今宵もまた、文学作品から酒肴のお膳立て。人気の時代小説『鬼平犯科帳』に見つけた小料理を再現し、日本酒とともに味わってみましょう。

主人公の"鬼平"こと長谷川平蔵が、従兄といっしょに私用で訪ねた料理屋での一コマです。

それは[瓢箪屋]という料理屋で、風雅なわら屋根の、いかにも田舎ふうな店構えながら、中へ入ると塵ひとつさえ嫌いぬいた、清げな座敷が四つほどあり、中庭から裏手へかけては、さわやかな竹林になっていた。

新潮文庫「鬼平犯科帳」から『婚礼盗賊』より

なんとも風情のある店ですね。涼やかな風を感じさせる情景描写が読者を惹きつけます。

美味いものに目がない鬼平の満足げな顔が浮かびます。しかし、鬼平は美食を好むだけではありません。作り手へのあたたかい思いや店の設えに対する賛辞を抱くことこそ、鬼平の魅力です。

この作品に限らず、鬼平はいつも人の心を推し量り、人をよく誉めます。"飲み手としての心がけ"とでもいいましょうか、店の方々と思いを共有し、料理の出来栄えだけではない、さまざまなことを深く味わうようにしたいと思わせてくれるのでした。

凝ったものではないが、粋な味わい

鬼平の気分を味わうべく、料理をこしらえてみました。

念の入った料理。材料が良いことはもとより、何よりもていねいに手間をかけるということでしょうか。素材の大きさや長さを切り揃えるという料理の基本に添い、手をかけました。

推測の域を出ませんが、おおむねこんなものではないかという料理ができあがりました。『別に凝ったものではないが』、粋な味わいの一品です。

採れたての材料を用意し、味噌には酢と砂糖を少し加え、味を調えました。キノコの淡い風味と、わけぎが放つさりげない香味が味噌と調和し、穏やかながらも爽やかな旨味が口に広がります。

きくらげは生のものを使いました。ぷるぷると柔らかく楽しい食感に箸が進みます。

澄んだ旨味の「澤の花」を

できあがった料理を肴に、呑み始めましょう。今回の酒肴は味噌和えということで、クリアな酒質でさらりとキレイな旨味のある酒を用意しました。

「澤の花 ささら 超辛口吟醸」(伴野酒造/長野県)

やんわりとした吟醸香に迎えられて、ひとくち含んでみると、隠しごとのないさらりとした飲み口。清涼感あるキレの良さもあり、期待通りです。味噌の香味とはもちろん、多くの料理との好相性を感じさせます。

料理とともに味わってみると、口の中で多くの香味がすんなりと溶け合う相性の良さを発揮。味噌に相対し、酒のキレ味が良くなったように感じます。それに呼応するように和え物の味わいが冴え、いっそう美味しく思うのでした。

今回の『鬼平犯科帳』の一遍。酒に関する表現は語られていませんでしたが、鬼平を満足させるだけの店ですから、相応しい酒が用意され、鬼平はさぞ喜んだことでしょう。

そんなイメージを膨らませながらの晩酌。こちらも酒が良い。出しゃばりすぎず、かといって構えるわけでもない、料理を楽しませる酒として「澤の花」はその役目を充分に担ってくれました。

(文/KOTA)

この記事を読んだ人はこちらの記事も読んでいます