2019年11月18日、東京・浅草橋の下町エリアにオープンした日本酒専門の酒屋「SAKE Street」は、もうすぐ開店1周年を迎えます。
「日本文化を発信したい気持ちをこめ、より日本をイメージさせるデザインにした」という、日の丸や徳利で描かれたロゴが目印。「SAKE Street」は単なる小売店の枠を超え、メディア運営や輸出事業まで幅広く手がける、"新しいかたちの日本酒の情報発信の場"といえるお店です。
「日本酒を伝える場所をつくりたい」
金融機関で働いていたサラリーマン時代に滋賀・上原酒造の「不老泉」を飲んで日本酒が好きになり、日本酒学講師や国際唎酒師の資格まで取得した、SAKE Street代表でもあり店主の藤田利尚(ふじた としひさ)さんと、メディア部門を担当する編集部の二戸浩平(にと こうへい)さんにお話をうかがいました。
「起業としては頭の悪いやり方」と笑う藤田さん。創業当時、酒蔵との付き合いは一切なく、全くのゼロから飛び込んだため、取り引きを持ちかけても相手にされず苦労が多かったそうです。
それでも、「好きなことは長く続けられると思った」と日本酒への想いは強くありました。創業を考えるきっかけはイギリスでの経験だったといいます。
外資金融機関でイギリスに駐在していた藤田さんは、海外では気軽に日本酒を飲める場所がないと感じていました。
そこで、イギリス滞在中に、自分で日本からお酒を集めて日本酒イベントを開催しました。「日本酒に興味はあっても、レストランで有名銘柄を飲むぐらい」という現地の人たちに日本酒について説明すると、より興味を持ってもらえたといいます。
「きちんと伝えればもっと好きになってもらえる」。そう実感した藤田さんは、日本でも同じようなことをやろうと決心します。「酒屋は手段のひとつ」と話すように、日本酒を伝える場所をつくることを第一に考え、その発信拠点として酒屋を始めました。
「訪日する外国人たちが多く集まる場所にお店を出したい」とエリアを検討し選んだのは、浅草や秋葉原にほど近い浅草橋です。最終的に浅草橋に決めたのは「下町が性に合っているから」とのこと。ご近所の人たちはやさしい方が多く、ずいぶんと助けられていると話していました。
おいしいお酒を広めていく
「SAKE Street」の店内には、藤田さんが日本酒を好きになったきっかけの滋賀県・上原酒造「不老泉」をはじめ、日本酒好きの心が踊るお酒が並びます。
現在、取り引きがあるのは16蔵。「おいしいこと」「酒蔵の方々がいい人」「東京であまり見かけないこと」という3点で選んでいると藤田さんは話します。
「おいしいことは大前提。それだけではなく、取引をしていく上でお互いに納得をしてよい付き合いをしていきたいんです。また、いくらおいしいお酒だからといっても、小規模な蔵はなかなか営業に力を注ぐことが難しい状況です。だからこそ、そんな蔵を応援して広く知ってもらいたいという願いがあります」
来店したお客様から「〇〇(有名銘柄)は置いてあるか」とよく聞かれるそうですが、「それらに負けないくらいおいしいお酒を取り扱っている」と自信を持っていました。
海外へ輸出をするにあたっても、販売業者との付き合いを大事にし、取り扱い銘柄を大切にしてもらっていると話します。
「有名銘柄や売れ行きのよい商品が欲しい」と打診が来ることもあるそうですが、「まだ知られていない、おいしい日本酒を輸出したい」と藤田さん。
「理解してもらえない場合は取り引きをしません。でも、なるべくテイスティングをしてもらったり、蔵のストーリーを伝えたり、海外で販売するにあたっての姿勢を説明したり、理解してもらうための努力はしています」
輸出も含めて、これからも自分の好きなお酒をどんどんアピールしていきたいと意欲を見せていました。
知らない銘柄でも安心して購入できる!有料試飲
「SAKE Street」では、外国人観光客や銘柄に馴染みのない人でもお酒を味わってからボトルを購入できるように、有料試飲を行なっています。
45ml(300円〜)か90ml(500円〜)の一杯ごとのテイスティングのほか、同じ銘柄の「搾り違い」や「ヴィンテージ違い」といった、よりお酒の特徴を感じられる飲み比べセットも魅力的です。
さらに「温度帯によって変化する味わいも体験して欲しい」と、酒燗器も用意されていました。お燗はセルフサービスですが、お酒が温まるまで待つのも日本酒の楽しみ方のひとつ。銘柄によっての適温もアドバイスしているそうで、初心者でも安心です。
「SAKE Street」の2階にはレンタル可能なスペースがあります。不定期にセミナーやイベントを開催していて、過去にはクラフトビールの集いも行われました。
「日本酒に馴染みのない方も、イベントをきっかけにお店にある日本酒に興味を持ってもらえたらうれしいですね」と藤田さん。
酒販店としての今後をうかがったところ、「取り扱う酒蔵の数をもっと増やしたいですね。そのためには、まずお客様の要望をつかんで、お客様の数を増やさなければなりません。きちんと造っている蔵はもっと正当に評価されるべき。その役割の一端を担うのがSAKE Streetの役目です」と藤田さんは語っていました。
メディア事業は酒蔵とともに歩むためのもの
酒販店とは別に、SNS上でめきめきと頭角を現しているのが日本酒メディアの「SAKE Street」です。酒蔵紹介や飲食店情報など一般の日本酒ファンが読んで楽しい記事から、日本酒を仕事にしている人が学びになる専門的な記事まで、日本酒にまつわるさまざまなコンテンツを発信しています。
「"時間経過によって価値が下がらない記事"というのがポリシーです」と、メディア担当の二戸さん。二戸さんは、「SAKE Street」との掛け持ちで、都内の酒販店でも働き、日本酒について日々研鑽を積んでいます。
そんな二戸さんにイチオシの記事をお伺いしたところ、2019年12月に配信した"酒税法改正について国税庁に取材した記事"とのこと。
「昨年、『海外に輸出する日本酒の製造に限って新規免許発行の解禁を検討している』というニュースが流れました。しかし、当初の報道では趣旨や内容の詳しい説明まではされておらず、疑問の声も多く挙がっていました。
そこで、ツイッターで質問を募集しつつ、国税庁に直接取材をしました。記事を読んで新制度を前向きに捉えられるようになったという声や、SNSでの記事シェア数も多く、読者との理想的なコミュニケーションがとれたと思います」と二戸さん。
日本酒関連のメディアでは消費者に向けた比較的カジュアルな記事が多くなりますが、日本酒業界や飲食関係者が読んでも面白いと感じる重要な時事問題も取り上げるのが「SAKE Street」らしさといえるでしょう。
最後に二戸さんにメディア事業の今後についてお伺いしました。
「メディアの規模を追うだけではなく、日本酒に興味を持った人たちに役立つ情報や、議論のきっかけになる記事、日本酒好きというコミュニティの情報流通に貢献できる活動に注力していきたいです」
酒販店がメディア運営をするということ
酒販店がメディア運営をすることの利点として、記事を読んだ人に来店していただけるほか、「酒蔵の信用に繋がる」 ことが大きいといいます。
日本酒業界に新規参入したばかりのころは、新規取引時に酒蔵から信頼を得るのに苦労することも多かったようです。ですが、記事を通して日本酒に対する真摯な気持ちが伝わり、スムーズに新規の取引が始まることが増えたそうです。
これからは「メディアを持つ酒販店だからこそできることを増やしていきたい」と藤田さん。
そのひとつが、2020年10月から始めた「販売型」の記事広告サービス「SAKE Street Voice」です。酒蔵の声を伝える記事やプレスリリースの作成配信を行い、SAKE Streetは広告費から収益を上げるのではなく、その酒蔵の日本酒を販売した売上から収益をあげる仕組みです。
まさに酒販店とメディアを運営する「SAKE Street」ならではのサービスです。酒蔵にとっても、ともに協力しあえる酒販店があるというのは心強いことではないでしょうか。
メディアの「SAKE Street」は英語版の記事も徐々に公開中とのこと。輸出事業と合わせて、世界中のさらに多くの人々に日本酒の魅力を届けることになるでしょう。
酒販店とメディア運営を中心に、さまざまなことに挑戦し取り組んでいる「SAKE Street」。日本酒好きはもちろんのこと、日本酒に馴染みのない人でも気軽に楽しめる、新しいかたちの日本酒の情報発信の場でした。
(取材・文/まゆみ)
◎店舗概要
- 店舗名:「SAKE Street」
- 住所:東京都台東区柳橋1-11-5 柳橋ビル1F
- 営業:火~金13:00~20:00、土・日・祝 13:00~18:00(※現在、時間短縮中)
- 定休日:月曜