味噌づくり用の種麹(もやし)を使って麹米を造り、日本酒を醸す。そんな、前例のないチャレンジに取り組んだのが、長野県塩尻市にある笑亀酒造です。杜氏を務める森川貴之さんに、今回の企画についてうかがいました。

笑亀酒造の森川貴之杜氏

旨味たっぷりの酒を造りたい

森川さんは、日本酒に含まれる4種類の酸をそれぞれ際立たせた「貴魂」シリーズなど、これまでにさまざまな意欲作を生み出してきた造り手。そんななか、いまもっとも興味をもっているのが、生酛造りです。

味噌麹で造った酛

「米をすりつぶす『酛摺り』の作業をして、乳酸菌をはじめとしたいろいろな菌を呼び込みながら酒を造ることで、独特の酸味と旨味がたっぷり乗った酒になります。その旨味をつくり出す成分のひとつが、アミノ酸が複数結合したペプチドです。このペプチドが、"押し味"といわれる、独特の旨味を演出してくれるのです。ペプチドは、麹が生み出すタンパク質分解酵素の働きでつくられるのですが、日本酒を造るときに使う麹は糖化酵素を生み出すのが得意で、タンパク質分解酵素をあまり出しません。

タンパク質分解酵素をたくさん出してくれる麹はないかと考えて、すぐに思い浮かんだのが、味噌でした。主として大豆と麹を発酵させてつくる味噌は、旨味たっぷりの食品で、さらに長野県は信州味噌の本場。そこで、味噌をつくる際に使う麹を試してみようという考えに至りました」

味噌用の種麹

大阪にある種麹の会社に問い合わせてみると、前向きな返事をもらうことができたのだそう。味噌づくりに使用されるたくさんの麹から、日本酒造りに向いていそうなものを選抜してもらいました。麹造りに使う米は、酒造好適米ではなく、タンパク質の含有量が多い、食用米のコシヒカリを使います。

麹が変われば、温度管理も変わる

味噌用の麹で造った酛の様子をみる笑亀酒造の森川貴之杜氏

そして、いよいよ麹造りの開始です。

味噌用の種麹は日本酒のものよりも繁殖力が旺盛で、温度が上がり過ぎてしまう傾向にあるのだそう。そのため、蒸した米を麹室に入れるときの温度を低めに抑えました。さらに、蒸米に種麹を振りかけた後の麹室の温度管理にも細心の注意を払い、ふだんの麹造りよりも頻繁に麹室へ行き、麹の様子を観察します。

通常、日本酒の麹を造る場合は、2日目に入ると、糖化酵素が増える40℃以上まで温度を上げていきます。しかし今回は、タンパク質分解酵素を出しやすい37℃前後を最後までキープできるように温度を調節します。おかげで、狙いどおりの麹を造ることができました。

味噌用の種麹で造った麹米

一般的に、麹造りの後半には、茹でた栗のような香りがするのですが、いつもよりも濃厚な香りが漂っていたのだそう。完成した麹の見た目は黒っぽく、ひと粒食べてみると、強烈な旨味と苦味が印象的でした。

「日本酒造りでは、酒母と醪の段階で糖化酵素が必要になるので、通常の麹米と味噌づくりの種麹で造った麹米を混ぜて使います。経過は順調で、造りも問題ありません。搾ってみると、舌のまわりにまとわりつくような粘り強い旨味と、その後に残る苦味と渋味が印象的でした。想像していたよりもまともな日本酒ができましたね。すりおろしたわさびと味噌を和えた『わさび味噌』や、ふきのとうと合わせた『ふき味噌』をアテに飲んでみたら、最高の相性でした!」

5月9日のイベントでお披露目!

味噌用の麹で造った日本酒ラベル

当初は、味噌づくり用の種麹を使っていることを前面に押し出すというアイデアもあったようですが、「風変わりな酒なので、あえて何にも説明しないラベルにしようと決めました。親しくしている漫画家に、酛摺り用の櫂棒を持った少女の絵を描いてもらい、それがラベルになっています。商品としての詳しい説明は、酒販店さんにお願いすることにします」と、森川さんは話してくれました。

味噌用の麹で造った日本酒を試飲する笑亀酒造の森川貴之杜氏

できあがった日本酒を飲んでみると、笑亀酒造がふだん造る生酛の酒よりも、味噌用の種麹を使った酒のほうは渋味・苦味が明快で、ひかえめな甘味と複雑な旨味が印象的。目に見えない菌による醸造の奥深さを知ることができる、良い機会でした。

こちらの酒は、5月18日から発売予定。5月9日に開催される「2018 長野の酒メッセ in 東京」にて、お披露目されるのだそう。720mlで1,200円、1800mlで2,400円です。

来季はさらに、味噌用の麹を使った日本酒の進化に磨きをかけるという森川さん。これからも目が離せません。

◎イベント情報

  • イベント名:「2018 長野の酒メッセ in 東京」
  • 開催日:2018年5月9日(水)
  • 会場:グランドプリンスホテル高輪 地下1F プリンスルーム(東京都港区高輪3-13-1)
  • 開催時間:第2部 16:30~20:00(受付開始 16:15/終了 19:00)
    ※第1部は酒類業関係者のみのため、一般の方は入場できません
  • 入場料:2,000円(税込)
  • 問い合わせ先:長野県酒造組合

(取材・文/空太郎)

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