おいしい日本酒には、おいしい料理を合わせたいもの。たとえば、脂のうまみと香辛料の刺激がアクセントとなる肉料理には、熟成したふくらみをもつタイプの日本酒がよく合います。
最近では、「ジビエ」を売りにしたおしゃれなレストランも増え、そこでジビエと日本酒とのマリアージュを楽しむという方も増えてきたようです。
ジビエとは、狩猟で捕えた野生動物の食肉を意味するフランス語です。ヨーロッパでは伝統料理として古くから親しまれてきた食文化ですが、実は豊かな自然に囲まれた酒蔵で働く酒造関係者にとっても、狩猟やジビエはとても身近な存在でした。なかには狩猟免許を取得して山に入る蔵人も多いようです。
酒造り・農業・狩猟は、自然とともにあった
近年、クマやイノシシ、シカなどが住宅地に現れ、ニュースで報道されることが多くなりました。野生動物が現れるのは住宅地だけでなく、農地では作物が荒らされたり、花や果樹の苗木を食べられたりする被害も出ています。
この野生動物による農作物被害は、酒造りに関係がないわけではありません。日本酒の原料は米ですが、山から下りてきたイノシシが水田を遊び場(ぬた場)とするので植えた苗を荒らされたり、倒伏させられたりという被害が出ています。
もちろん電気柵などを張ってイノシシたちが入ってこれないように対策をするのですが、それでも突進して柵を倒してしまうので、米農家は泣く泣くその補修に追われます。
狩猟ができる期間のことを猟期(りょうき)といいますが、日本の猟期は秋から冬にかけて。原則11月15日から翌年2月15日までです。この時期はちょうど酒造りの時期と重なるため、出猟できる日数も限られるのですが、酒造関係者のなかにも狩猟免許を持った杜氏や蔵人がいます。
山や田畑に囲まれた自然豊かな土地にある酒蔵で働く人々のなかには、夏は農業、冬は酒造りに従事する人も多く、食品の流通網がまだ発達していなかったころには、貴重なタンパク源である野生動物の肉を確保するために狩猟も行っていました。このように酒造りと農業と狩猟は、古くからそれぞれ密接につながっていました。
冬の酒造りの時期は、休日は月に2日ぐらい。その日が好天とも限りませんし、のんびりと休みたい日もあります。それでも、安全に注意を払いながら山に入ります。獲物が獲れたときは喜びも大きく、大切に扱いながら解体や調理を進めていきます。
狩猟の魅力は、野生肉を自力で手に入れられることとその技術の会得、そして、なにより酒蔵のある周囲の自然環境についてより深く知れることです。
酒造りも稲作も狩猟も、先人たちから受け継いできた大切な技術です。自分で育てた米と野菜、自分で獲った肉、そして自分で造った日本酒。狩猟や酒造りでの良かった点、直したい点を思い浮かべながら、それらをゆっくりと心ゆくまで味わうのです。
狩猟で覚えた技術を、酒造りに活かす
狩猟は、鳥獣保護法等の法令のもと、狩猟免許や猟銃所持許可を所持しているハンターだけが行えます。
狩猟対象の鳥獣は、イノシシやニホンジカ、マガモなど、よく見かけるものから、ヌートリア、ハクビシンなど聞き慣れないもの約20種類。狩猟の方法は、散弾銃やライフル銃の装薬銃や空気銃を使うもの、罠や網を使うものなどさまざまです。
ジビエは、これまで自家消費が主でしたが、ハンターや精肉店、飲食店、関係官公庁などの尽力で流通網が整えられ、最近では都市部の飲食店で目にする機会が多くなりました。
ひとくちにジビエといっても、その味わいは動物の種類によって異なりますし、加えて、調理法によっても大きく変化します。ワイルドなイメージが強いジビエですが、調理法によっては意外と日常的な料理にもなじみます。
部位によっては、おいしい部位とそうでない部位がありますが、ハンターとして大事なのは、余すことなく、そのすべてをおいしく調理していただくことです。
狩猟にでかける際の持ち物は、銃、狩猟登録証、銃砲所持許可証、ハンター専用の地図(鳥獣保護区等位置図)、ナイフ、大きめの米袋など。米袋は捕えた獲物を入れる時に使います。日の出時刻以降でなければ銃を使えないので、猟を始めるのは少し明るくなってきた朝方です。
カモ猟であれば、川辺を目を光らせながら探し、見つけたら一旦その場を少し離れます。ですが獲物から目は離しません。周囲の安全、風向き、自分の隠れ場所、そして、どのように狙うかを考えて動きます。2名以上で出猟するときは、川下と川上の両方から狙ったり、銃を撃つ役と双眼鏡で見て指示する役に分かれて行動したりします。
獲物を有効射程距離内に捉え、周囲の安全を再度確認したら引き金に指をかけて仕留めます。獲物を回収したら止め刺しをして、素早く内臓を取り出して清水で洗います。この作業を現場で行うことで肉の鮮度は保たれます。自宅に持ち帰ったら、羽をむしって精肉していきます。この解体から精肉の工程が一苦労で、狩猟しているよりも時間がかかることもあります。
狩猟にはさまざまな技術が必要です。動物の生態は必須の知識。解体時には内臓や筋肉、関節の位置関係を覚えなければうまくさばけません。そのほか、登山と同じように地図から地形を読み取る技術。寄生虫や触ってはいけない草木の知見、もちろん銃器の取り扱いにも技術や慣れが必要です。最初はわからないことだらけですが、ベテラン猟師さんと一緒に山に入り、実際にやりながら覚えていきます。
罠も自作やメンテナンスしますので、ロープワークや工具も自在に扱えなければいけません。これらは酒造りの現場でも大いに活かせる技術です。道具がうまく使えるというだけで仕事効率も上がりますし、蔵でトラブルがあった時に業者を呼ばなくても自分で直せたりしますから、覚えておいて損することはありません。
ジビエ料理で大事なのは、塩とスパイス
スーパーマーケットなどで肉を買う場合、新鮮な肉を必要な分だけ100g単位で買い求めることができますが、狩猟で獲物が獲れたらそうはいきません。カモなどの鳥類ならまるまる1羽分、イノシシやシカなら1頭分なので数十キロにもなります。
大量の肉を一度に消費することはできませんから、腐らせず日持ちするように下処理をする必要があります。ジビエ料理でよく使う調味料は、塩と酒とスパイス。これらを使うのも肉を腐らせないようにするための工夫です。
塩は、肉の余計な水分を抜き防腐性を高めます。これにコショウやニンニク、山椒、クローブ、ローレル、八角などお好みのスパイスを加えて防腐性を高めながら味を付けていきます。肉を酒に漬けると臭みが取れて、全体に味がなじみます。塩漬けにした肉を酒粕に漬けると風味もよく、柔らかくなります。
冬に乾燥した冷たい風の吹くような地域では、干し肉もおすすめです。燻製も保存性を高め、肉をおいしく頂く方法です。ホームセンターなどで燻製セットなどが販売されているので気軽にできるのもいいですね。
このような方法で保存性を高めたジビエを素材とし、その特徴や個性を活かして、シチューやハンバーグ、鍋物、串焼き、混ぜご飯など、さまざまな料理を作るわけです。
ジビエ料理と日本酒の相性
ジビエ料理に合わせるなら、お酒はやっぱりワインやビールでしょうか?いやいや、日本酒もジビエ料理にはとても合うんです。
ジビエ料理は塩やスパイスを多く使うので、基本的に濃い味に合う日本酒がよいですが、香りが華やかなお酒でも合う場合もあります。ポイントは、ジビエ特有の肉の硬さと脂の融点とどう付き合うかです。
ジャーキーやスジ煮込みのような硬い肉を使った料理はおのずと濃い味付けになるので、繊細な酒よりも濃醇な酒がよいでしょう。
ジビエは味噌仕立ての料理が多いので、生酛や山廃など飲みごたえのある濃い酒が抜群に合います。米のうまみを感じられる酒を燗酒にすると、箸が止まりません。
肉の硬さが苦手な場合は、細かくミンチに。香草も使ってハンバーグやボロネーゼにするのがよいでしょう。
トマト系のソースにあわせるならチーズも振って、生酒と一緒に楽しむのがおすすめです。肉だんごにしてしまえば、鍋物のつくねとしても使えますね。
豚肉や鶏肉と同様に、下味をつけて串に刺して焼くだけでもおいしくいただけます。噛めば噛むほど肉の旨みを味わえます。
鳥類の肉は融点が低いので、冷やした日本酒に合わせてもおいしくいただけます。ポン酢煮にしたり、茹でたあと冷製仕立てにして梅やネギのソースで和えて食べるのもよいです。酸味がおいしい料理が多いので、合わせるなら甘口濃醇の吟醸酒がよいでしょう。
もうひとつ脂の融点が低い代表格はアナグマ。しぐれ煮などが良いでしょう。こういった料理には火入れの純米酒です。普通の料理には米の旨さが合うのです。
常温でしっとりとした脂が魅力のイノシシなら、熱々の牡丹鍋。これに合わせるならやはり燗酒がよいでしょう。ネギがたっぷりの鴨鍋、根菜がたっぷりのウサギ鍋にも芳醇なお酒がよく合います。融点の高い鹿肉はミンチなどがおすすめです。
ちなみに、ジビエの生食は感染症や寄生虫の危険があるので、必ずしっかりと加熱してからいただいてください。
酒造りが自然の営みと密接に関連しているように、狩猟とジビエも自然の恩恵のなかで育まれてきた文化です。ジビエ料理をいただく機会があれば、ぜひ同じ土地で造られた日本酒と一緒に、その地域の風景を思い浮かべながら味わってみてください。
(文:リンゴの魔術師/編集:SAKETIMES)