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江戸っ子を惑わす、銭と酒。──落語にみる、酒と酒飲み

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「宵越しの銭は持たねえ」と粋がっていても、酒の前ではじっとしていられないのが江戸っ子というもの。銭や酒にそわそわしてしまうその姿は、いつの時代も落語家にとって恰好のネタだったようです。

銭と酒にまつわる噺

酒も飲まずに酔ったふり『長屋の花見』

貧乏長屋の大家が、貧乏神を追っぱらうための景気づけに「上野の山で花見としゃれこもうじゃないか」と、長屋の住人を集めました。酒や肴も用意してあると聞き、みんな大喜びで参加します。

ところが大家が酒と言って出したのは、番茶を煮だしたもの。さらに、卵焼きとかまぼこが入っているはずの重箱にはたくあんが。気持ちが乗らないまま、それでもようやく上野にたどり着きました。山の桜は満開で、たいへんにぎわっている様子。

大家は、酒のない花見を盛り上げるために「今日は無礼講だから遠慮なく飲んでおくれ」と、お酌をして回ります。しかし、なかなか上手くいきません。

「大家さん良い酒だねえ。これだけの酒だ、宇治でとれたに違えねえ」
「冷やはやらねえのかい?」「ええ、いつも焙(ほう)じたのをやってるもんで...」
「この卵焼きはよく刻まないと食えねえんで」
「卵焼きらしく、音を立てねえで食っておくれ」

それでも無理に飲んだふりをしているうちに、なんとなく盛り上がってきました。ここいらで一句どうだと促すと「長屋中 歯をくいしばる 花見かな」。なんとなく陰気臭いですね。

「もっと景気よく酔っぱらってくれ」と命じると、

「銭を持たねえからと馬鹿にすんねえ。借金くれえどんどん利息をつけて返してやらあ」「大家がなんだ、家賃なんて払ってやらねえぞ」

など、酒を飲んでもいないのに酔った勢いで、住人の本音がポンポンと飛び出してきました。

すると湯飲みの茶碗をじっと見ていた男が「大家さん、近いうち長屋に良いことが起こりますぜ」と、一言。

「どうしてそんなことがわかるんだ?」

「酒柱が立ちやした」

あの金は夢か現実か?『芝浜』

魚屋の熊さんがいつものように魚の買い出しをするため、芝浜へ。たまたま早く着いたので、浜に下りて歩いていると、ずっしりと重たい革の財布を見つけました。

仕事もそこそこに帰宅し、拾った財布を開けてみるとびっくり。なんと50両もの大金が入っていました。おかみさんは浮かれる熊さんからその財布を受け取り、無理やり床につかせます。

翌日、熊さんは上機嫌で風呂に行ったあと、仲間を集めてお祝いの酒盛りを開き、そのまま眠ってしまいました。

夕方、目覚めた熊さん。さっきは何のお祝いだったのと聞かれ、拾った50両の話をしますが、それは夢だったんだよと言われて愕然としてしまいます。夢に惑わされたのだと思い込み、これからはまじめにがんばって仕事をするという熊さん。おかみさんは3年間、酒を断っておくれと頼みました。

約束通りにみっちりと働いた3年後、おかみさんは押し入れから大金の入った竹筒を取り出して熊さんに差し出します。どうやら、3年前に熊さんが拾ってきた金を届け出たものの、落とし主がなくて戻って来たのだとか。

この金を隠していたのは「おまえさんが浮かれて、仕事に精が入らなくなってしまうのが怖かったんだ」と、真実を語りました。そして約束の3年が過ぎた今、好きな酒を思う存分飲んでおくれと、酒を勧めます。

ところが熊さん、「酒は飲まねえ」と言い出しました。驚いたおかみさんに、熊さんがひとこと。

「酒を飲んだら、また夢になるといけねえ」

今も昔も女房が一枚も二枚も上手なのかもしれません。

丑三つ刻に聞こえる『もう半分』

永代橋にある小さな居酒屋へはじめて入ってきたひとりのおじいさん。「1杯ずつだと楽しみがねえから、茶碗に半分入れておくれ」と、飲み始めました。

「もう半分」「もう半分」と、何杯も繰り返し飲むうちにすっかり酔っ払ってしまいます。ひょろひょろと店を出て行ったあと、大事な風呂敷包みが置き忘れられていました。

居酒屋の夫婦が、この汚い風呂敷包みを開いてびっくり。なんと80両もの大金が入っていました。夫婦がこの金でもっと大きな店を出そうと悪だくみしているところへ、慌てて引き返してきたおじいさん。しかし「そんなものは知らねえ」と、店から追い出されてしまいます。

娘が吉原に身を売って稼いでくれた大切な金を盗られてしまったおじいさんは、娘への申し訳なさで永代橋から身を投げました。

一方の居酒屋夫婦は、この金を元手に店を大きくして大繁盛。さらに高齢にもかかわらず、初めての子どもを授かります。

ところがこの赤ん坊、顔はシワだらけで鼻が高く目はくぼみ、髪の毛は真っ白。まさに、80両の大金をなくして自殺したおじいさんそのものではありませんか。

あまりのショックに女房は亡くなってしまいました。すっかり弱った亭主が子どものために乳母を雇うものの、みんな一晩きりで出て行ってしまいます。

不審に思った亭主が夜中に赤ん坊の部屋をのぞいてみると、赤ん坊は丑三つ刻の鐘が鳴ると這い出し、茶碗に行灯(あんどん)の油を注いで、美味そうにぐっと飲み干しました。

亭主が飛び込んで「おのれ、じじいめっ」と言うと、赤ん坊は茶碗を突き出して「もう半分」。

夏の夜にふさわしい怪談ものですね。「もう半分」と飲んでいるのがお茶やコーヒーでは噺が締まりません。ところが酒になると、不思議と盛り上がります。酒が持つ独特の魅力なんでしょう。

(文/梁井宏)

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梁井 宏

金沢の創業1625年の老舗酒蔵で、40年余りにわたり、酒造管理、商品開発、市場開拓などに携わってきました。同社を退職後は、酒関連の情報収集と併せ、現役時代からこだわってきた、「熟成古酒」の啓蒙活動に力を入れています。