今宵もまた、文学作品から酒肴のお膳立て。今回は池波正太郎氏の時代小説『殺しの四人─仕掛人・藤枝梅安』(講談社文庫)の「後は知らない」から、「田楽」を肴に酒を味わってみましょう。
梅安と仲間の彦次郎が仕掛け(依頼による暗殺)を遂行した後、新たな依頼を請け敵地へ赴くその道すがらに立ち寄った茶店で、その田楽は登場します。
非情な仕掛け人が、人間らしく過ごすひととき。いつ何時でも平常心を忘れない、ふたりの度量の大きさ。私の好きなシーンです。
食事のシーンは池波作品でお馴染み。読者が息を飲むような緊迫した仕掛けのシーンがある反面、こうしたほのぼのとした描写が主人公の魅力をさらに深めています。
この一説に含まれる空や風の表現は、ふたりが平常心でいることの描写でしょうか。これから仕掛けに挑む緊張を抑えるため、あえておっとりと過ごしているようにも受け取れます。
「酒を呑む者、料理や酒の味といった目先の興味に囚われるべからず。それらを包む空気感、たとえば時候はもちろん、店内の雰囲気や店の心遣いを感じ取れるくらいの平常心で味わうべし」と、池波氏が酒呑みの極意を語っているようにも感じました。
豆腐の田楽を作る
豆腐は網焼きでこんがりと。田楽には木の芽味噌が定番ですが、今回は大葉味噌を添えてみました。
火で炙った豆腐は素材感が増してなめらかに。そこに味噌の旨味が溶け合い、口の中に甘辛の風味が広がります。
日本の伝統食材を味わうと、気持ちが和むのはなぜでしょう。ふわりとおおらかな心持ちになったところで、旨い酒をひと口やりたくなります。晩酌はいつもこんなテンポで、おっとりと楽しみたいものですね。
フルーティーな陸奥八仙で、田楽の旨味を楽しむ
陸奥八仙 黒ラベル純米吟醸 ひやおろし(八戸酒造/青森)
豆腐田楽の味わいはおおよそ予想できたので、相性に過不足のない酒として、旨口の純米吟醸に狙いを定めます。酒屋に並ぶ数あるひやおろしの中から、陸奥八仙を選びました。
香りが控えめと言われるひやおろしですが、思いのほかしっかりとした果実香がすぐに伝わってきます。口に含めば、甘くフルーティーな上立ち香の印象をそのままに、酸味が広がっていきました。ほんのりとした甘さのなかに清涼感があります。
余韻はやや長めに感じられました。口に広がった美味しい記憶をゆっくりと楽しんでと言わんばかりですね。
そのおかげもあって、いつになくゆっくりと箸をつけた豆腐田楽。大葉の香味、味噌の旨味がより豊かに感じられます。熱い豆腐の素材味も冴えてきました。一方で、酒の味は甘辛の味噌と溶け合い、ポジションをやや辛口方向へシフト。若干淡麗に変化したようにも感じられますが、決して出しゃばりすぎず、一歩引いてもきちんと寄り添ってくるのが陸奥八仙の良さでしょう。
その後、呑み食べを繰り返しても、お互いを美味しくしてくれるパワーバランスは変わることなく、梅安の言う「大へんにおいしい。酒もよいな」を堪能できたのでした。実に良い肴ですね、豆腐田楽というやつは。
(文/KOTA)