かつて、地酒専門店は「全国の美味しい地酒を発掘し、みずからの地域でその魅力を紹介する物流拠点」としての役割を担っていました。もちろん、今もその役割は変わりません。しかし、ネットショップや大手小売店での地酒の販売が拡大するなかで、専門店には、単に良い酒を仕入れて売るだけでなく、日本酒のファンを増やすための魅力的な店づくりが求められています。

連載「そうだ、町の酒屋へ行こう!」では、実際に酒屋で働いている目線から、酒屋の"人"にフォーカスし、その魅力的な店づくりについて、紹介します。

「伝え手」として日本酒の価値を大切にしたい

今回紹介するのは、東京都町田市にある1974年創業の「リカーポート蔵家」(以下、「蔵家」)。JR横浜線・町田駅の一駅となり、古淵駅から歩いて15分。駅から少し離れた住宅地にある街の酒屋さんです。

大手広告代理店で約20年働いたのちに、ご実家である「蔵家」の跡を継いだ代表の浅沼芳征さんにお話をうかがいました。

代表の浅沼芳征さん

「リカーポート蔵家」代表の浅沼芳征さん

― 「蔵家」を継ごうと考えたきっかけを教えてください

店に蔵元さんがよく来ていて、良い関係を築いているんだと感じていましたが、酒の小売業は斜陽産業だったこともあり、家業を継ぐ気はありませんでした。ただ、お酒の品ぞろえが面白かったり、お客さんと良い関係を築きながら社員も楽しそうに働いていたりと、興味深い点は多くありました。

あるとき、この店が持っているベースを活かして酒屋の仕事をもっと魅力的にできるのではないかと思いついたんです。折しも、勤めていた広告代理店での業務が現場を離れマネジメント側にシフトしていて、自身の働き方を考えることが増えていた時期でした。

蔵家店内

「酒屋も広告も同じ伝え手」ということに気づき、自分が酒屋をやる意義が具体的に見えてきたんです。そうして、2013年に蔵家に戻ることを決めました。

酒屋を面白い商売にすれば、スタッフや仲間もやりがいを持って働ける。それが街の活性化にもなり、町田という街への恩返しもできるとも考えました。

― 日本酒の「伝え手」として大切にしていることは何ですか?

お付き合いがある各蔵の日本酒の素晴らしさやその価値をしっかりと伝えることを大切にしています。店頭でのアピールはもちろんのこと、SNSやイベントでも価値を伝えることができているかを常に意識しています。

浅沼さんと従業員

「リカーポート蔵家」スタッフのみなさんと浅沼さん

そのためにはインプット、すなわち「人」への投資が大切です。

たとえば、近年求められている料理とのペアリングなども、他人事ではなく、自分のこととして体験するからこそ、その魅力を伝えることができると考えています。

ひとりひとりがしっかりと学び、相手本位で心に残る言葉の使い方ができてこそ、価値を伝えることができるんです。そうして経験を積んだ柔軟であたたかみがある接客ができるうちのスタッフは、伝え手である酒屋にとって、かけがえのない財産です。

― 住宅地にある酒屋ならではの工夫を教えてください

「蔵家」は住宅地にあり、最寄りの駅まで1km以上も離れていて、商売としての立地はあまり良くありません。

そのため、店舗の2階にあるイベントスペースで定期的に試飲会を開くだけでなく、多くの人が行きかう町田駅のスペースを借りてイベントも開催し、日本酒をアピールする機会もつくっています。

蔵家

ほかにも、父の日と年末の時期には、町田駅前にある商業施設「町田モディ」にイベント出店しています。出店期間中はさまざまな酒蔵から応援にかけ駆けつけてくださいました。

駅前のイベント出店で蔵家を知ってもらい、住宅地にある店舗ではお客さんとていねいにコミュニケーションをとることを大切にしています。

年間520種類の日本酒が味わえる立ち飲みスペース

― 新店舗「蔵家 SAKE LABO」についても教えてください

町田駅東口から徒歩5分の場所に、 “酒を呑める、買える、楽しめる。”がコンセプトの「蔵家 SAKE LABO(くらや さけらぼ)」を2年前にオープンしました。

蔵家 SAKE LABO

「蔵家 SAKE LABO」

この店舗は、日本酒の想い、こだわり、土地柄、歴史などの魅力を発信する場としてはもちろん、蔵家スタッフのインプットの場(LABO・研究所)としても機能しています。

毎週木曜日に日本酒10種類のラインナップを入れ替えて提供。1年間52週で、520種類の日本酒を知っていただくことができ、立ち飲み形式で、いろいろなお酒を少量から楽しむことができます。

また、前週と今週に紹介した計20種類の日本酒は店内で購入することもできます。

蔵家 SAKE LABO

「蔵家 SAKE LABO」をつくったのは、酒蔵の想いやお酒の味わいなどを伝える機会を増やしたいと考えたのが始まりです。

店舗での試飲会が楽しかったので有料試飲会の頻度を増やそうと思ったのですが、毎日気軽にもっと少ない量で試飲ができ、おいしいアテもあった方がいいと考え、今の形になりました。

贈答用の高価なお酒の味わいを知らずに「高価・希少・珍しい」という基準で選ばれることに違和感を感じていたので、高価なお酒なども45ccのグラスで提供しています。実際に飲んでいただいて、「おいしかったから人に贈りたい」と納得して購入していただきたいですね。

酒屋の仕事の大前提は「伝える」ことだと思っています。「蔵家」も「蔵家 SAKE LABO」もイベント出店も、どんな場でもそれは同じです。

取材を終えて

「蔵家 SAKE LABO」でうかがった話の中で印象に残ったのが、「ちょっとした調味料や、一手間など、飲食を楽しむシーンの提案に力を入れている。こういったことの積み重ねが酒屋のやるべきことであり、酒屋としての存在意義があると思う」というお話です。

今は造り手である酒蔵が、イベントやSNSなどを通して直接消費者に提案をすることが可能になりました。そのため酒屋は単なる流通機能だけでなく、しっかりと「その酒屋らしさ」を加えて日本酒の魅力を伝えることが、お店や日本酒のファンを増やすことにつながると感じました。

(取材・文:小林健太/編集:SAKETIMES)

◎店舗情報

  • 店舗名:「リカーポート蔵家
  • 住所:東京都町田市木曽西1-1-15
  • 電話:042-793-2176
  • 営業時間:9:30~20:00(日曜日は19:00まで)
  • 定休日:毎週月曜
  • アクセス:JR古淵駅から徒歩15分
  • 取扱銘柄:久保田、獺祭、〆張鶴、みやさか、真澄、陸奥八仙、七田、千代むすび、裏月山縁、古伊万里前、花の香、銀シャリなど
  • 全国発送:可能
  • クレジットカード:可
  • ホームページ:あり
  • オンラインショップ:あり
  • Facebookページ:あり
  • イベント:定期的に開催(詳細はホームページをご確認ください)

※全て掲載時点の情報です。詳しくは店舗にお問い合わせください。

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