好きなだけ無料試飲したうえで、購入する日本酒を決めることができるユニークな酒屋が神奈川県横須賀市にあります。その名は「Sake芯」。

2010年に開店し、「今を感じさせる日本酒」を唯一無二のスタイルで販売しています。今回は、店主・松尾伸二さんから話を伺い、週末は老若男女で予約が埋まる人気酒屋の魅力に迫ります。

見た目は一軒家、中身は酒屋

各駅停車の京浜急行しか停まらない県立大学駅から歩くこと10分。神奈川県横須賀の閑静な住宅街に、Sake芯はひっそりと佇んでいます。

Sake芯の店頭

店頭に目立つサインは一切なく、周囲と変わらない一軒家に小振りのプレートが掲げてあるだけ。予約した人でなければ、押すのもためらうようなインターホンを鳴らすと、松尾さんが出迎えてくれます。

靴を脱いで2階に上がり案内されたのは、ソファとローテーブル、冷蔵庫2台が並んだ応接間。テーブルにはすでに試飲用のグラスがびっしりと揃えられており、「これからいろいろと試飲できるんだ」と思わず胸が躍ります。

Sake芯店主・松尾伸二さん

Sake芯 店主・松尾伸二さん

「さあ、まずはなにから飲んでみましょうか?」という松尾さんの言葉で、約1時間の試飲は始まります。テーブルにはSake芯が扱っているすべての日本酒を説明付きで紹介しているファイルがあるので、それを眺めながら選ぶもよし。自分の好みのタイプを言えば、おすすめもしてくれます。

無料試飲だから注ぐ量はほんの少し、などということはありません。「いろいろ飲んでほしいのでたくさんは注ぎませんが、味わうには十分な量です」と松尾さん。

現在、Sake芯は全国各地の11蔵と取引しており、常時40種類前後の日本酒が試飲できます。訪問者は十分納得したうえで、最終的に買う日本酒を選ぶことができるのです。

「味を知らないまま買うことに違和感があった」

松尾さんは1950年生まれ。日本酒とは無縁の会社に勤めていましたが、早くから日本酒に魅せられて仲間も増えてきたことから、1989年に日本酒の会を立ち上げました。

会の運営を始めると、松尾さんの心に「いつか日本酒に携わる仕事はできないものか」という気持ちが芽生えます。当時、日本酒はワインや焼酎の人気に押されていました。廃業する酒蔵や酒屋も多く、「このままでは日本酒は消えてしまうのではないか」との懸念から、日本酒を応援したい思いもあったそうです。

当時は酒販免許の取得が難しく、半ば諦めていたそうですが、2006年の自由化によって酒販免許の取得難易度が格段に下がりました。それを知った松尾さんは2009年に早期退職し、日本酒販売に動き出します。

過去を語る松尾さん

ただし、取り扱うのは日本酒のみ。取引する酒蔵も徐々に増やす方針だったため、店舗を借りると採算に合わないのは目に見えていました。そこで、自宅の応接間を対面販売の場所として利用し、あとはインターネット経由で販売することにしました。

「酒屋さんで勧められて買った日本酒が口に合わなかったことがあり、どんな味なのかわからないまま日本酒を買うことに違和感を持っていました。なので、対面販売では扱っているすべての日本酒を試飲してもらい、その中から気に入ったものを買ってもらうスタイルにしようと決めたんです」と、松尾さんは当時を振り返ります。

お酒を開ける松尾さん

取り扱うお酒のテーマは、「ジューシーでモダンな新感覚日本酒」。市販酒を改めて徹底的に味わい、気に入った酒蔵に一軒ずつアプローチしたとのこと。

すでに人気の酒蔵には断られるケースもありましたが、2010年1月の開業時には「仙禽」(栃木県)、「姿」(栃木県)、「川中島」(長野県)の3銘柄でスタートすることができました。

しかし、銘柄数が少ないうえに、まったく宣伝もしていない状態でのオープン。最初は酒つながりの知人が来てくれたものの、2〜3ヶ月後には訪問客がぱたりと途絶えてしまったのだとか。

そこで、打開策として地元のタウン誌にアピールしたところ、ユニークな酒販店として話題になり、横須賀市民の訪問が増えてきました。その後は取り扱い銘柄の増加とともに客足も伸び、瞬く間に人気店となりました。

Sake芯の倉庫

「最高の状態」を届けるこだわり

現在は木曜日から月曜日までの13時から18時まで営業しており、特に週末は予約が多く入っているとのこと。

応接間の広さから、最大5人までの訪問を基本としていますが、多くは2〜3人での訪問だそう。客層は20代~60代と幅広く、女性が4割程度。日本酒を好きになり、ある程度は銘柄名を知っている中級者が中心です。

やはり横須賀市民が多いそうですが、首都圏だけでなく、北海道や九州から訪れる人も。中には、奥さんの里帰りに合わせて来店したニュージーランド人もいたそうです。

お酒を注ぐ松尾さん

お客さんが試飲する種類と購入する本数を伺うと、「次の予約がある時も多く、試飲時間は原則1時間程度ですが、僕から試飲を止めることはしません。大体の人が試飲するのは4~5種類です。多く試飲する人でも、12~13種類で手が止まります。買って帰る本数は4合瓶で2~3本が中心で、それ以上を買って宅配便で送る方もいます」と松尾さん。

お客さんによっては買う銘柄を決めて来店するものの、松尾さんが勧めるほかの日本酒も飲んで、当初予定していた以外の銘柄を買って帰る人も多いそう。

「この販売スタイルでやってきてよかった。お客さんが持っている日本酒の世界を広げる手助けができた気がして嬉しいです」と、松尾さんは微笑みながら話します。

窒素充填する松尾さん

松尾さんは「最高の状態で飲んでほしい」との思いを強く持っていることから、販売する日本酒は必ず約2時間をかけてテイスティングするそう。香りや味の変化、オフフレーバーの有無などを確認したうえで、販売の可否を見極めています。

また、テイスティング用に開栓した日本酒の劣化を抑えるため、瓶の中に窒素ガスを注入したり、低温で貯蔵するなどの管理も徹底。Sake芯は、お客さんが日本酒を買って後悔するリスクをできる限り削っている酒屋なのです。

横須賀は軍港や猿島、記念艦三笠などの観光スポットもたくさん。観光気分でSake芯を訪れて、貴重な体験をしてみてはいかがでしょうか。

(取材・文/空太郎)

◎店舗概要

  • Sake芯
  • 店主:松尾伸二
  • 住所:〒238-0016 神奈川県横須賀市深田台93
  • TEL:046-827-2131
  • Mail:sake-sin@rg7.so-net.ne.jp
  • 取り扱い銘柄:「仙禽」「姿」「川中島」「豊賀」「風の森」「若駒」「和田龍登水」「笑四季」「若波」「菊鷹」「白木久」
  • ※完全予約制ですので、ご来店の際は事前のご予約をお願いいたします。

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