千葉県に本店を構える酒販店「IMADEYA」。GINZA SIXや錦糸町パルコなどの大型商業施設にも出店しており、千葉県と都内に計4店舗を展開しています。
そんなIMADEYAは、2021年8月、5店舗目となる「いまでや 清澄白河」をオープンしました。英語表記のIMADEYAがプロデュースする初のサブブランド「いまでや」としての出店です。
7.5坪という小さな空間で販売するのは、お酒に馴染みのない若者をターゲットとした「はじめの100本」。「ここからはじめれば、お酒が好きになる」というコンセプトをもとに、日本酒やワイン、焼酎など、厳選された約100本のお酒が並びます。
これまでの店舗と異なるのは、コンセプトだけではありません。実は「いまでや 清澄白河」がオープンした場所は、小島雄一郎さんという会社員の方の自宅の一階なのです。
なぜ、小島さんは自宅の一階に酒販店を誘致し、IMADEYAはそれを受け入れたのでしょうか。株式会社いまでや 専務・小倉あづささんと小島さんにお話をうかがいました。
「自宅の一階を酒屋にしたい」
広告代理店で若者研究プロジェクトに取り組む小島雄一郎さん。個人でも「広告のやりかたで就活をやってみた」(宣伝会議)などの著書を執筆するほか、「大概のことはパワーポイントで解決する」というコピーのもと、さまざまなテーマをわかりやすくパワーポイント資料にまとめて公開し、SNSで注目を浴びています。
そんな発想力豊かな小島さんは、賃貸物件に住んでいたとき、「家にいないあいだも家賃は発生しているのだから、家にも働いてもらいたい」との考えが浮かんだそう。そこからブラッシュアップを重ね、「新築で家を建て、その一階を酒屋にする」というアイディアにたどり着きます。
「まず、僕自身、お酒が好きなので、自宅の一階はお酒が飲めるお店にしたいと考えました。ただ、木造なので火は使いづらいし、住宅街の一角だから居酒屋は難しい。考えた結果、『角打ちができる酒屋』という業態にたどり着きました」
「角打ち」とは、酒販店の店内でお酒を飲むこと。30代後半になり、文化としてのお酒を学びたい気持ちも高まっていたという小島さんは、引き受けてくれる酒販店を求めて、角打ちを行っているお店のリサーチを始めました。
休日にいくつかの酒販店をめぐるなかで、錦糸町PARCOにある「IMADEYA SUMIDA」を訪れた小島さんは、「ほかの酒屋とはどこか違う雰囲気を感じた」といいます。
「まず、店舗のロゴが酒販店とは思えないデザインで、『アートに興味がある酒屋さんなのかな?』と思ったんです。『それなら自分の本業とも関係してくるから、相性がよいかもしれない』と。
さらに、ただお酒を置いているのではなく、『これ、飲んでください!』という"酒販店としての熱意"みたいなものも感じました。僕は仕事で若者研究に携わっているので、角打ちができる酒屋を通して、若い世代にお酒の文化を伝えたかった。IMADEYAさんとなら、それができるのではないかと思ったんです」
実際に角打ちを楽しんでから帰宅した小島さんは、さっそくパワーポイントで8枚の企画書を作成し、メールで送付。その2日後、「直接話が聞きたい」という返信が届きました。
若者にとっての「お酒の入り口」をつくる
2020年8月、株式会社いまでや 専務・小倉あづささんは、スタッフから「この方、おもしろそうですよ。専務がいま取り組んでいることの力になってくれそうです」という言葉とともに、小島さんからのメールを受け取りました。
その数ヶ月前、あづささんは自己資金で「マダムイマデヤ」という新しい会社を立ち上げたところでした。これまでのIMADEYAよりも遊び心のあるアプローチで、若い人たちにお酒を提案する事業を行う会社です。
「もともと、IMADEYAは"街の酒屋さん"のひとつでしたが、現在では飲食店や酒蔵など、プロの方々とのお取り引きが多くなっています。大きな会社というイメージを持たれることが多く、若い人に対して、お酒の敷居を下げることはあまりできていません。最近、娘が酒類業界に就職したこともあり、若い世代にお酒を理解してもらえなければ、業界が先細りになってしまうと感じていました。
いまの若い人たちはバブル時代とは違い、ブランドものを好んで買うのではなく、もっと本質的な価値のあるものにお金を使っています。IMADEYAのお酒はそういった世代の価値観に合うはずなんですが、なかなか切り口がなかったので、IMADEYAとは別の活動をする必要があると思い『マダムイマデヤ』を立ち上げました」
現在の市場に対するあづささんの課題意識と小島さんのアイディアが見事に重なり、ふたりは意気投合。「いきなりアポイントを取れるとは思っていなかった」と振り返る小島さんに、あづささんは「私も社長(夫・小倉秀一さん)も、少し変わったことを言ってくれる人が好きなので」と微笑みます。
それからは、あづささんの想いを聞いた小島さんが企画を考え、フィードバックをもらうという方法で進行。このやり取りが約3ヶ月にわたって繰り返されました。
「IMADEYAのメンバーだけで話していると、どんどんマニアックな方向へと偏ってしまいがちです。でも、小島さんは酒類業界の常識にはとらわれていないので、『それだと、僕はわからないんです』と、いつも視点を戻してくれました」
若者の視点に立った小島さんの感性を重宝する一方で、あづささんは「お酒の"本質"を大切にしたい」との主張を続けたといいます。
「私たちが扱っているお酒は、米やぶどう、水といった自然の恵みが原料です。そこに造り手の技術や魂が加わることで、はじめてお酒として完成する。一本のお酒にこのような背景があることは、忘れてはいけない本質だと思っています。
お酒の魅力をわかりやすく伝えることは、もちろん大事です。だからと言って、ただスペックだけを紹介するような、表面的な伝え方はしたくありませんでした」
今後の人生のミッションとして、そのような「お酒の本質的な価値」を理解できる若い人々を増やすことを掲げるあづささん。当初、お酒は好きだけれど詳しくはなかったという小島さんも、あづささんとワイナリーに訪れて作業を体験するなかで、酒造りの奥深さを感じたといいます。
「お酒を造るには高度な技術が必要なのに加えて、一本一本に造り手の想いが込められているのに、若い人たちにはほとんど伝わっていません。『お酒の世界の入り口になるような場所をつくりたい』という想いを強めると同時に、『どうやったら本質が伝わるんだろう』と模索を続けました」(小島さん)
「100本しか置けない」から生まれたアイディア
小島さんが家を建てた場所は、清澄白河駅から徒歩10分の住宅街です。清澄白河は「アートとコーヒーの街」として若者に人気のエリアではあるものの、店舗用に確保されたスペースはたった7.5坪。4,000種類もの商品を扱うIMADEYAですが、これでは100種類ほどしか置くことができません。
しかし、この「100本しか置けない」という問題点は、あるひとつのアイディアにつながりました。
IMADEYAが行った調査では、若者の75%がお酒に対して「種類が多すぎてわからない」と感じた経験があるのだそう。この課題と店舗スペースの問題を逆手に取って、あえてビギナー向けの100本に絞って取り扱う「はじめの100本」というアイディアが生まれたのです。
「ここからはじめれば、お酒が好きになる」をコンセプトに、日本酒やワインなど、厳選した約100本のお酒を販売する。まさに、あづささんと小倉さんが掲げる「若い人にとってのお酒の世界の入り口にしたい」という想いと一致した瞬間でした。
お酒のラインナップについては、全社スタッフに「初めて"美味しい"と思ったお酒は?」というテーマでアンケートを実施し、100本を選抜。さらにその100本を、より初心者におすすめな「Basic」、日本酒の味わいの幅広さを紹介する「Standard」、日本酒上級者でも納得する品ぞろえの「More Fun」の3カテゴリーに分け、一本一本をおすすめしたスタッフの似顔絵とコメント付きで紹介しています。
「精米歩合や酸度などのスペックはネットで確認してもらえればよいと思っていて、ここでは徹底的に『あいだにIMADEYAがいる意味』を考えました。他店とは異なる価値観でお酒を選び、楽しめることを証明するためのチャレンジでもあります」(あづささん)
この企画に連動して、新たにECサイトとアプリも開設しました。アプリでは、お酒を「サバサバした」「大人っぽい」といった人柄に例えたり、好みのお酒を「推しの3本」というコーナーで紹介し合うことができたりと、ビギナーでもお酒に親しみを持てるようなアイディアが詰まっています。
目指すのは人をつなぐ"街の酒屋さん"
こうして、2021年8月にオープンを迎えた「いまでや 清澄白河」。はじめは新型コロナウイルス感染症の影響で小売のみの営業でしたが、10月下旬には晴れて角打ちを開始しました。
万全とは言えない状態でのスタートとなりましたが、あづささんは「目指すのは、お客さんがここに来て、『よい場所だね』と言ってくれるようなお店。状況が許すのであれば、角打ちで同じ空間を共有して語り合うことで、いろんな発見があると最高に嬉しいです」と前向きに話します。
さらにあづささんは"いまでやらしい接客"で、しっかりとお酒の本質を伝えるのが大切だと話を続けます。
「いまでやのスタッフは、取り扱っているお酒と同じくらい、生産者やお客さんなど関わっている人を大切にします。それぞれのスタッフは自分の個性を発揮しながら、人に寄り添う接客を心がけています」
今回のオープンを受けて、小島さんは清澄白河に住む方から「よい酒屋をありがとう」と言われたそう。「このお店ができたことで、少しでも地域貢献につながっているのならうれしいですね」と、微笑みながら話してくれました。
あづささんは、「酒屋のそもそもの役割は、人と人をつなぐこと」と話します。
「かつて、酒屋は街の名主で、なにかあると近所の人が集まって井戸端会議をするような場所でした。IMADEYAも、もともとはそういうお店で、よく人が出入りしていたんです。みんなが『いまでや 清澄白河』に集まって、人と人がつながっていく。そんな場所になってほしいと思っています」
業界をリードするIMADEYAが、"街の酒屋さん"としての原点に立ち返ることになった「いまでや 清澄白河」。アートとカフェの街として人気のある清澄白河に、新たな日本酒ファンを育むコミュニティが生まれようとしています。
(取材・文:Saki Kimura/編集:SAKETIMES)