻2013」「勢起 せき 純米大吟醸」「惣誉 生酛仕込 純米大吟醸」「ブラック奄美(黒糖焼酎)」

2019年11月末までのメニューに合わせて提供される日本酒と焼酎は、「喜久酔 純米吟醸」「新政 純米酒 秋桜 生酛」「七本鎗 山廃純米 琥刻 2013」「勢起 純米大吟醸」「惣誉 生酛仕込 純米大吟醸」「ブラック奄美(黒糖焼酎)」の6本。

浜田さんを象徴すると言っても過言ではないコースメニュー「石」は、石の上に料理を盛り付けたアミューズ。「五味」(酸・塩・苦・辛・甘)を繊細な技術で表現し、料理に合わせて石の温度も変えています。

コースメニュー「石」

「酸味」は、カマスと大根。「甘味」にはハタハタのゆりね饅頭と、美しいアミューズはそれぞれのテーマを確実に再現しています。

これに合わせる「喜久酔 純米吟醸」は、甘くミルキーな乳酸の香りと、軽快で爽やかな香りを兼ね備えていて、アルコールの刺激やボリューム感、コクがあり、最後に若干苦味を感じる味わい。5種類すべてのアミューズに合うような、5つの香りや風味を持つ一本です。

コースメニュー「円」

続く「円」は、押し寿司のような見た目のしめ鯖を使った料理。絶妙な締め加減の鯖とやわらかい茄子がテリーヌのようになっています。出汁と酢が効いたソースに、りんごのシャキシャキとした食感、フルーティーな酸が一体となった一品です。

お酒は「新政 純米酒 秋桜 生酛」を合わせます。やわらかい口当たりで、ヨーグルトのような乳酸と、柑橘類のような爽やかな酸が特徴的。さまざまな酸が調和し、どちらも美味しく味わえる組み合わせです。

メインの「結」

メインとなる「結」はサメガレイのムニエル。小骨が多く食べづらいという理由で、あまり市場には出回らない魚です。フレンチにはあまり使われることのない魚も、浜田さんは多く扱います。

お皿は白木の重箱に入れられ、ふたを開けると、まるで玉手箱のように華やかな柚子の香りの蒸気が上がる仕組み。目の前でソースをかけてもらうことで完成する一品です。

口に運ぶと、小骨は気にならず、白身魚特有の上品な旨みが広がります。酢漬けしたウワミズザクラのベアルネーズソースが程よい酸味と苦味を演出。添えられたネギのソテーには昆布の佃煮も加えられており、海の香りを強調させます。

「鰈」という字が出てる

また、こだわりは鰈(かれい)という漢字を模した盛り付けにも表れています。昔の人は料理で物事を語っていましたが、最近は料理人が出て語ることがほとんど。「自分が料理を語るよりも、料理で語りたい」と、浜田さんは話します。

「海外の方は、漢字にとても興味を持っています。漢字が持つ独特の雰囲気を気に入っているそうです。このような盛り付けは、Nipponキュイジーヌだからこそできること。料理がすべてを語ってくれます」(浜田さん)

この一皿を見ただけで、「星のや東京」だと確実にわかる料理。そして、味わいから「なぜこの食材を扱っているのか」が伝わります。

合わせるお酒は「惣誉 純米大吟醸」。なめらかな口当たりでサワークリームのような酸があり、すっきりとした後味が広がります。アルコールの甘味と苦味が強めなので、上品なサメガレイにボリュームを加える組み合わせです。

最後のデザートに至るまで、料理と日本酒の計算され尽くしたペアリングが続きました。

インタビューに答えるシェフ

始まったばかりの日本酒ペアリングですが、メニューが変われば銘柄も変わります。今後はどのように発展させていくのでしょうか。

「例えば、この前に飲んだ『真澄』のスパークリングはとても美味しかったので、ペアリングに取り入れられると思います。『木戸泉』の古酒を使ってソースを作ったこともあるので、料理にも日本酒をどんどん使ってみたいですね。酒器や温度によっても日本酒の味わいは変わるし、ほかのものをプラスするひれ酒のような楽しみ方もある。日本酒は奥が深いです」と話す村瀬さん。頭の中には、アイデアが際限なく浮かんでいる様子です。

浜田シェフ

「和食だけでなく、ほかの料理にも日本酒が合うと証明したい。Nipponキュイジーヌに日本酒が合うとわかれば、フランスのシェフだって日本酒を使ってくれるんじゃないかと思っています」(浜田さん)

自分たちの料理を進化させ、日本酒を次のステージに進めたいという浜田さん。日本酒が世界に認められることで、美食家たちが日本に来てくれると確信しています。

「もしかしたら、日本酒を飲むためだけに日本へ来るかもしれない。その上で料理も楽しんでくれれば最高です。Nipponキュイジーヌと日本酒を通して、日本の文化や伝統を海外に発信し続けたいですね」

進化を続ける料理、そして、日本酒とのペアリング。どんな驚きを見せるのか、これから先も期待が高まります。

隅々まで行き届いた"和のおもてなし"

めざめの朝稽古

「星のや東京」では、オリジナルの呼吸法を取り入れたアクティビティも用意されています。その中でも、「めざめの朝稽古」は北辰一刀流の剣術を取り入れたプログラム。北辰一刀流はかつて神田に道場を構えており、坂本龍馬が免許皆伝を受けた江戸の剣術流派です。

江戸の朝稽古をイメージしたストレッチプログラムで、短い木刀を持ちながらゆっくりと動きます。朝にストレッチをすることで、すっきりとした体で一日を過ごすことができるでしょう。

星のやの朝食

朝食は部屋にて。和食と洋食を選ぶことができ、それぞれ焼き魚とオムレツはディナーのメインと同様に、ふたを開けると蒸気が上がる仕組み。洋食のオムレツにかけるアサリのデミグラスソースは、浜田さんが考案したものです。

お重に入った朝食も、非日常のゆっくりとした時間の一部。普段の慌ただしい朝を忘れさせてくれます。

星のや東京のロゴ

和を感じながらくつろげる部屋、居間のように使えるお茶の間ラウンジ、江戸太神楽も楽しめるSAKEラウンジ、唯一無二のNipponキュイジーヌ、朝の11時30分まで入浴できる天然温泉、そして穏やかな時間が流れる朝食......「星のや東京」は、15時にチェックインしてから翌日12時のチェックアウトまで、建物全体から極上のおもてなしを受けることができる場所です。

2019年12月からは、さらに日本酒を堪能できるプラン「東京・SAKE滞在」も始まります。日本文化としての日本酒の魅力が、大手町にある日本旅館から世界各国へ広がっていくことを感じました。

(取材・文/まゆみ)

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◎取材協力

  • 名称:「星のや東京
  • 住所:東京都千代田区大手町1-9-1
  • 電話:0570-073-066(星のや総合予約 9:00〜20:00)

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