今宵もまた、文学作品から酒肴のお膳立て。天涯孤独の女料理人の苦悩と活躍を描く時代小説に見つけた一品を再現し、酒を楽しみます。

ときは江戸時代。本作『みをつくし料理帖』は、料理屋「つる家」を舞台に、主人公・澪(みお)の料理を通じて繰り広げられる人情物語。

江戸で働く澪は大阪出身。料理にまつわる習慣や味の好みなど、東西の違いに苦心の日々が続いていました。そんな中、その日の仕入れは鯖。塩をして、あらで出汁を引き、大根と合わせて汁物にしようとした澪ですが、鯖を汁ものにするのは江戸ではあまりないことから、共に働く料理人は懸念を抱きます。

対して澪は、鯖に限らず魚なら、あらまで使って一匹を食べつくす大阪の商家つつましい食生活を引き合いに出して説得します。当たり前にあるべきものとして料理を店に出すことにしましたが、客は珍しがって一応は平らげてくれるものの、鯖は味噌で煮た方が旨いと評判は今ひとつ。そこに現れたのが、澪がひそかに思いを寄せる武家、小松原でした。澪に熱い酒と肴を頼みます。

船場汁の写真

多くの料理に精通している小松原でしたが、これが大阪の味かと興味津々。澪の料理の知識を真摯に評価します。

この汁ものは、いわゆる船場汁(せんばじる)。大阪の問屋街、船場が発祥とされています。実際、私自身もこれを時々料理しますが、鯖の頭や中骨を昆布と共に煮た出汁はなかなかに上品で美味です。関西の料理人がよく口にする「始末」をまさにカタチにしたものであり、そうした意味でも興味深い一品といえます。

船場汁の滋味を、素材味豊かな天青と味わう

件の料理をこしらえてみました。本書では鯖と大根としか記されていませんが、より味わい良くふくよかに楽しみたいので、自分流に人参や葱、豆腐を足しています。

船場汁の写真

鯖は、鯖節となって出汁の材料にもなるほどの魚ですから、その風味は折り紙付き。出汁をたっぷりと含んで煮上がった大根は自らの旨みを膨らませ、とても美味しいものとなりました。

そしてお酒です。あっさりとしていながら深い風味を醸し出す椀に合わせるなら、飲み口おだやかに、じっくりと料理の旨みと響き合うタイプが良かろうと、選んでおいた1本がこれでした。

天青の写真

「天青 純米酒 吟望」(熊澤酒造/神奈川)

きりっとした吟醸香に迎えられひと口。軽くまろやかな口当たりから、米の旨みがじんわりとしみてきました。豊かに滋味を伝えつつもクリアな味わい。スッと切れる軽快さが、飲み手を楽しませてくれます。

料理に対してお酒が、互いの旨みを引き立て合うように寄り添います。米の旨みは特に、出汁の染みた大根の風味と溶け合い、いっそうの食欲を誘います。何しろ、つゆとの相性が滅法良い。

豊かな素材味を湛えた個性的な一面を抱きつつも、料理とは素直に向き合える。食中にふさわしい1本とお見受けしました。

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