2020年、福岡県福岡市にて、新たな醸造所「LIBROM Craft Sake Brewery(リブロム クラフト サケ ブリュワリー/以下、LIBROM)」が誕生しました。
LIBROMが掲げるテーマは、「日本酒文化をもっと身近に」。中学時代に同じサッカー部に所属していた柳生光人(やぎゅう みつと)さんと、穴見峻平(あなみ しゅんぺい)さんが、日本酒の醸造方法をベースに、副原料としてエディブルフラワー(食用花)やフルーツ、ハーブを加える「SAKE(※)」を造っています。
※編集部注:日本酒の醸造方法をベースに、副原料を加えたり、掛米を使わずに全量米麹で造るお酒のこと。日本の法律では「日本酒」と呼ぶことはできず、「その他の醸造酒」という扱いになるが、世界では「SAKE」として日本酒と並列に扱われることから、この呼称が使われることが多い。
もともと、イタリアにSAKE醸造所を設立する予定だったというふたり。福岡県で醸造所をオープンした背景には、どのようなストーリーがあるのでしょうか。また、フルーツやハーブという副原料を使うことには、どのような想いが込められているのでしょうか。醸造所を訪れ、ふたりにお話をうかがいました。
夢は、イタリアにSAKE醸造所をつくること
LIBROMの代表を務める柳生さんは、幼いころからサッカーに熱中する中で、だんだんとサッカーの本場であるヨーロッパに惹かれるようになったといいます。
ヨーロッパの中でも、特に心をつかまれたのがイタリア。大学時代はイタリア研究会に所属し、ロマンにあふれた歴史や文化を学んだり、現地の遺跡を訪れたりするうちに、「将来はイタリアで仕事がしたい」と考えるようになりました。
また、大学2年生のころには海外経験を積むため、1年間、ニュージーランドに語学留学をしたのだそう。これをきっかけに、「日本人としてのアイデンティティに向き合うことになった」と柳生さんは話します。
「留学を通して、日本の文化には誇りをもっていることに気付きました。そして、『将来は大好きなイタリアで、日本の文化を発信する存在になりたい』と思ったんです」
そしてあるとき、現地の知人から、「イタリアのお米を使ってSAKEを造ればいいじゃないか」とアドバイスをもらいます。実は、イタリアはヨーロッパでも随一の米どころ。イタリアの名産品と日本の伝統文化のコラボレーションに、柳生さんは大きな可能性を感じたといいます。
こうして、「イタリアにSAKE醸造所をつくる」という夢を描きはじめた柳生さん。最初のステップとして、まずは国内で酒造りを学ぼうとリサーチを進める中で、山口県の新谷酒造がイタリアのお米で酒造りをした経験があることを知りました。
「2015年のミラノ万博に合わせて、稲作が盛んなイタリア北部にある町・ビエラの町おこしとして、現地のお米で造った清酒を出品する企画があり、これに新谷酒造さんが手を挙げたそうです。
イタリアには酒造りのための精米技術がないので、コイン精米をしただけの低精白米で酒造りをしたと聞きました。イタリアのお米の性質を学ぶには新谷酒造さんしかないと思い、蔵元の新谷義直さんに『働かせてほしい』とお願いしたんです」
柳生さんからの突然のオファーに、新谷さんは酒造りの厳しさを伝えつつも、「造りが始まるのは10月だから、来るならその時期からがいいだろう」と受け入れてくれました。
当時、柳生さんはまだ都内にある大学の4年生でした。ただ、ゼミの先生に相談したところ、卒業論文以外の単位をすべて取得していたこともあって、「行ってこい」と背中を押してもらえたといいます。
柳生さんは住んでいたアパートを引き払い、10月から山口県で見習い修行を開始。4月からは正式に採用され、新谷酒造で酒造りを学んでいきました。
ひとりで掲げた夢はふたりのものに
穴見さんが酒造りを始めたのは、柳生さんと同じころのこと。ドイツでのサッカー留学から帰国し、「これから日本でなにをしよう」と迷っていたときに、中学校の同級生である柳生さんが「イタリアで酒造りをする」という夢を掲げていることを耳にします。
「その情熱に感化され、『いっしょにやりたい』と伝えたのですが、柳生は乗り気ではありませんでした」(穴見さん)
「本気なのか、冗談なのか、わからなかったんです。海外で事業を立ち上げるのは大変なことですし、ひとりの人生を背負うことになるわけですから、簡単に『いっしょにやろう』とは言えませんでした」(柳生さん)
そこで、真剣さを証明するために、穴見さんもまた酒蔵での修行を決意。1年目には広島県の酒蔵に勤め、その後は新潟県の阿部酒造で酒造りを学びます。当時の阿部酒造では、LIBROMと同じ「その他の醸造酒」を造る、WAKAZE(東京都世田谷区)杜氏の今井翔也さんや、haccoba(福島県南相馬市)代表の佐藤太亮さんも働いていました。
本気で酒造りに取り組む穴見さん。その姿を見た柳生さんは、穴見さんの思いを理解し、「ふたりでイタリアにSAKE醸造所をつくろう」と約束を交わしました。
そのころ、柳生さんが勤めていた新谷酒造は、新谷さん夫婦がふたりで経営していて、当時は山口県内で一二を争うくらい小さな酒蔵でした。
2シーズン目の造りを終えたころ、新谷さんは「次年度も継続してもいい」と伝えつつも、「もっと規模が大きな蔵を見たほうが勉強になるのではないか」とアドバイスをくれたそうです。
そのタイミングで、柳生さんのもとにあるニュースが舞い込みます。"酒造りの神様"と呼ばれる農口尚彦(のぐち なおひこ)杜氏が現役に復帰し、新たにオープンする酒蔵・農口尚彦研究所の蔵人を全国から募集するというのです。
新谷さんのアドバイスもあり、「これは絶好のチャンス」と感じた柳生さんは応募を決意。しかし、面接で「3年で辞めて独立します」と正直に伝えたところ、農口さんに「酒造りは10年かけてようやく一人前になれる世界だ」と顔をしかめられてしまったといいます。
それでも、「普通の人が10年で一人前になるなら、僕は3年で一人前になります」と言い切った柳生さん。面接が終わったあとには「失敗したかもしれない」と不安が大きかったそうですが、なんと結果は合格。晴れて、農口杜氏のもとでの修行が始まりました。
2020年、柳生さんは農口尚彦研究所、穴見さんは阿部酒造で3年目を迎え、いよいよイタリアでのSAKE醸造所の建設を本格的に考え始めた矢先、世界中で新型コロナウイルス感染症が拡大してしまいます。ふたりの夢に大きな壁が立ちはだかりました。
結局、「今は行くタイミングではない」と判断したふたりは、イタリアへ旅立つまでの準備期間として、地元である福岡県に醸造所をオープンすることを決意します。
石川県と新潟県、別々の酒蔵で酒造りをしながら、電話で事業計画を練っていったふたり。3シーズン目の酒造りを終えたあと、6月に福岡県へ帰り、7月に株式会社LIBROMを創業しました。
日本酒文化を身近にする、街中の醸造所
「LIBROM」という社名は、穴見さんが好きな「自由(Liberta)」と、柳生さんが好きな「ロマン(Romanzo)」というふたつのイタリア語を組み合わせた言葉です。
「遺跡の多いイタリアに憧れた理由もそうですが、小さいころから海賊や冒険など、ロマンを感じるものが好きでした。日本酒は、日本人の繊細さを詰め込んだような複雑な技術によって、はるか昔から造られてきた飲み物。それを世界に広めることに大きなロマンを感じています」(柳生さん)
創業してからは、「思い出そうとしても記憶がない」というほど目まぐるしい日々が始まります。金融機関での資金繰り、物件探し、製造免許の申請などが並行して進んでいきました。さらに、製造免許を申請するには販売先が決まっている必要があるため、まだ商品のない段階から酒販店をまわり、取引の相談もしなければならなかったのだそう。
また、若い人たちにも気軽に訪れてもらおうと、街の中に醸造所をつくり、バーも併設しようと考えていたことから、条件に合う物件探しにも苦労します。
「良い物件はいくつかあったものの、酒造りや飲食店の併設を許可してくれるところはなかなかありませんでした。最終的に決まった今の物件はもともと事務所だったのですが、オーナーさんがとても協力的で、飲食店の営業ができるように許可を取ってくれたんです」(柳生さん)
なんとか物件が決まり、ようやく醸造所の整備がスタート。時には自分たちで内装工事をすることもあったといいます。醸造所のスペースは10坪とコンパクトですが、絶対に譲れなかったのは麹室を設置することでした。
「麹造りを外部に委託している醸造所もありますが、僕は農口さんから『麹は酒造りの命』と叩き込まれました。酒質の設計は麹から始まるものであり、酒母を生かすも殺すも、醪(もろみ)を生かすも殺すも麹次第だと。醸造スペースには場所を取れなかったので、結局、小さな別室を麹室にすることになりました。
ただ、1回の引き込みで8kgしか造れないので、1本のタンクを仕込むのに必要な20kgの麹を造るためには、3回も同じことを繰り返さなければいけません。1回の麹造りに洗米作業も含めて4日間かかるので、12日間は麹造りに割くことになる。正直、大変ではありますね」(柳生さん)
"副原料"という強みを活かす
LIBROMは、「若者や日本酒に馴染みのない人でも気軽に飲めるお酒」というコンセプトのもと、副原料にエディブルフラワーやフルーツ、ハーブを使ったSAKEを造っています。
無色透明で背の低いボトルは、一見すると蒸留酒のよう。日本酒のイメージを払拭し、かつ、冷蔵庫で保管しやすいサイズにするのがねらいだとか。
原料米は、福岡県産の山田錦と夢一献(ゆめいっこん)の2種類を使い分けています。また、イタリアでの酒造りを想定して、掛米にはコイン精米をした精米歩合92%のお米を使用しているのだそう。
「阿部酒造では、低精白のお米でもおいしいお酒が造れていたので、たくさん磨くことに対して大きなメリットは感じていません。副原料としてフルーツやハーブを加えるので、むしろ、お米の旨味が残る低精白のほうが良いと思っています」(穴見さん)
現在、日本酒の製造に必要な「清酒製造免許」の新規発行は原則認められていないため、すでに免許を持っている酒蔵からの譲渡などを受けない限り、新規の醸造所は日本酒(清酒)を造ることができません。
そのため、新しく立ち上げられた醸造所では、醪を搾らずにそのまま瓶詰めする「どぶろく」や、日本酒の醸造工程に副原料を加える「その他の醸造酒」を造っています。
当初、LIBROMでは、副原料としてエディブルフラワーのみを加えていました。その理由を尋ねると、「日本酒らしさを残したかったから」と話す柳生さん。法的に日本酒と呼べる商品は造れないながらも、目立たない素材を使うことで、できるだけ日本酒に近い味わいにしたいと考えていたそうです。
ところが、柳生さんは、このときの考え方を「自己満足だった」と反省します。
「はじめは興味本位で買っていただきましたが、リピートはしてもらえませんでした。LIBROMのお酒は500mLで2,500円と、一般的な日本酒よりも高めです。たとえ日本酒のようにおいしくても、安くておいしい日本酒はたくさんあるので、特徴がないと買ってもらえないのだと思い知らされました。
酒屋さんからも、『副原料を加えられるのは日本酒にはない強みだ』とアドバイスをいただいたので、副原料の味わいをしっかり出すほうに方向転換したんです」
副原料を入れるなら、その特徴をわかりやすく出したほうがいい。そう学んだふたりは、エディブルフラワーに加えて、風味が出やすいフルーツやハーブも使うようになりました。
現在は、毎月新しいフレーバーのSAKEを造りながら、人気が高い商品を再び造るというサイクルで製造しています。
これまでにもっともリピートされている商品は、レモンバーベナというハーブを使った「VERBENA(ベルベーヌ)」。また、3月にリリースした、福岡産あまおうを使った「FRAGOLA(フラゴーラ)」も大好評だったといいます。
「『FRAGOLA』は、ねらいどおりの味わいを出せた商品です。最初は冷凍のいちごを使い、2回目の造りでは収穫したてのいちごを使ったのですが、冷凍のほうが少ない量でもしっかりと味わいが出たんですよ。生産者の方に聞いたら、『冷凍されるのは完熟したいちごだからではないか』と言われて、ただ旬のものを使えばおいしくなるわけではないのだと勉強になりました」(穴見さん)
副原料を加えるSAKEならではの魅力について、柳生さんは「熟成すると味わいが変わること」と話します。
「8種類の九州のフルーツで『九州サングリア』という商品を造ったとき、フルーツをたっぷり入れているのに、できたてを飲んでもあまりフルーツの味がしなかったんです。ただ、2〜3カ月後に飲んでみたら、ミックスジュースのようなフルーツの香りが広がっていて。熟成によって大きく味わいが変わるのはおもしろいですし、まだまだ可能性があると感じています」
現在、LIBROMでは、地元のフルーツ農家とコミュニケーションを取り、生産者の想いや背景にあるストーリーをSAKEに反映させる取り組みを進めているのだとか。副原料の可能性を探求すべく、ふたりは試行錯誤を続けています。
「おいしい」と微笑んでくれる瞬間のために
LIBROMは街中にあるうえに、インテリアがカフェのようにも見えることから、醸造所だと気付かずに訪れる人も多いのだとか。この敷居の低さは、「日本酒に馴染みがない人の入り口になりたい」というふたりの思いの表れです。
「まだ日本酒を飲んだことがない人や、ネガティブなイメージをもっていた人が、『おいしい』と微笑んでくれる瞬間が本当にうれしいですね。『日本酒は苦手だったけど、これなら飲める』と言ってくれるお客様も多いですし、『お酒が弱い友達がいるけど、これなら飲めるかも』と、友達を連れてきてくれるケースもあります」(柳生さん)
実は、柳生さんも穴見さんも、お酒に弱い体質。だからこそ、お酒を飲めない人の気持ちや、味わいの感じ方がよく理解できるといいます。
「自分があまり飲めないぶん、お客様の意見を取り込んで酒質を設計しています。そうして造ったお酒がお客様の好みと合致したときは、本当にうれしくてモチベーションになりますね。自分が飲むためではなく、人を喜ばせるためにお酒を造るのが楽しいんです」(穴見さん)
ただ、日々の業務でそうした喜びを感じる一方で、もともとの夢であるイタリアでのSAKE醸造所の建設を叶えられていないことには、なんとも言えない歯がゆさを感じているといいます。
「同じSAKE醸造所であるWAKAZEやhaccoba、稲とアガベ醸造所といった方々は、経営者としても優れていると感じますが、僕はもともと経営者肌ではなく、ただ酒造りがしたいだけなんです。でも、LIBROMを立ち上げたからには、穴見に酒造りを任せて、僕は経営に携わらなければなりません。正直、『いつイタリアに行けるんだろう』と葛藤することはあります」(柳生さん)
いつかイタリアに酒蔵をつくって、酒造りをしたい。そんな情熱を燃やし続けるふたりは、いま国内でできることとして、イタリアのお米で酒造りを行う「Road to Italy」というプロジェクトを始めようとしています。現在、お米の輸入手続きを進めていて、2022年内には試験醸造をスタートさせる予定です。
2021年に酒造りを始めてから、今年で早1年。酒質や環境について試行錯誤を重ねた福岡での経験が、必ずイタリアでの酒造りに活かされるはずです。
(取材・文:Saki Kimura/編集:SAKETIMES)