日本酒・ワイン・チーズを中心とする、酒類と食の専門知識を提供している専門校「インフィニット・酒スクール」主催の「日本酒トークバトル」。新政酒造の佐藤祐輔さん、せんきんの薄井一樹さんに加えて、彼らがトークをしてみたい蔵元をゲストに迎えるトークイベントです。
第4回目となる「日本酒トークバトル令和元年」のゲストは、「七本鎗」を醸す冨田酒造の冨田泰信さん。450年以上の歴史を誇る酒蔵の15代目を務めています。
せんきんは木樽や生酛での造りに取り組み、米の栽培から酒造りまでの全行程を自社で行う「ドメーヌ化」にいち早く着目した酒蔵。新政酒造は、すべての銘柄に自社が発祥の酵母「きょうかい6号」を使用し、秋田県産米のみを使った生酛造りの純米酒で、唯一無二の味わいを追求しています。
日本酒業界を牽引する存在の3人から、どのようなトークが繰り広げられたのでしょうか。イベントの様子をお伝えします。
試行錯誤を重ねた、30BYの酒造り
まずは、平成30BY(醸造年度)の造りについて。佐藤さんは「あまり上手くいかなかった」と話します。
新政酒造は、全量を秋田県産米で醸しています。しかし、今年の米の生産量が15%下がったことから量が足りなくなり、精米歩合を高くすることに。60%を65%に、50%を55%に変更しました。
また、65%精米の「田中六五」を醸す白糸酒造の田中さんと交流があるという佐藤さん。65%精米に挑戦してみたかったことも精米歩合を変更した理由のひとつだそう。
しかし、60%と65%の違いは数字以上に大きく感じられ、麴造りには苦労したといいます。蓋麹法に変更したこともあり、さらなる人員が必要でした。米を蒸す際には新しく蒸籠を導入しましたが、コツをつかむまでに時間がかかったとのこと。さまざまな問題に取り組みながらの30BYだったようです。
冨田酒造も米不足に悩まされたそう。台風によって契約農家が打撃を受け、蔵の屋根が壊れるという被害も。
そんななか、新しく挑戦したのは生酛造り。冨田さんは「山廃はこれまでもやってきました。でも、山廃と生酛ではこんなにも酸の量が違うのかと驚きました」と話します。
また、働き方改革を意識し、正月休みを取り入れたことも大きな出来事です。
酒蔵での仕事は決まった休みが取りづらく、醪の発酵も予定通りに進むとは限りません。しかし、12月に搾りを終えられるようにスケジュールを調節し、正月休みを取れるようにしたとのこと。今後、若い世代が酒蔵で働く環境を整えるためには、とても重要な改革のひとつです。
一方、順調に造りが進んだのはせんきん。
30BYの「仙禽」は、乳酸が際立つ味わいの「クラシックシリーズ」をすべて生酛造りにしたのが大きな変化でしょう。これにより、「クラシックシリーズ」は生酛、リンゴ酸が際立つ味わいの「モダンシリーズ」は速醸と、2つの違いをより明確にすることができたといいます。さらに、精米歩合も変更されました。
「衛生管理をきちんとすればするほどお酒が綺麗になっていく。黙っていても綺麗な酒ができるんです。すると、米を磨きすぎるとかえって味が乗りません。だから、米をあまり磨かないようにしました」(薄井さん)
冨田酒造と同じく、働き方改革にも取り組んだようで、週休2.5日は確実に取れるようにしたとのこと。これにより、スタッフに余裕が生まれて、仕事に対するモチベーションも上がったといいます。
3人は、令和1BYの造りについても話してくれました。
佐藤さんは、「蓋麹法にしたことで、麹室も蓋麹法に特化したスタイルに変更しました。さらに作業がしやすくなると思います。また、扁平精米ができる精米機も導入予定です」と、設備投資に意欲的な様子。現在は全体の半分を木桶で仕込んでいますが、さらに13本の木桶を購入するそう。これにより、ほとんどが木桶仕込みになります。
せんきんでも木桶を6本追加する予定で、蔵を改造している最中だそう。「動線も確保されて、さらに作業効率が良くなると思います」と、薄井さん。
冨田さんは「無農薬米で生酛を仕込みたい」と話します。滋賀県は減農薬が基本ではありますが、無農薬米にこだわった造りに意欲的な様子でした。
日本酒文化は成長途中
続いて、話題は"日本酒ブーム"に移ります。近年、日本酒ブームが起きていると取り上げられるなかで、3人はどのように感じているのでしょうか。
「日本酒がブームだと言っているのはメディアであって、僕たちが起こしたわけではありません。ただ、その流れを牽引したのは『獺祭』です。そのおかげで日本酒を飲む人は増えて、美味しいと思った人がファンになってくれている」と、佐藤さん。「獺祭」の桜井博志会長が残した功績は、業界にとって大きな財産だと感じているそう。
一方、海外にも日本酒が広がりつつあります。海外への展望について、ベトナムから戻ってきたばかりの薄井さんは、「イタリア、フランス、ベトナムの日本酒へ対する考えはまったく違います。新しい文化をつくっていくのは時間がかかりますね」と話します。海外で日本酒を広める難しさを実感しているようです。
冨田酒造では、2005年からアメリカへ輸出を開始しました。冨田さんは、「当時よりはずっと理解されている」と話します。レストランでしか飲まれていなかったのが、自宅で飲んでくれる人も増えてきたと感じているそう。
「クラフトサケブルワリーも増えてきて、南部美人さんが講習に行ったりしています。そのような動きが大きくなれば、日本酒が海外に定着するのではないでしょうか」(冨田さん)
ヴィンテージが、日本酒に新たな価値を与える
ワインやウイスキーと同じく、日本酒にもヴィンテージという価値が取り入れられるようになってきました。ヴィンテージについては、どのように考えているのでしょうか。
冨田酒造では、2010年からヴィンテージ日本酒「七本鎗 山廃純米 琥刻(ここく)」の造りを開始。2010~2015年(22BY~27BY)の6年分がそろってから、一斉に発売しました。冨田さんは、「ヴィンテージの価値が広まってほしいし、長い年月を感じながら飲んでほしい」と話します。
10度で保存しており、熟成期間は10〜20年と長期で考えているそう。残糖が少ないのも熟成向きだといいます。
「時の経過には憧れがある」と話すのは、ワイン好きの薄井さん。せんきんもヴィンテージに挑戦中で、10年前の日本酒を保存しているそう。蔵を改造中ということもあり、現在の麹室は熟成用のカーヴにする予定だとか。
佐藤さんは、「熟成向きの酒を造らなければいけないですが、今は冷蔵庫も少ないので、保存場所の確保も難しいのが現状です」と話します。
しかし、2013年と2014年に造ったものが美味しかったため、試験的に熟成させているそう。また、貴醸酒は熟成に向いているということもあり、2009年に造った貴醸酒「紫八咫(むらさきやた)」も熟成中とのこと。
設備などの条件によって制限はあれど、それぞれの蔵がヴィンテージに積極的。日本酒業界でもヴィンテージが当たり前になる日は近いかもしれません。
それぞれが目指す酒とは
質疑応答の時間には、「将来、どんなお酒を造っていくのか」という質問が寄せられました。
冨田さんは、「トレンドになるようなお酒ではなく、米の味がありつつ、抜け感のあるお酒を目指しています。そのような味わいのお酒が、長く愛されると思うんです」と話します。これを基本に、熟成などにもどんどん挑戦していきたいとのこと。
10年前から今の「仙禽」をスタートさせた薄井さんは、「最初はやんちゃな酒とか、変態酒とか言われました」と、当時を振り返ります。
「1回の造りの期間で、本当に自分が美味しいと納得できるのはタンク1本ほど。その味を忘れず、ブレない造りをしていきたいですね」
「やることは決まっているんです」と話すのは佐藤さん。使用する米はすべて無農薬で自社栽培し、全量を木桶で仕込む。これを成し遂げることが当面の目標だそう。また、「新政」に特徴的な酸は大事にしていきたいとのこと。
そして、1BYはがらりと味わいを変えるといいます。
「ほかの蔵は味に統一性を持たせていますが、あえてその逆を進もうかと考えています。うちは大きく味を変えても、お客様が楽しんでくれる気がするんです」
イベントの後には、参加者同士で意見を交換する姿もありました。これからの日本酒業界を担う3蔵の本音が聞ける「日本酒トークバトル」をきっかけに、日本酒そのものはもちろん、業界に対する理解が深まれば、お酒をさらに楽しめるようになるはずです。
次回はどのようなメンバーで開催されるのか、今から期待が高まります。
(文/まゆみ)
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