ソーシャルメディアの普及や生活様式の変化にともない、酒蔵が消費者へ直接販売するD2Cや、クラウドファンディングを通じての商品提供など、日本酒の流通構造に大きな変化が起きています。
そのような中、酒販店として独自の戦略を見せるのが「IMADEYA」です。
酒蔵との「パートナー特約店」という考え方、飲食店向けのセミナー開催や都心部への店舗展開。小倉秀一社長のユニークなアイデアを通して、これからの日本酒産業で「酒屋」の果たす役割を考えていきます。
「なんちゃって専門店」からの脱却
1962年11月に千葉県千葉市で創業した「いまでや」。その2代目である現社長・小倉秀一さんは、学生時代はヨットでオリンピックを目指すほどのアスリートで、酒販業の道へ行くつもりはなかったといいます。
ところが、大手ビールメーカーに勤めていた叔父の提案で、小倉さんも修行としてそのビールメーカーに就職。3年間、営業職を勤めたあと、「いまでや」に就職しました。
当時のスタッフは、ご両親と小倉さんを含めて5人だけ。家庭用と業務用の売上は半々、ナショナルブランドの酒類を主に取り扱う、いわゆる「普通の街の酒屋」でした。
「ちょうどそのころ、店の近所にディスカウントストアができたんです。その影響で、家飲みのためにお酒を買い求めてくれるお客さんがどんどんいなくなってしまいました。それまではビールが定価で売れた時代だったんですが、ディスカウントストアの台頭により、価格競争が始まってビールの値段が乱れていったんです。当時、ビールは店の売上の60%ほどを占めていたので、ダメージは大きかったですね」
「家業に戻ってからの、2~3年は暗中模索だった」と打ち明ける小倉さんは、量を売る店と同じ土俵で戦っても太刀打ちできないと考え、量販店ならぬ「質販店」としての方向転換を決意します。
「打開策を探して、ビールメーカー時代に営業を担当していた埼玉県の地酒屋さんに相談をしました。そうしたら、『蔵を回るしかない』といわれたんです」
小倉さんはそのアドバイスどおり、全国の酒蔵を周りはじめます。しかし、当時は今よりもエリアごとの販売特約が厳しかったころ。千葉市にある老舗の地酒屋の存在を理由に、有名な銘柄はまったく取引をさせてもらえませんでした。
「問屋から仕入れたラインナップをそのまま並べて、“なんちゃって専門店”みたいな顔をしてみたのですが、立地が悪くて客足は伸びませんでした。そのころ、当店を訪れたとある酒蔵の名物営業から、『あなたのお店には柱が見えない』といわれたんですよね。ごもっともだと思いつつ、反骨心に火がつきました」
そんなとき、ワインスクールへ通っていた妻を通じて、フランスから「直輸入ワインを扱わないか」というオファーが舞い込みます。
当時のいまでやでは、ワインは主力商品ではなく、ひと月に5万円売れるか売れないかというような状態でしたが、小倉さんの頭にはあるアイデアが浮かびました。
「日本酒や焼酎を扱っている地酒屋は、ワインを扱っていない。反対に、ワインを扱っている酒販店は、日本酒や焼酎を扱っていない。地酒屋は配達しない、ビール屋は提案しない、ワイン屋はまだ数が少ない。それなら、自分たちが全部をやろうと思ったんです」
ちょうど1990年代は、焼き鳥屋がワインを置き始めるなど、飲食店のドリンクメニューが多様化しはじめていた時期です。小倉さんは、「お酒のジャンルごとに複数の酒販店とやりとりをするより、ひとつのお店で必要なお酒が揃えられたらなら飲食店にとってメリットがあるだろう」と考え、すべてのお酒を揃えたうえで、飲食店のニーズに応えられる「トータルサプライヤーになろう」という目標を設定しました。
飲食店の現場に寄りそう営業スタイル
当時の一般的な地酒屋は、飲食店へ営業へ行くようなことはせず、自店へ買いに来てもらうスタイルが主流でした、
「私は“業界の常識は非常識だ”と思っていました。お客様のニーズとかけ離れているんですよね。飲食店は仕込みに忙しくて、お店にお酒を買いに行く時間がなかなか取れない。ランチとディナーをやっているお店は、アイドルタイムなんて1時間も無いんです。その人たちがお酒を探しに行けない代わりに、営業時間外の午後2~5時のあいだに我々が営業に赴いて、潜在ニーズを掘り起こすことにしました」
また、酒販店が営業マンを置かないことに疑問を覚えた小倉さんは、自分が和酒(日本酒や焼酎)の専属営業を担当しながら、もう一人のスタッフをワインの専属営業として配置。「食」にこだわりを持つ飲食店をターゲットに、営業を展開します。
「飲食店にとっては、ドリンクの利益率を上げることが重要ですから、プラス1杯を売って生産性を上げることに主眼を置いたアプローチを行いました。もともとノウハウがあったわけではないですが、実際に現場を訪れれば、いろいろなお店の事例を知ることができます。私はこれを『成功体験共有型営業』と呼んでいるのですが、他の飲食店さんの『こういう提案をしたら、お客さんに喜んでもらえた』という声を共有していきました」
営業を重ねるうちに、飲食店でのお酒の提案方法へのサポートの必要性を感じた小倉さんは、飲食店に対するスタッフセミナーを開始します。
「地方の飲食店は、プロのサーバーやソムリエではなく、学生や主婦などがホールを担当しているところがほとんど。そういう人たちが商品を売るためのサポートとして、お酒に関するセミナーを始めました。お酒を一緒にテイスティングしながら、最適なペアリングや温度帯を提案したり、提案方法をアドバイスするんです。セミナーは、飲食店の都合に合わせて、アイドルタイムや営業後の深夜に行ったのが好評でした」
こうした現場のスタッフに寄り添う営業スタイルが評価され、次第に取引先が増えていきます。
「私が飲食店のオーナーだったとしても、納品業者の営業が自店のスタッフを一生懸命サポートしてくれたら、『このお店から仕入れたい』と思うはずなんですよね。そういう意味では、提案内容ではなく姿勢を売っていたといえます。セミナーを受けていたアルバイトさんが、のちのち店長になったり他店へ移動したりしたときにさらに輪が広がっていくよい循環ができました」
そうした情熱的な姿勢と地道な営業努力が功を奏し、毎年110~115%のペースで売上が伸長。新体制に舵を切ってから約30年、現在、取引のある飲食店は約4,300店にものぼります。
酒蔵とともに価値を創造していく「パートナー特約店」
エリア特約制度を理由に最初は酒蔵からまったく取り合ってもらえなかったといいますが、現在は200を超える酒蔵と取引しているIMADEYA。ブレイクスルーのきっかけを聞いてみれば、「まめに通っただけ」と小倉さんは答えます。
「今となっては笑い話のように話すんですが、とある有名酒蔵は初めは普通酒2ケース、本醸造1ケース、吟醸や純米吟醸は3本ずつしか卸してくれなかったんです。でも、ただ『もっと欲しい』と要求するのではなく、『影響力の高い寿司店がオープンするから、あなたの純米吟醸が6本は必要になる』というように、『なぜそれだけの数が必要なのか』をしっかり説明するようにしていました。地方の酒蔵にとって首都圏のマーケットの動きは見えにくいものなので、そうした情報が響くところが主力の取引相手になっていきました」
いかにして酒蔵のブランディングに貢献できるかを常に考えている小倉さん。「取引した以上は、売ることで業界内でのポジションが上がっていくはず」という信条を持ち、実際に販売実績を出すうちに、酒蔵側からの評価が上がっていきました。
「日本の酒類の流通は販売特約店が主流で、販売権をもらえたらラッキーだったんです。でも、既得権にしがみついて経営努力もせず、『他店に卸さないでくださいね』とお願いするしかできないような経営者が生き残れるはずがありません。これは、私自身の危機感の裏返しでもあります。結局、蔵元が信頼するのは、売る努力をしている酒販店だと思うんです」
小倉さんは、目指すべき酒販店の姿勢として、「販売特約店」に対し、「パートナー特約店」という考え方を掲げます。
「ビジョンを共有して、価値を創造するためのアクションを一緒に起こしていくのがパートナーです。酒蔵と酒販店が意見を交換しながら役割分担して、新しい市場を創造できる商品を開発していく。受け取った商品をただ右から左へ流すだけでは、小売店なんて必要なくなってしまいますし、蔵元だってそう考えるはずなんです」
独自の魅力をもつIMADEYAの5つの店舗
現在、IMADEYAは千葉県に2店舗、東京都内に2店舗を出店しています。トータルサプライヤーとしての方向転換を決意した90年代は13名ほどだった社員も、いまや90名に。パートタイムを含めると、総勢170名ものスタッフが働いています。
「東京の食文化は世界一。千葉から50キロ先のところにこんな大きなマーケットがあるのに、主戦場としない手はありません。東京の飲食店にお客さんが増えてきたころ、銀座にセミナー用のオフィスを設けたんですが、これによってシェアがさらに上がっていきました。
そして4年前、GINZA SIXにお店を開かないかというお話をいただいたんです。正直、商業施設内に高い家賃を払ってお店を開くより、BtoBの事業に投資した方がいいんじゃないかと思うところもありました。しかし、ブランドの暖簾を作ることには意味がありますし、チャレンジし甲斐があると感じました」
「IMADEYAの4つの店舗には、それぞれの役割がある」と小倉さんは話します。
「千葉市にある本店は、創業当初はたった50坪で立地もよくなかったのですが、2002年に街道沿いの600坪の土地に移転したおかげで、店頭の売上ができるようになりました。2016年にさらにリニューアルしたのですが、本店はいわば『お酒のワンダーランド』。品ぞろえが多く、ご家族で楽しんでいただける地域密着型のイベントや、お酒好きのためのミニセミナーも開催しています」
続いて2016年にオープンしたのが、JR千葉駅構内にある「千葉エキナカ店」。本店は購入を意図してやって来る「目的来店」のお客さんが多い一方で、「千葉エキナカ店」は不特定多数の人に来てもらうことを目的としています。とはいえ、千葉駅は観光目的で訪れる駅ではないため、日々の生活のためにお酒を購入する人をターゲットにした、デイリー酒を充実させているそうです。
銀座・GINZA SIX内にある「IMADEYA GINZA」は、プレミアムステージのお客さんをターゲットにして、インバウンド需要にも対応しています。
2019年にオープンした錦糸町PARCO内にある「IMADEYA SUMIDA」にはフードホールが併設されていて、食と合わせることに重きをおいたバリエーション豊かなラインナップをそろえています。
2020年3月には、新型コロナウイルス感染症の影響で売上が大幅ダウン。もともと業務用の売上が8割を占めていたIMADEYAにとって、飲食店の営業制限は大きな打撃となりました。ところが、年間の売上が3割減にもなった一方で、好調に転じたのがBtoC。特に、オンラインショップは前年比200%にも伸長したといいます。
「緊急事態宣言中の2020年4~5月には、銀座店を一時的に閉めたのですが、そのタイミングでオンラインの売上が2倍にも伸びたんです。実店舗を持ち、暖簾を掲げることの大切さを痛感しましたね。また、GINZA SIXにオープンしたことで知名度もあがったのか、輸出事業などBtoBの前向きなお話を頻繁にいただくようになりました」
酒販店の役割は、お酒の付加価値を創造すること
コロナ禍におけるネガティブな影響を受けながらも、「こんなときだからこそ敢えて飲食店の新規開拓に尽力している」と話す小倉さん。
「この1年間にやったことは、コロナ収束後に活きてくると思っています。いま、飲食店のみなさんは生き延びるのに必死。新しいことをやらないといけないという危機感を持っているので、真剣にこちらの話を聞いてくださいます。購入する商品の数量はもちろんそこまで多くないですが、新たに取引口座を開いてくれることは今後の突破口になっていくでしょう」
IMADEYAでは、海外での需要の伸びに対応して輸出事業にも着手。プレミアムワイン市場に向けて日本酒を輸出するエクスポーターとの共同事業と、自社が行う輸出事業という2つのスキームを用いて、11カ国への輸出を行っています。
「越境ECもやっていますが、日本の人口が将来的に8,000万人になるといわれている一方で、中国には14億人もの大きなマーケットがあります。コロナ禍では、Zoomなどを使ったミーティングで海外のパートナーとの心理的な距離が近くなり、タイムリーに課題が共有できるようになりました。これからも人材交流を広げていきながら、徹底的にやらなければならない部分だと思っています」
そうした海外事業の取り組みの裏には、日本酒の価格設定に対する課題意識があります。
「日本酒はまだ世界中で造られていないので、日本国内の慣習がまかりとおってしまいます。しかし、将来的には世界中で造られ、『日本で造られた日本酒は別格だ』というポジションを獲得するべきなんです。そうすれば世界中から買い付けがきて、蔵出しの価格が上がり、酒蔵が次のステージへの投資をすることができるようになる。世界の富裕層への価値創造に対応し、私たちがそれを売りこなせるようにならなければいけません」
酒販店とは、ただ商品を右から左へ流す仕事ではない。小倉さんはリッター単価を上げることを目標に、お酒の付加価値を創造するための試行錯誤を繰り返しています。
「たとえば、日本酒にしろワインにしろ、国内の生産者はキャッシュフローが大変なので、できたばかりのお酒をすぐ売ってしまいます。しかし、時の経過による変化を楽しむ文化が生まれれば、それがまた違うマーケットを育めるはず。そこでIMADEYAでは、生産者のかわりに4℃の保存環境で自家熟成を施し、ヴィンテージ酒として販売しています」
そんな小倉さんが今掲げる目標は、「人材の宝庫No.1」としてのIMADEYA。日本酒の価値を高める価値創造も、優秀な人材がいてこそ可能になると信じています。
「ニッチなところを向いている人や、プレゼン能力がある人、お客様対応の得意な人など、いろいろな人材がいてはじめてマーケットの中での立ち位置を確立できます。そのためには労働環境を改善しなければならないし、適正な利益を還元していかなければなりません」
そう熱弁をふるいながらも、「こうは言っているけど、まだ全然できていないんですよ」と冷静な小倉さん。
「『IMADEYAさんはもう十分に大きいから』といってくれる人もいますが、そんなことはないと思っています。重要なのは、チームとして何ができるかということ。酒蔵や飲食店の方々とパートナーとしての信頼関係を築くためには、人材の宝庫にならなければいけないんです」
酒蔵や飲食店が本当に求めるものに寄り添い、「パートナー」として関係性を築きあげることで、千葉県の小さな酒販店から飛躍的な成長を遂げたIMADEYA。
冷静に現状を見つめ、地道な努力をストイックに続けるその背中が、これからの日本酒産業における酒販店のあるべき姿を示しているようです。
(取材・文:Saki Kimura/編集:SAKETIMES)
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