富山県の酒米農家有志で組織する会社が、地元の酒造会社を子会社化し、酒米の栽培から精米、酒造り、酒販売までを一貫して手がける「農業の6次産業化」に取り組んでいます。酒蔵が酒米づくりに取り組むケースは多くありますが、酒米農家が酒造りに関与するというケースは稀有な例です。

「自分たちが栽培した米に限りなく付加価値をつける」ことを目指す新しい試みについて探りました。

米農家の生き残りをかけて始めた酒米づくり

今回の主役となるのは、株式会社越乃めぐみ(富山県富山市)の吉田憲司社長。株式会社越乃めぐみは、農家などの有志十数人が出資して2014年に設立された会社です。

株式会社越乃めぐみの吉田憲司社長

株式会社越乃めぐみの吉田憲司社長

設立までの経緯について、吉田さんは次のように話しています。

「当時はアメリカが離脱前のTPP(環太平洋パートナーシップ協定)が大きく取りあげられ、今後、ますます農産品の自由化が進むと予想されていました。一方、国の農家への支援策は縮小されることがほぼ決まっていて、稲作農家は先行きに不安を感じている状況だったんです。

そんな農家たちに対して、私は生き残り策として酒米の栽培を提案しました。酒米はつくるには手間がかかりますが、品質さえ良ければ食用米より高く売れます。しかし、酒蔵との契約栽培では長期安定的な取引が約束されておらず、農家側には不安が残ります。

そんな折、農林水産省が農産品を自ら加工して付加価値をつけ、さらに自力で販売する「農業の6次産業化」を推進しようとしているのを知り、我々も酒米だけをつくるのではなく、精米の工程までやろうということになりました。さらには、無謀とも思えるのですが『酒造りまで自分たちができないだろうか』と考え、そのための会社として越乃めぐみを立ち上げることになったんです。

ところが、精米分野までは参入できても、日本酒を造る免許を新たに取得することは極めて困難だという壁にぶつかります。そこで、一気に酒造りまで手を広げるのではなく、ひとまず酒米を造って、それを酒蔵に委託醸造することで、我々の日本酒をデビューさせようという話になりました。

もちろん、委託するのは有志たちが持っている水田に一番近い吉乃友酒造に決まりました」

吉乃友酒造の広島杜氏(左)と株式会社越乃めぐみの吉田社長(右)

吉乃友酒造の広島杜氏(左)と株式会社越乃めぐみの吉田社長(右)

昔は日本酒といえば地元の吉乃友の酒を飲むのが当たり前だったといいます。ですが、近年は地域の寄り合いの宴席でも、他の酒蔵の銘柄が幅を利かせ、「吉乃友」の存在感が薄くなっていたそうです。

その状況をふまえ、吉田さんは「酒米を渡して『酒造りについてはお任せします』だけでは意味がない。こういうお酒を造ってほしいと酒質にも積極的に関わろうということになりました」と当時を振り返ります。

全国各地の人気の日本酒を取り寄せて吟味し、お手本にする酒を決め、吉乃友酒造の現有の設備でどのようにすれば目標に近づけるかを杜氏の広島達彦さんと議論しました。あわせて、他の酒蔵の指導やアドバイスをもらいながら、造りを改善します。

自家栽培の山田錦を使ってできたのが純米大吟醸酒「一粒一水(いちりゅう・いっすい)」

自家栽培の山田錦を使ってできたのが純米大吟醸酒「一粒一水(いちりゅう・いっすい)」

そうして、平成27醸造年度に自家栽培の山田錦を使ってできたのが純米大吟醸酒「一粒一水(いちりゅう・いっすい)」です。

米農家と酒蔵の良縁関係

越乃めぐみの最新の精米機

越乃めぐみは、吉乃友酒造の隣接地に最新の精米機2基を備えた精米所の建設に着手。残る課題は自力での酒造りです。

当時、吉乃友酒造の蔵元社長の吉田満さんにはふたりの子供がいて、どちらかが蔵を継ぐ可能性もありましたが、結果的に、ふたりとも別の仕事に就きました。後継者不在となることが確実になったことから、蔵元の吉田さんは越乃めぐみに蔵を託すことを決意します。越乃めぐみとしては、当初目標としていた6次産業化の道が切り開けることになりました。

精米設備が完成した翌年の2018年12月に、吉乃友酒造は越乃めぐみの完全子会社になりました。近い将来、両者は合併してひとつの会社になり、より一体感を持って、機動的に酒造りに取り組んでいく計画です。

2015年から越乃めぐみの思いを込めた日本酒「一粒一水」を造ってもらっていたこともあり、吉乃友酒造は造りの方針を大きく変えることなく、地道に酒質向上に努めてきています。

純米大吟醸「后(きさき)」

純米大吟醸「后(きさき)」

2018年の夏には、越乃めぐみが酒販免許を取得したこともあり、グループの看板となる高級酒を造ることになりました。それが山田錦を使った純米大吟醸「后(きさき)」です。「后」は昨年11月にロンドンで開かれた日本文化の紹介イベント「ハイパージャパン」で実施された日本酒コンクールで、39銘柄の中の最高賞に選ばれました。

富山県内の他の酒蔵や酒販店、一般消費者からは「今までの吉乃友とは別物のお酒。ひとつの蔵でいろいろなお酒が楽しめる」との声が広がりつつあります。

米から酒まで一貫生産だからできること

株式会社越乃めぐみの収穫風景

酒米づくりから精米、醸造、販売までを一貫して手がけるメリットはいくつもあります。

農家にとっても、自分が手塩に育てた酒米でできたお酒を実感できる一方、それぞれの仕込みごとに使う酒米がどのような水田で収穫されたかが把握でき、今後、商品の裏ラベルなどで、酒米の獲れた場所や手がけた農家を消費者に伝えることができます。

「将来描いているのは、冬から春にかけての農閑期に農家自身が欧米の大都市へ出向いて、『これは私が育てた米で作ったSAKEです』と直接説明すること。飲み手の心にも響くでしょうし、農家にとっても米づくりの苦労が吹き飛ぶ瞬間だと思うのです。農家の子供や孫たちの中から、後を継ぐ例が増えるきっかけになるのではと期待しています」と、吉田社長。

酒米の場合、同じ山田錦でも等級(粒の大きさなどで判定)では区別できない成分の含有量の違いがあり、それが微妙に酒造りに影響があります。その年の米の出来を迅速に農家にフィードバックして、次の年の米づくりに反映させることも、同じ会社となれば気兼ねなくできると見ています。

立山連峰の豊かな伏流水という自然の恵みを贅沢に使い、自分たちの酒米でさらに美味しいと言ってもらえるお酒を醸そうという農家有志の挑戦は始まったばかりです。

(取材・文/空太郎)

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