熟成酒の文化を、世界に通じる日本酒の新たな価値として確立しようとする試みが始まりました。

古酒や熟成酒に日本酒の未来を描く7つの酒蔵が集まり、2019年8月に設立された「一般社団法人 刻SAKE(ときさけ)協会」(以下、「刻SAKE協会」)は、熟成酒のブランド化や既存の流通体制や価格帯を見直しを行い、新たな市場を開拓することを目指しています。

「刻SAKE」とは、長年の時を刻み熟成を経た酒という協会独自の造語です。

「一般社団法人 刻SAKE協会」設立記者会見

参加蔵は、増田徳兵衛商店(「月の桂」/京都府)、黒龍酒造(「黒龍」/福井県)、出羽桜酒造(「出羽桜」/山形県)、島崎酒造(「東力士」/栃木県)、木戸泉酒造(「木戸泉」/千葉県)、南部美人(「南部美人」/岩手県)、永井酒造(「水芭蕉」/群馬県)の7蔵です。

刻SAKE協会には、日本ソムリエ界の重鎮・田崎真也氏が顧問として参加。協会の設立を記念して田崎氏自身が参加蔵の7銘柄の古酒をブレンドした特別酒「刻の調べ by TASAKI」も披露されました。

この記事では、2020年11月16日に東京・帝国ホテルで開かれた設立記者会見の模様と、刻SAKE協会発足を記念して発売された、販売価格202万円の「刻の調べ 熟成酒8本セット」について紹介します。

熟成酒を楽しむ文化が失われてしまった理由

ワインやウイスキーなど、世界で広く飲まれている酒には、熟成の概念が強く根付いています。一方、日本酒にも熟成させて楽しむ文化が古くからありました。

歴史をさかのぼると、鎌倉時代にはすでに3年熟成の酒があったとされ、それから江戸時代まで、熟成酒を楽しむ文化が続いていきます。ところが明治時代になると、苛酷な酒税によってその伝統が途絶えてしまいます。

現在の酒税は、販売を目的として酒を蔵から出荷すると税が課せられる「庫出税(くらだしぜい)」ですが、明治政府が実施した「造石税(ぞうこくぜい)」は、醪を搾って酒ができあがった時点で税が課せられるものでした。

「庫出税」は蔵から出荷するときに課せられるため、蔵で貯蔵中の酒には税金がかかりません。しかし、「造石税」は酒を造ったときに発生するため、貯蔵しているすべての酒が酒税の対象となり、その酒が売れる売れないに関係なく、税金を納めなくてはなりません。

熟成酒にするために蔵に保管しようと思っても酒税がかかってしまうため、酒蔵はその年に造った酒をすぐに出荷・販売するようになっていきます。

こうして、日本古来の熟成酒を楽しむ文化が次第に市場から姿を消すことになりました。昭和40年代以降に税制が変わったあとも、「日本酒は新酒で飲むもの」という流れは残り、熟成酒の存在は忘れ去られていったのです。

「現代の熟成酒はバラエティーに富んでいる」

日本酒を「世界のSAKE」にしていくことが求められる現在、日本酒の「熟成」という魅力は徐々に復権してきていますが、同時に、わかりやすい熟成酒の分類や統一された基準が存在しないのも事実です。

刻SAKE協会は、この部分を補完し、熟成酒を楽しむ文化再興の機運を高めるために発足されました。

増田徳兵衛商店

刻SAKE協会 代表理事の増田徳兵衛氏

刻SAKE協会 代表理事である増田德兵衞氏は、開会のあいさつで「伝統ある日本酒の熟成文化を広く、正しく伝えることに私たちの使命がある。今後より多くの酒蔵や関係者に参加してもらい、世界へ誇る日本の熟成酒をアピールしていけたら」と、熱を込めて語りました。

一般社団法人 刻SAKE協会 常任理事の上野伸弘氏

刻SAKE協会 常任理事の上野伸弘氏

続いて、常任理事の上野伸弘氏からは、刻SAKE協会の考える熟成酒の可能性と出品酒の概要が語られました。銀座で熟成酒の魅力を伝える古酒バー「酒茶論」を経営する上野氏は、この協会の発起人の一人です。

「日本酒の製法自体が技術革新で発展しているのに加えて、熟成環境も超低温から常温まで幅広く、現在の熟成酒の酒質はとてもバラエティーに富んでいます。それらをより科学的に整理して、熟成酒の付加価値を高めていきたい」と上野氏。

国税庁や酒類総合研究所からのバックアップも得たうえで、今後は甕(かめ)などの容器の違いや、温度や酒質による熟成具合についても分析していく予定です。

「すぐに結果が出るものではないのですが、今後永きにわたって研究していきたい」と、これからの意気込みを語ってくれました。

ロバート・キャンベル氏

ロバート・キャンベル氏

協会設立のお祝いに駆けつけた日本文学研究者のロバート・キャンベル氏は、「飲み方の趣を知らずお酒を飲むのは、本を開いて読んだとて、文字は読めるが意味がわからないことと一緒だ」と幕末に書かれた飲酒マニュアル本の愉快なエピソードを披露。

「もともと日本では、七年酒や九年酒といった古酒がハレの日に飲むものとして、高貴な身分から庶民に至るまで愛されてきたそうです。江戸時代には、気心が知れた人たちとともにお酒をゆっくり酌み交わすという飲酒文化がありました。日本古来の酒文化に根づいた古酒が、日本のみならず世界の様々な文化の人々に共有されていって欲しいですね」と、未来への願いを託します。

デキャンタージュを行う田崎氏(写真左)と上野氏

デキャンタージュを行う田崎氏(写真左)と上野氏

記者会見では、56年間熟成された増田徳兵衛商店の秘蔵酒の開封式とデキャンタージュショーも行われました。

1964年に造られ、販売当時のラベルが貼られたままま瓶詰めの状態で蔵に残されていた大変貴重な市販酒です。ラベルには「大吟醸」と銘打たれていますが、現在の大吟醸の規格(精米歩合50%以下)が定められる前のお酒なので、現在のカテゴリーでいうと普通酒相当なのだそうです。

増田徳兵衛商店の秘蔵酒

増田徳兵衛商店の秘蔵酒

「アルコール度数18度の原酒で、今の時代の普通酒よりも甘めなことが熟成にプラスだったに違いない」と、田崎氏も太鼓判を押します。

メープルシロップやはちみつの香りを中心に、酸化熟成に起因するクローブやナツメグのようなスパイシーさと、メイラード反応に起因する濃口醤油や赤みそなどに共通するフレバー。それらすべてがバランスがよく仕上がっているとのこと。

「濃い口しょうゆや赤みそを使った料理、また香ばしさもあるので、うなぎの蒲焼きや、フランス料理やイタリア料理の肉を焼いた料理、さらにはフォンド・ボーに使われるブラウン系のソースにも合うでしょう」と、プロならではのテイスティングコメントを披露してくださいました。

7つの秘蔵酒と唯一のアッサンブラージュボトル

「刻の調べ]」熟成酒8本セット

刻SAKE協会参加蔵の出品酒

刻SAKE協会に参加するする7つの酒蔵からは、様々なタイプの熟成酒が出品されました。

低温熟成酒を出品したのは、黒龍酒造、出羽桜酒造、永井酒造の3蔵です。

最高級の純米大吟醸酒をヴィンテージごとに氷温熟成させた黒龍酒造の「黒龍 無二(むに)」は、1996年仕込のもの。出羽桜酒造の「出羽桜 1990/98 大吟醸大古酒 冷温熟成」は、―5度で長期間熟成させた1990年の酒をベースに1998年の酒をブレンドしています。ヴィンテージの個性を重視し、きれいな酒造りで楽しませてくれる永井酒造の出品酒は、「水芭蕉 2003 雫大吟醸氷温熟成」です。

常温熟成酒を出品したのは、島崎酒造、南部美人、木戸泉酒造、増田德兵衞商店の4蔵です。

島崎酒造からは、1987年仕込の大吟醸原酒「東力士 熟露枯(うろこ)」。年平均約10℃の洞窟貯蔵庫にて瓶貯蔵で熟成させたお酒です。南部美人からは全量を麹米だけで三段仕込みを行った特別な純米酒「All Koji 1998」が、独自の山廃製法で研鑽を続ける木戸泉酒造からは、1984年仕込の高温山廃純米酒「木戸泉 AFS(アフス)」が出品されました。

増田德兵衞商店の出品酒は、1999年仕込の35%純米大吟醸雫酒「月の桂」。特別に誂えた磁器製の甕で熟成させたものです。

「刻の調べ by TASAKI」

「刻の調べ by TASAKI」

7蔵の熟成酒に加えて、さらに特別な1本も用意されました。それが、参加蔵の熟成酒7本を田崎氏がアッサンブラージュした記念ボトル「刻の調べ by TASAKI」です。

「刻の調べ」という名前は、オーケストラのように、さまざま個性を集めてひとつの調和した調べ(ハーモニー)を見出していく過程から発想したそうです。

「古酒には透明感を維持する低温熟成と、琥珀色に変化する常温熟成の2種類がある」と語る田崎氏。アッサンブラージュの作業は、7本の熟成酒をこの2つのグループに分けることから始まりました。

熟成酒のテイスティングを行う田崎氏

熟成酒のテイスティングを行う田崎氏

最初は、すべての熟成酒を均等に同じ量でブレンドしたのですが、琥珀色に熟成したものは個性が非常に強く、クリアなタイプの良さをマスキングしてしまったのだそう。

そこで、クリアなタイプのグループと琥珀色のグループを、それぞれ別個にブレンド。さらに、その2つのグループの最適なブレンド比率を追求し、7蔵の特徴すべてが調和したアッサンブラージュが完成しました。

この「刻の調べ by TASAKI」を試飲させてもらうと、ナッツやカラメル、醤油、ナツメグやシナモンなどの古酒特有の香りの中に、かすかにくちなしのような深い花の香りを感じました。繊細でエレガントながらも、酸味、旨み、ボディのバランスがとれていて、フルーティなのにコクがあり、まさに「高貴なお酒」という表現がぴったりです。

「刻の調べ 熟成酒8本セット」

「刻の調べ 熟成酒8本セット」

刻SAKE協会に参加するする7つの酒蔵の出品酒と、田崎氏がアッサンブラージュした記念ボトル「刻の調べ by TASAKI」のセットは、20セット限定で発売中です。

特注で誂えた豪華な指物重箱に納められ、プレートにはシリアルナンバーが付けられた今後手に入らない各蔵の秘蔵酒のセット。販売価格は、なんと202万円(税込)です。

「刻SAKE協会」が思い描く熟成酒の未来

古くからに愛されながらも明治期の激動で姿を消したかにみえた熟成酒。これから日本酒が世界で戦っていくためには、時間軸に価値を見出す「熟成」の考え方にさらに注目が集まることでしょう。そのためにも付加価値を高めるための基盤づくりを担う刻SAKE協会の役割は大変重要です。

酒蔵が心を込めて醸した日本酒が、時を経て「熟成」という価値を纏った珠玉のマスターピースとして人々に愛され、楽しまれる。そんな未来がもうすぐやってくると感じました。

(取材・文/山口吾往子)

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