オーストラリアのシドニーで、2022年から毎年開催されている日本酒コンテスト「Australian Sake Awards」。
この日本酒コンテストを立ち上げたのは、オーストラリアで訪日観光プロモーションや日本産食品・酒類のオーストラリア進出支援などを行う「JAMS.TV」という企業です。オーストラリアの日本酒市場としての大きな可能性を信じ、品評会を通してその成長を促すことを目指しています。
この記事では、本コンテストの主催者や現地の日本酒専門家、そして実際に出品している酒蔵の話を通して、オーストラリアの日本酒市場の現状や、Australian Sake Awardsの魅力に迫ります。
成長し続けるオーストラリアの日本酒市場
日本酒造組合中央会によると、日本酒輸出の国別ランキング(2023年)において、オーストラリアは数量が10位、金額が8位となっています。また、財務省貿易統計によれば、2019年から2022年にかけて数量は約1.7倍、金額は2倍以上に伸長。2023年はコロナ期間の急成長の反動で落ち着きましたが、その熱気はまだ続いています。
「オーストラリアは、コロナ禍のロックダウン期間が世界でもっとも長かったので、この期間に酒類のテイクアウトやオンライン販売の需要が拡大しました。日本酒専門のインポーターも急増し、日本酒を扱う酒販店や和食以外のレストランが増えてきています」
そう話すのは、Australian Sake Awardsを運営するJAMS.TVの取締役社長である遠藤烈士(えんどう・つよし)さん。遠藤さんは大の日本酒好きで、オーストラリア国内の日本酒情報を集約するために、2018年に「Sake News」というウェブメディアを立ち上げました。
「現在、オーストラリアに流通している日本酒は1,400〜1,500種類ほど。自家醸造も流行していて、個人が造ったお酒の品質を競うコンテストも開催されているほどです」
「Australian Sake Awards」とは?
「Sake News」を通してさまざまな宣伝活動を手掛けていた遠藤さんは、オーストラリアで行われる日本酒イベントのほとんどが、開催規模が小さいうえに充分な集客ができていないという課題に気付きます。
「オーストラリアの日本酒市場を成長させるには、現地で大きな仕掛けをつくらなければならない」という使命感から、コロナ禍が明けた2022年に、日本酒のコンテスト「Australian Sake Awards」と試飲イベント「Australian Sake Festival」を立ち上げました。
「市場を広げるためには、輸入業者・卸業者・小売店・飲食店などの販売者と消費者の教育が必要だと感じました。そこで、販売者向けにAustralian Sake Awards、消費者向けにAustralian Sake Festivalを立ち上げたんです」
「Australian Sake Awardsでは、ソムリエや酒販店・飲食店のスタッフ、日本酒資格の保有者、輸入業者・卸業者などが審査員を務めます。事前に講習やテストを行い、品評会を通して日本酒に真剣に向き合う時間をつくることで、販売者としてのスキルアップを目指しています。
2023年からは酒類総合研究所に協賛していただき、日本国内の専門家をゲスト審査員としてお招きして、他の審査員を対象に講習をしていただきました」
初年度から2年間は特定名称ごとに部門を分けていましたが、2024年度は「オーストラリア市場で好まれるかどうか」をより重要視し、新たな評価方法が導入されました。
ひとつは、香りや味わいを審査する「カテゴリー別基本審査」。もうひとつは、オーストラリアの一般的な家庭料理との相性を審査する「フードマッチング審査」です。
カテゴリー別基本審査
- 審査カテゴリー:
- Fruity/Floral(フルーティ・フローラル)部門:果実や花を思わせる香り、バランスのとれた甘味、口に含んだ時に続く果実味などの特徴がある日本酒が対象。
- Elegant/Clean(エレガント・クリーン)部門:デリケートな香り、クリーンな味わい、骨格がありつつも穏やかな後味などの特徴がある日本酒が対象。
- Savoury/Full bodied(セイボリー・フルボディ)部門:香ばしい香りがある、果実味は少なく旨味がある、バランスのとれた骨格のあるフルボディの日本酒が対象。
- Mature/Complex(マチュア・コンプレックス)部門:他のカテゴリーに当てはまらない、フルボディで複雑味のある日本酒や、大胆な風味のある日本酒などが対象。複雑さだけでなく、味わいの調和も求められる。
- Sparkling(スパークリング)部門:スパークリング日本酒が対象。
フードマッチング審査
- 審査カテゴリー:
- Cooked prawns(ボイルされた赤エビ)
- Charcuterie board:cheddar, brie, salami, olives, crackers(チーズ、サラミ、オリーブなどの前菜の盛り合わせ)
- Pizza margherita(ピザ・マルゲリータ)
- BBQ aussie beef steak with salt and pepper(オージービーフステーキBBQ 塩胡椒味)
- Grilled salmon butter and lemon(サーモングリル レモンバター味)
「オーストラリアの人々にとって、自分自身で日本酒を選ぶのはまだ難しい。消費者にもっと寄り添うにはどうすればいいかを考えながら、オーストラリアならではの審査基準・方法を模索しています」
「日本酒コンテストというと、単体でおいしいお酒が評価されやすいですが、食中酒として自信がある酒蔵には、フードマッチング審査にエントリーしていただきたいです。実際、今年度はカテゴリー別基本審査で選外になった日本酒がフードマッチング審査で受賞するというケースが多く見られました」
消費者に寄り添い変化し続けるコンテスト
オーストラリアの日本酒市場についてさらに詳しく知るため、現地の日本酒専門家であるシモーヌ・メイナードさんに話を聞きました。Australian Sake Awardsでは審査員を務めるだけでなく、専門家の視点から運営をサポートしています。
「ここ10年ほど、日本はオーストラリアにとってもっとも人気の旅行先になっています。時差がほとんどなく、距離も近いのに、文化がまったく違うという点が理由です。現地で日本食や日本酒を気に入った人たちが、オーストラリアに戻ってきてからも楽しむという流れが生まれています」
日本政府観光局(JNTO)によれば、2023年のオーストラリア人の訪日観光客は61万人で、国別のトップ10にランクイン。さらに観光庁のデータによると、滞在日数もトップクラスで、観光客一人あたりの消費支出金額は世界1位です。
「日本酒を扱う輸入業者が増え、品質の高い商品がたくさん国内に入ってきているので、従来の『日本酒は悪酔いする』といった誤解も解けてきました。日本のエッセンスを取り入れた高級レストランが日本酒を提供するなど、イメージは向上しています」
シモーヌさんは、そんなオーストラリアの日本酒市場におけるAustralian Sake Awardsの魅力を「消費者のニーズに合わせて変化しているところ」と評価します。
「2024年から、審査部門を特定名称別ではなく香りや味わいのタイプ別に変えた点や、食事とのペアリングの審査を入れたことには大きな意味があります。
オーストラリアにおいて日本酒は高級品なので、『わからない』と思われてしまうと、より安価なワインにお客さんが流れてしまう。お客さんが自信をもって日本酒を楽しむためには、消費者が親しみをもてるようなアプローチをすることが重要なんです」
出品酒蔵の声①:旭酒造「東洋と西洋をつなぐ重要な存在」
実際にAustralian Sake Awardsに出品している酒蔵は、どのような点に魅力を感じているのでしょうか。「獺祭」の旭酒造(山口県)と「七賢」の山梨銘醸(山梨県)に話を聞きました。
「オーストラリアへの輸出は10年以上前から取り組んでいますが、売上は少しずつ上がってきています。弊社の輸出先のなかでは中堅くらいですが、着実に伸びていますよ」
そう話すのは、旭酒造の代表取締役社長 桜井一宏(さくらい・かずひろ)さんです。
「品評会はあくまでもきっかけをつくるもので、そこから地道に市場を掘り起こしていかなければならない」という考えから、日本酒コンテストにはあまり出品していませんが、オーストラリアの日本酒市場に対する期待から、Australian Sake Awardsには初年度から参加しているといいます。
「オーストラリアは東洋と西洋の中間で、それぞれを繋げる存在です。多民族国家で、日本文化を過剰にオリエンタルなものとして受け入れるのではなく、さまざまなカルチャーのひとつとして捉えている。
『獺祭』は主にアジア圏では高く評価されていますが、世界中に広めるためにはもう一歩踏み込んで伝えていかなければなりません。そのきっかけとして、オーストラリアに期待しています」
桜井社長は、まだまだ発展途上の市場において、Australian Sake Awardsの「カテゴリー別基本審査」や「フードマッチング審査」には大きな意義があると評価します。
「品評会はプロフェッショナルだけでなく、一般のお客さんに知ってもらうための機会でもあります。『日本酒には、寿司や天ぷらなどの和食を合わせるもの』と考えてしまう人たちに、現地の食事との相性を伝えたいと思いつつも、酒蔵だけでは力不足を感じることもあるので、このような機会は重要ですね」
2023年には、Australian Sake Awardsと連動して開催されるAustralian Sake Festivalにも参加。そこで桜井社長は、参加者の購買意欲に驚かされたと話します。
「『獺祭 磨きその先へ』はオーストラリアでは約5万円と高額になってしまうんですが、2人組の女性が試飲して『2本買う』と購入を即決したのは驚きました。海外のイベントでは試飲するだけで購入しないケースもたくさん見てきたので、Australian Sake Festivalの高い購入率は興味深いですね」
出品酒蔵の声②:山梨銘醸「酒蔵に勇気を与えてくれた」
「七賢」の山梨銘醸では、コロナ禍の以前からオーストラリアへの輸出をスタートし、コロナ禍の以後、さらに注力し始めました。現在、25ヶ国に輸出していますが、「オーストラリアは、これから拡大する可能性が高い魅力的な市場だと感じています」と、代表取締役社長の北原対馬(きたはら・つしま)さんは話します。
「まずは、海に囲まれた国なので海産物が豊富で、日本酒との相性が良い食べ物が多いこと。次に、同じ醸造酒であるワインに対する造詣が深く、日本酒の価値を理解してもらいやすいこと。
さらに、北半球と南半球で日本と季節が逆転しているため、日本への観光客が多いこと、現地の学生が学ぶ第二外国語に日本語の選択肢があるため、若い世代が日本文化に愛着があることなど、さまざまな要因があります」
そのうえで、Australian Sake Awardsの魅力について、「評価の基準が日本に近い」という点を挙げました。
「海外のコンテストでは、個性的な日本酒が選ばれることもありますが、Australian Sake Awardsは日本の評価基準が尊重されていると感じます。今年、Australian Sake Festivalに初めて参加しましたが、若い世代の参加者が多く、熱気にあふれていました。しかも、酔うために来ているのではなく、購入率も購入額も高いんですよね」
Australian Sake Festivalについて、「参加した酒蔵は勇気をもらったのではないでしょうか」と振り返る北原さん。経済的にも毎年インフレが進み、熱心な輸入業者が多いオーストラリアを、中長期的な成長が期待される市場として見ています。
「Australian Sake Awards」のこれから
さらなる発展に期待が高まるAustralian Sake Awardsでは、実際に受賞酒の売上が伸びるといった効果も出ているそうです。例えば、2024年のカテゴリー別基本審査で高く評価された長野県の日本酒が、受賞をきっかけにオーストラリア人の観光客の需要が高まり、地元のホテルなどで仕入れが拡大したという話もあります。
最後に、Australian Sake Awardsの展望について、遠藤さんに語っていただきました。
「オーストラリアは人口が増加していて、アジア人に対する差別もなく、国民の可処分所得も多い国です。日本酒への理解が進んでいるので、これから大きく成長する可能性にあふれています。
今後も日本酒コンテストとしての審査の基準や方法などを改善し、オーストラリアで日本酒を提供する人や飲食店も表彰するなど、国内市場を盛り上げられるような仕組みをつくっていきたいです」
日本酒市場としてのポテンシャルにあふれているオーストラリア。Australian Sake Awardsは、現地の売り手に寄り添いながら、飲み手にとってわかりやすい提案をすることで、オーストラリアの人々が日本酒をもっと好きになる未来を実現しようとしています。
(取材・文:Saki Kimura/編集:SAKETIMES)