トークイベント「若手蔵元トークバトル2018」が、7月に都内で開催されました。

主催したのは、日本酒・ワイン・チーズを中心とする酒類と食の専門知識を提供する専門校「インフィニット・酒スクール」を運営する菅田ゆうさん。せんきんの11代目・薄井一樹さんと、「『新政』の佐藤祐輔さんといっしょにイベントをやろう」という話になり、2016年に第1回の開催が実現しました。

「若手蔵元トークバトル2018」のステージ風景

2回目からは「仙禽」の薄井さんと「新政」の佐藤さんに加えて、彼らがトークしてみたい蔵元をゲストに迎えています。

第3回となる今回のゲストは「而今」を醸す木屋正酒造の大西唯克さん。もともと、薄井さんや佐藤さんと親交が深く、「日本酒業界を少しでも良くしたい」という思いで、参加が決定したそうです。

木屋正酒造の創業は1818年。代表銘柄「而今」は、大西さんが2005年に蔵へ戻ってから立ち上げたブランドです。「仙禽」のせんきんは、木樽や生酛での造りに取り組み、米の栽培から酒造りまでの全行程を自社で行なう「ドメーヌ化」にいち早く着目した酒蔵。新政酒造はすべての銘柄に、自社が発祥の「きょうかい6号」という酵母を使用し、秋田県産米のみを使った生酛造りの純米酒で、唯一無二の味わいを追求しています。

これからの日本酒業界を引っ張っていく3蔵元から、どんな話が飛び出すのでしょうか。

酒蔵にとっての「ブランド」とは

平成29BY(醸造年度)から生酛に挑戦しているという木屋正酒造。代表銘柄は「而今」ですが、創業当時の銘柄「高砂」を復活させたのです。"高砂部屋"と名付けられた3坪の部屋で仕込み始めましたが、最初の1本は失敗してしまったのだそう。その後、新政の佐藤さんから資料をもらったりアドバイスを受けたりしながら再挑戦し、2本目の造りで見事成功しました。

木屋正酒造の「高砂」

「高砂」(木屋正酒造/三重県)

「生酛造りに挑戦して良かったですね。微生物の移り変わりを実際に見ながら、日本酒のもつストーリー性を感じることができました」と大西さん。「高砂」は、次世代に続くようなブランドになってほしいと話していました。

新政酒造の「No.6」と「天蛙」

「No.6」と「天蛙」(新政酒造/秋田県)

新政酒造も数多くの新しいブランドを展開しています。

秋田県産の酒米にこだわった「Colors」シリーズ、6号酵母の魅力をダイレクトに表現した「No.6」シリーズ、そして「陽乃鳥」「亜麻猫」「天蛙」など、革新的な手法を用いて醸した「PRIVATE LAB」シリーズ。いずれもデザイン性の高いラベルでブランド力を高めています。なぜ、これほど多くのブランドを抱えているのでしょうか。

佐藤さんは「同じ銘柄名で『生酒』『火入れ』『生酛』などの種類があるのはわかりづらいと思って、造り方ごとにブランドを分けたんです」と話します。

株式会社せんきんの「仙禽 無垢」

「仙禽 無垢」(株式会社せんきん/栃木県)

薄井さんは「理想はブランドをひとつに絞ること。『仙禽はこれだ』という1本をずっと造り続けていく」と断言しました。同じものを造り続けることで、そのクオリティを毎年確実に上げていくことができます。それを追い求めることが理想であると語りつつ、現実的に難しい部分もあると話します。

「お客さんの要望に応えたい気持ちもある。杜氏が造ってみたいという酒もある。ただ、売上が立たなければ設備投資もできませんし、社員への給料が払えなければ、酒造りを続けられなくなってしまいます。そのためにも、ブランドを強くすることが必要です」と語ってくれました。

コンテストに出品するのは何のため?

市販酒のナンバーワンを決めるコンテスト「SAKE COMPETITION 2018」の「Super Premium部門」で金賞を受賞したせんきんの「醸」。コンテストや品評会の存在をどのように捉えているのでしょうか。

「重要視はしていません。ただ、ブラインドテイスティングの審査で評価されたことは、味を認めてもらえたという裏付けになります。何よりも、蔵人のモチベーションアップにも繋がりますね。弟(杜氏を務める真人さん)に受賞の報告をしたら、泣いて喜んでいましたから。自信にも繋がるでしょう」と、薄井さん。

「若手蔵元トークバトル2018」のステージ風景

木屋正酒造と新政酒造は、全国新酒鑑評会のみ出品しているのだそう。

「全国新酒鑑評会は"技能コンテスト"として捉えているので、技術的な部分を確かめて、専門家の客観的な意見を聞くために出品しています」と、大西さん。

佐藤さんは「コンテストに出すことはほとんどありません。全国新酒鑑評会のみ、技術的な評価を得るために出品していますが、金賞を受賞しても市販酒が売れていないという酒蔵も現状あるので、疑問も残りますね」と語ります。

「コンテストで優勝したお酒は、間違いなく美味しい」と、消費者が自動的に思い込んでしまうことを懸念しているようでした。

日本酒をどうやって売っていくか

インターネットが普及し、クリックひとつですぐ自宅に日本酒が届く時代。流通については、どのように考えているのでしょうか。

木屋正酒造の大西唯克さん

木屋正酒造が出荷するのは、地酒専門店のみ。

「きちんと温度管理をしてほしいので、それを守ってくれる酒販店のみですね。もちろん、自分もネットで何らかの商品を購入することがあるので、翌日に届くその便利さを実感しています。それでも、ネット販売は今のところ考えていません」

「活気のある酒販店は私たちの思いをお客さんに共有してくれます。そういう酒販店は大事なパートナーなので、10年後もいっしょに仕事をしているんだろうなと想像しますね」と、酒販店の担う役割が大きいことを語ってくれました。

新政酒造の佐藤祐輔さん

酒販店のネット通販をある程度許容している新政酒造ですが、「推奨しているわけではありません。インターネットで商品をカートに入れてクリックし、すぐに届いてしまう環境では、酒蔵のこだわりが伝わらないでしょう。酒販店にも、できればすべて手売りしてほしいと思っています」と、佐藤さん。

流通を考えるとき、まず最初にエンドユーザーのことを想像するのだとか。たとえば、「この酒販店にはこういうお客さんがいる。飲み方や味の好みはきっとこうだろう」というイメージが固まってくると、いろいろなアイディアが浮かんでくるそうです。

薄井さんも酒販店で購入してほしいと思っているようですが、「現在の流通は制御できないこともある」と受け入れている様子でした。

「酒販店やその先のお客様だけでなく、飲食店でどのように提供されているのかも含めて、すべてのことを考えなければいけません。国境を越えると、なおさら実情はわかりません」

流通のことに頭を悩ませるくらいなら、酒造りにかける時間を増やしたいと考える反面、実際はさまざまなことを考えなければならないというのが現状なんですね。

それぞれに聞いた、これからの目標

最後に、今年の酒造りについて、それぞれの目標を伺いました。

木屋正酒造の大西唯克さん

「生酛を極めていきたいです」と、大西さん。また、無色透明のスパークリング日本酒に挑戦したいとも話していました。「而今」のファンにとって、楽しみな1年になりそうですね。

新政酒造の佐藤祐輔さん

佐藤さんは「さらに原始的な造りに取り組んでいきたい」とのこと。木樽を新たに購入し、これで合計21本。製麹も、これまでの箱麹から蓋麹に変更するのだそう。蒸米を運ぶ作業についは、空気の力で米を飛ばすエアシューターを廃止し、自分たちの手で蒸米を運ぶ形にするようです。すべての工程に目が行き届くようになるため、さらに精度の高いお酒ができあがるかもしれませんね。

株式会社せんきんの薄井一樹さん

薄井さんも、木樽を2本購入すると話していました。クラシックシリーズの"木樽の生酛仕込み"を徹底し、モダンシリーズとしっかり区別していくのだそう。

新政酒造の佐藤祐輔さん、木屋正酒造の大西唯克さん、株式会社せんきんの薄井一樹さん

それぞれの酒蔵に、それぞれの思いがあり、それぞれの事情があります。しかし、日本酒業界を発展させていかなければならない使命感、良いお酒を造りたいという向上心、お客さんに喜んでもらいたいという思いは共通しているのだと感じました。

今年は100名以上の参加者が集まった「若手蔵元トークバトル」。特に注目度が高い3蔵の話は、とても有意義で楽しい時間だったようです。また次回の開催を期待しましょう。

(文/まゆみ)

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