富山県南西部に位置する五箇山は、急峻な山々と深い谷が続く山峡の地。冬場の積雪は2メートルを越えることもある豪雪地帯です。
昔ながらの生活が色濃く残るこの地域は菅沼集落と呼ばれ、点在する合掌造りの家々は、1995年にユネスコの世界遺産に登録されました。
そんな日本の原風景が広がる五箇山エリアで唯一の酒蔵が、1880年創業の三笑楽(さんしょうらく)酒造です。
楽しく笑って呑むお酒
銘柄でもある特徴的な「三笑楽」という名前は、中国「廬山記」の故事・虎渓三笑から名付けられたとのこと。
中国は晋の時代。ある僧が二度と里に戻るまいと誓い山にこもり、三十有余年経ったある日のこと。2人の友人が庵を訪ねて来て、3人は共に酒を酌み交わし語り合った。友の帰路を見送るうち、僧が里との境である「虎渓」をいつの間にか渡ってしまい、それに気付いてた皆は大笑いした。
引用元:三笑楽酒造公式HP
お酒は楽しく笑って呑んでいただきたい。そんな思いが込められているそうです。
楽しんでもらうために、楽しんで造る
酒蔵を案内していただいたのは、代表取締役杜氏の山崎英博さん。例年、10月中旬ごろから始まる仕込みは、3人という少数精鋭で行うとのこと。
仕込み水には、雪崩から集落を守るために植えられた、ブナの原生林から湧き出す清水を使用しています。五箇山の厳しい気候風土によって育まれる、まさに秘境の地酒です。
発酵中の仕込みタンクの中では、醪がぷつぷつと育っていて、思い切り息を吸い込むと甘いバナナ様の香りが広がります。山崎さんは酢酸イソアミル系の香りが好みだそうで、バナナ様の香りをつくる酵母を選ぶことが多いそうです。
飲んでみると、旨みがたっぷりの味わいで、実に滋味深く長い余韻が楽しめます。心地よい酸味もあるので、中華料理や肉料理など、油分の多いメニューとあわせても相性がよさそうです。
昔ながらの手作業を大切にしながら、必要に応じて現代のテクノロジーも活用し、美味しいお酒に仕上げる。飲み手に楽しんでもらうために、杜氏自身も酒造りを楽しんでいる。そんな印象を持ちました。
地元から愛されている「三笑楽」
昨年の冬は、熱烈な日本酒ファンである女性が助っ人として蔵に入り、例年よりもスムーズに作業が進んだそうです。しかも、三笑楽酒造の造りに女性が参加したのは、創業以来、約140年の間で初めてのことなんだとか。平成最後の仕込みが、令和における日本酒時代の幕開けを暗示しているようにも感じました。
富山県内での消費が生産量の80%を占めているそうで、地元から深く愛されている「三笑楽」。東京では「日本橋とやま館」にて試飲と購入ができるので、ぜひ一度足を運んでみてはいかがでしょうか。
(文/沼田まどか)