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全国清酒品評会と日本酒業界のあゆみ:第2回「第1回全国清酒品評会の開催」

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第1回全国清酒品評会の審査基準

明治40年(1907年)に開催された第1回全国清酒品評会。出品できる酒の審査基準は、醸造協会支部の予選を通過した酒、もしくは所管の税務監督局または税務署の推薦を受けたもので、10石以上生産されている銘柄のみと規定されていました。出品料は、醸造協会員が1点につき1円(現在の貨幣価格に直して11,000円前後)、醸造協会員以外が1点につき2円。出品総数は2,138点ありました。

審査基準は「色沢30点・香35点・味35点」の100点満点。備考欄には評決のポイントを記入します。受賞基準は、優等90点以上、1等80点以上、2等70点以上、3等50点以上となっていました。

審査員は、東京帝国大学教授の丹波敬三氏(俳優・故丹波哲郎氏の祖父)以下、新潟の岸五郎氏、広島の三浦仙三郎氏、福岡の首藤精氏、兵庫の長部文治朗氏、京都の大八木正太郎氏、愛知の細見京之助氏、山形の椿宮太郎氏らが務めました。

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三浦仙三郎 銅像(出典:一般社団法人広島観光連盟)

第1回全国清酒品評会の審査結果

第1回全国清酒品評会の審査結果は、優等賞が5点、1等が48点、2等が120点、3等が528点の受賞がありました。

なかでも優等賞は1~5位に格付けされていて、優等1等が広島の「龍勢」(藤井善七/現・藤井酒造株式会社)、優等2等が広島の「三谷春」(林森蔵/現・林酒造株式会社)、優等3等が福岡の「富の壽」(富安猪三郎/元・富安合名会社、2009年に破産し「富の壽」の酒銘は株式会社花の露へ)、優等4等が兵庫「灘の高賞」(高岡源七/戦災にて消失し現在は廃業)、優等5等が岡山[口印 三角正宗](牧佳三郎/戦中の企業統合で廃業)でした。

この第1回全国清酒品評会で最も評価を上げたのが広島酒。優等2点、1等18点をはじめ受賞率74.4%という好成績でした。受賞率の全国平均の32.8%、灘を擁する兵庫の57.6%を上回りました。

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第1回全国清酒品評会 優等1等受賞 藤井酒造「龍勢」登録商標 (出典:藤井酒造)

広島酒と三浦仙三郎

現代の日本酒の多くは軟水で造っていますが、軟水によって現代のような酒質の日本酒が造られるようになったのは、広島出身の醸造家・三浦仙三郎氏による「軟水醸造方法」が確立されてからです。

芳醇で淡麗な酒質によって江戸時代末期から大きなシェアを持っていた灘酒は、鉄道網の発達とともに地方へも進出し始めます。この灘酒に対抗するため、日本各地の酒蔵で日本酒の品質改良のための啓蒙運動が起こりました。

三浦氏もそのうちの1人ですが、彼の研究をまとめた「改醸実践禄」により第1回全国清酒品評会において広島の酒は躍進し、やがて、この「改醸実践禄」が広く一般に公開されることで、軟水でも芳醇で淡麗な酒造りが全国で可能となりました。

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明治42年清酒改良法講習会 講習修得証(出典:国税庁)

灘酒の全国清酒品評会での成績

灘の大手酒造の2回目以降の優等の受賞に関しては、第2回で白鷹が優等4等、第3回で菊正宗が優等4等、第5回で菊正宗が優等6等、大関が優等7等、第6回で日本盛が優等7等、第7回で月桂冠の灘が優等14等、第8回で優等受賞は無く、第9回でとうとう品評会への出品自体をボイコットするというようになりました。

灘酒はすでに名の通ったブランドとして市場での地位を確立していたので、品評会の結果が売れ行きを左右することはありませんでしたが、品評会の審査基準に対して灘の大手酒造を中心に不満を持っていたようです。

この全国清酒品評会があることで日本酒全体の酒質が向上し、やがて現代の吟醸酒の造りに繋がり、クオリティーの高い地方酒の出現に大きく貢献していきます。

(第3回に続きます)

(文/石黒建大)

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石黒 建大

SSI研究室専属テイスター。酒匠、日本酒学講師、SSIの日本酒地酒検証研究員、日本酒香味検証研究員、日本酒セールスプロモーション研究員。 第2回、第3回世界利き酒師コンクールセミファイナリスト。現在は大阪の某有名料理店に勤務。