飲んでおいしい日本酒を、自分の手で造れたらどんなに楽しいことでしょう。
日本では、酒造免許を持たない個人がお酒を造るのは酒税法により禁止されていますが、海外では、自家醸造(ホームブルーイング)は趣味のひとつとして広く普及しています。
海外市場を対象とした自家醸造キット「MiCURA(マイクラ)」は、初心者でも手軽に香り高いSAKEを造ることができるというもの。アメリカ在住の筆者は、このキットを使って初めての自家醸造を体験して以来、すっかりお酒を造る楽しさにはまってしまいました。
今回は、「MiCURA」を使った自宅での酒造りの様子をレポートします。
※ 日本国内では、酒類製造免許なくアルコール度数1%以上のお酒を醸造することは法律で禁じられています。
自宅でSAKEが造れるキット「MiCURA」
今回使用した「MiCURA」の自家醸造キットは、「Kotohajime(事始め)」シリーズの「Crisp(クリスプ)」タイプで、精米歩合60%のクラシックな純米吟醸酒を造れます。
キットには、山田錦の乾燥麹、国産米100%の掛米、酵母(ドライイースト)、乳酸などの材料のほか、仕込みに使うアクリル容器や酒袋が同梱されていて、すぐに酒造りを行うことができます。
ほかに必要なのは、もろみをかき混ぜる時に使うスプーンやおたま、もろみの温度を測る温度計、搾ったお酒をいれるためのボトルなど、一般家庭にあるキッチン道具です。仕込み水は、軟水のミネラルウォーターを使います。
一般的な酒造りでは、蒸した米に麹菌を繁殖させた「米麹」とアルコール発酵に必要な酵母を培養した「酒母」を造ります。ですが、美味しいお酒を造るためには、それらの仕込みに高い技術力が必要になるため、「MiCURA」では乾燥麹やドライイーストを使って「麹造り」と「酒母造り」の工程をカット。酒母を立てない「酵母仕込み」のやり方で仕込みます。
掛米や乾燥麹などの材料は、各ステップで使う分があらかじめ小分けにされているため、計量する手間もありません。
もろみの温度管理には、小型冷蔵庫を使います。ワインセラーのように一定の温度を保てないため、庫内に温度計を置いてこまめにもろみの温度をチェックするのが大事なポイントです。
また、同じ冷蔵庫で、納豆やぬか漬けなどの発酵食品を保存していると、もろみの発酵に影響がでるのでこちらも注意が必要です。可能であれば、もろみ専用の冷蔵庫を使うのがよいでしょう。
実際の酒造りと同じ手順でお酒を仕込む
それでは、仕込みを始めます。「MiCURA」の醸造キットは酒母を立てない「酵母仕込み」ですが、それ以降の手順は、実際の酒造りと一緒。米と水を容器のなかで段階的に混合し、もろみを仕込みます。
ここでのポイントは、材料は一度に投入しないこと。大量の米や水を一気に投入すると、容器内の酵母の増殖が間に合わず、雑菌が繁殖するリスクが高まってしまいます。
そのため、日を追って材料を何回かに分けて投入し、酵母の数を増やしながら腐敗のリスクを避けて安全に仕込みを進めていきます。
酒造りの現場では、3回に分けて投入する「三段仕込み」という方法が一般的。「添仕込み」「仲仕込み」「留仕込み」という3段階で、掛米や麹米、水を投入し、温度管理をしながら発酵を促していきます。
「MiCURA」も三段仕込みで、もろみの温度は12度から始め、15度まで上げてから最終的に6度まで下げていきます。
ここからは、順を追って仕込みの様子をお話ししていきます。
添え仕込み
容器に乾燥麹、乳酸、水を入れて混ぜ合わせ、水麹を用意します。2時間ほど常温で置いておくと、麹菌の働きで麹米が溶け出して糖化が進み、酵母が増えやすい状態になります。その間にドライイーストをお湯で溶かして、活性化させます。
水麹に溶かしたイーストを入れてかき混ぜて(この作業を酒造りでは「櫂入れ」と言います)、30分後に掛米を投入。もろみ温度は12度をキープするようにします。
踊り
添え仕込みで掛米を入れてから、寝かせること48時間。発酵が進むのをじっと待つ期間が「踊り」です。
12時間ほど経つと、水を吸ったお米が膨らんでくるので、もろみが均一に混ざるようにかき混ぜます(この作業を「荒櫂(あらがい)」と言います)。
掛米を入れたところで15度まで上がっていたもろみの温度を、ここからは12度くらいまで下げていきます。
仲仕込み
踊りが終わったら、仲仕込み。2回目の材料投入です。
まず櫂入れしてから、水、麹の順にもろみに加え、2時間後に掛米を投入。ここで加える米と水の量は、添え仕込みの約2倍です。ここから22時間寝かせ、もろみの温度は10度から9度に下げていきます。
留め仕込み
三段仕込みの最後のステップ、留め仕込みです。
添え仕込み、仲仕込みと同じように、櫂入れをしてから、水、麹の順にもろみに加え、2時間後に掛米を投入。ここで加える米と水の量は、仲仕込みの約2倍です。もろみの温度は8度から6度まで下げます。
もろみの変化を楽しむ1ヵ月間
もろみ日数は、留め仕込みの作業日を1日目としてカウントしていきます。これから約1ヵ月間、もろみの発酵が進む間は温度を管理しながら、櫂入れをしたり、味見をしたりしながら見守っていきます。
最初の10日間は、発酵がどんどん進む期間。もろみの温度も6度から10度くらいまで上がっていきます。
もろみ3日目。冷蔵庫のドアを開けるたびに、お酒のいい香りが漂いはじめました。お米は甘くなっていて、かき混ぜると「プスッ、プスッ」と炭酸ガスの抜ける音がします。
もろみ9日目。もろみの中の米の形は、まだしっかりしています。水分が増えてきて、かき混ぜると「ズブズブッ」という音が。その音を聞くのが楽しくて、何度もかき混ぜてしまいます。
発酵がピークを迎えるのが、11日目から15日目です。この期間は、もろみの形状も大きく変わってきます。もろみの温度は10度をキープします。
もろみ12日目。「そろそろ一面に泡が立ち始めるころでは?」と思うものの、まだその気配がないので、少し心配になった時期でした。
もろみ14日目。もろみはかなりドロドロになり、お米の形は崩れ始めて、ゆるめのお粥のようです。小さな泡が多くなってきて、さらに大きく盛り上がる泡も現れ始めました。
もろみ16日目を過ぎると発酵は終わりに近づき、ピークに向けて上げてきたもろみの温度を徐々に下げて、最終的には6度に近づけます。
もろみ20日目。もろみの表面には常に大小の泡が湧いていて、ぶくぶくと音がしています。もろみ22日目を過ぎると、冷蔵庫内の温度変化に影響を受けることなく、もろみの温度は比較的安定した状態になりました。
もろみ29日目。もろみは、だいぶ滑らかな液状になり、香りに深みが出てきました。
もろみ32日目に搾る予定でしたがスケジュールが合わなかったため、やむなくこのあと3日ほど放置。酒袋やボトルを酒袋など全て煮沸消毒して、搾りの準備を進めます。
搾り方で変化する味わい
もろみの発酵が終われば、いよいよ搾りの作業です。
もろみを入れた酒袋に圧力をかけて、お酒を搾っていくのですが、「MiCURA」では、「袋吊り(ふくろづり)」と「槽搾り(ふねしぼり)」の方法をアレンジしたやり方で行います。
「袋吊り」は、鑑評会の出品酒などでよく用いられる搾り方。もろみを入れた酒袋を吊るして、その自重で自然に滴り落ちてくるお酒を集めます。もろみが入った酒袋を、「槽(ふね)」と呼ばれる器具の中に平らに積み重ね、圧力をかけて搾るのが「槽搾り」です。
「あらばしり」とは、圧をかけずにもろみの重さだけで自然にでてくる少量しか取れない部分のこと。次に、上から圧をかけて搾るのが「中取り」、そのあと袋を積み替えて、さらに圧をかけて搾った部分を「責め」と呼びます。
搾り方の違いで、お酒の香りや味わいが変わるので、その飲み比べも自家醸造の楽しみのひとつです。
あらばしり
酒袋は、酒蔵で実際に袋搾りに使われているものと同じ生地を使って、アクリル容器のサイズに合わせて作られています。
酒袋に移したもろみから漂うのは、吟醸酒の甘い香り。そのまま3時間ほど置き、自然に流れ出るのを待ちます。
自然流出していた「あらばしり」を瓶詰めしました。火入れも、濾過も、加水もしていない「しぼりたて無濾過生原酒」です。薄く濁っていて、かすかに炭酸が弾けるのも感じます。口の中に含むと、ライチのような味わいを感じました。
中取り
自重で流れ出る酒が止まったら、次は圧力をかけて搾ります。酒袋の上に水を入れたやかん(約2.5kg)を乗せ、このまま冷蔵庫へ入れて待ちます。ぽたりぽたりと、もろみから滴り落ちるしずくを見ていると、お酒が愛おしくなってきます。
12時間くらい経ったところで、酒袋の口をさらにきつく結び、酒袋の向きを変えて搾ります。これは「槽搾り」でいうところの「積み替え」の作業です。
重しとなるやかんを乗せてから1日が経った「中取り」は、華やかでぱっと広がる感じの香り。あらばしりに比べると、クリアな味わいですが、喉越しは少し重めです。口の中でころがすと、味わいは昨日のライチからイチゴへと変化していました。
責め
最後は、さらに圧をかけて搾っていきます。水を入れた鍋を使って、重しは、およそ7kg強といったところでしょうか。
この状態では冷蔵庫に入らないので、キッチンにそのまま24時間放置したところ、キッチンが1日中お酒の香りにふんわりと包まれました。
「責め」は、中取りで感じた華やかな香りは消えていました。イチゴのような風味も消えて、ブリーチーズのようなクセのある風味があります。さらに、椎茸のようなうまみも少し感じます。
とはいっても、ガヤガヤしているわけではなく、整った味。喉越しは中取りに比べると少しスッキリしていますが、舌にまとわりつく感じもありました。
搾った直後の酒は全体的に白く濁っていますが、少し置いておくと、おりが底に沈んで酒の上部が透明になります。これが「おり下げ」の作業です。
搾ったお酒を透明にしたい場合は、コーヒーフィルターのようなものでさらに濾過してもいいのだそうです。
酒粕
お酒を搾り終わった酒袋には酒粕が残ります。酒袋を開けると、フワッと香る吟醸香。酒粕は、肉や魚を漬けたり、味噌汁に入れていたりと、さまざまな活用法があります。
圧力が足りなかったせいか、まだ水分が多めで全体的に柔らかな仕上がりです。次回は、さらに重しをかける方法を考えてみたいと思います。
酒造りの面白さや難しさを実感
自宅で搾りたての「マイ酒」が飲めるのはもちろん、毎日さまざまな変化を見せてくれるもろみに愛着がもてるのも、自家醸造の楽しみのひとつ。実際の酒造りとほぼ同じ工程で自家醸造ができる「MiCURA(マイクラ)」を体験してみると、酒造りの面白さや難しさが手にとるように感じられました。
(取材・文:石川葉子/編集:SAKETIMES)
※ 日本国内では、酒類製造免許なくアルコール度数1%以上のお酒を醸造することは法律で禁じられています。