2020年10月、中欧ポーランドの首都・ワルシャワにある老舗レストラン「日本館NIPPON-KAN」で、ポーランド初の「日本酒祭り」が開催され、そこで日本酒サービス研究会・酒匠研究会連合会(SSI)30周年記念事業の一環として日本酒講座が開かれました。

講座を担当したのは、SSI日本酒学講師の資格を持つハッセー更香(さりか)さんです。

ハッセー更香さん

ハッセー更香さん

ワルシャワを拠点に日本酒と顔ヨガのコンサルティングビジネスを立ち上げたばかりの更香さんに、ポーランドの日本酒事情についてお話をうかがいました。

国際的なキャリアから日本酒の道へ転身

国連でのキャリアを退き、日本酒と顔ヨガのコンサルタントという職業に転身された更香さん。

「昨年9月に会社を立ち上げたばかりで、それまでは、国連で10年近くアフリカやアジア各国に赴任し、ケニア、ベトナム、タイなどでは貧困撲滅や女性のエンパワーメントの政策などに従事していました。

私の立ち上げた会社『Sarika Group』の企業理念のひとつに、日本酒業界で活躍されている女性を応援すること(Women in Sake Project)を掲げています。その点で、起業当初は成人女性を主な顧客層と想定していましたが、現在は老若男女問わずお問合せくださっていて、良い意味で想像を超えて活動の範囲が広がっている状況です」

大胆とも思えるキャリアチェンジをされた更香さんですが、もともと日本酒はあまり好きではなかったそうです。では、いったい何がきっかけで日本酒の仕事を始めるようになったのでしょうか?

「福島の温泉旅館に泊まったときに、そこで料理と一緒に供された日本酒があまりにもおいしくて衝撃を受けました。あいにく銘柄まではわからなかったのですが、その時に初めて日本酒の魅力に気づきました。それ以来、いろいろな日本酒を飲み比べたり、自分で勉強をするようになると、ますます日本酒が好きになっていったんです。

そんな中で、日本国内では日本酒の消費量はおろか酒蔵の数が減り続けている現状と、逆に海外では日本酒の人気がどんどん高まっている状況を知りました。そこで、ワルシャワへの移住を機に、外国人に向けた日本酒の啓蒙ビジネスを始めることにしたのです」

日本酒と酒ヨガのコラボイベント

更香さんは、日本酒の事業と並行して、日本酒と顔ヨガを組み合わせたユニークなセミナーも行っています。

「ヨガには『Right here, right now』という、今この瞬間を大切にするという考え方があります。少し気分が乗らないときでも、口角をきゅっと上げるだけで気分が前向きになることってありますよね。これも一種の顔ヨガ効果なんです。

同じように、きき酒をする時にも五感を使い、未来でも過去でもない『今、ここ』の瞬間に意識を向けることによって心が落ち着き、自分と向き合えます。おいしい日本酒で心身を潤し、顔ヨガで表情筋を豊かにできるので、この組み合わせはとても評判がいいんですよ」

ポーランドのリアルな日本酒事情

ホームパーティーの様子

ポーランドでは、お酒はどのように楽しまれているのでしょうか。

「友人や知人からホームパーティーに招かれると、食前酒としてまずストレートのウォッカが出てきます。食中にはビールやワインなどの醸造酒を楽しみ、食後にウォッカやウォッカで漬け込んだ果実酒を楽しむのが、こちらの定番。私も昨年12月からカリン酒を漬け込んでいて、飲みごろを楽しみにしているんです」

醤油や味噌が日本の食卓から切り離せないのと同じように、ポーランドでも発酵食品が人々の生活に根付いています。ザワークラウトなどの発酵野菜や「ジュル」と呼ばれるライムギの発酵液などが、古くから親しまれています。

「食中に醸造酒を嗜む文化があるので、日本酒がポーランドの食卓に上る可能性は十分にあるのでは」と、更香さんは期待を持って話してくれました。

ポーランドの街並み

続いて、ポーランドでの日本酒の流通事情についてもお聞きしました。

「ワルシャワには日本食を提供するお店がたくさんあって、日本酒も少なからずメニューに並んでいます。また、地元の人が通うポーランド料理店でも『醸し人九平次』がグラスで提供されていて、少しずつですが日本酒の広がる気配を感じます。

とはいえ、料金的にはお財布にやさしいとは言い難く、純米大吟醸1杯と同じ値段で、スパークリングワインが7杯くらい飲めてしまいます。日本酒ビギナーがレストランで日本酒を注文するには、まだまだハードルが高いですね」

ポーランドで親しまれているお酒

日本と比べて物価が約3分の1といわれるポーランド。ヨーロッパ産ワインや地元産のウォッカが安価なお酒として広く流通していて、日本酒の流通価格が高いことが課題といえそうです。

その一方で、ドイツやオランダなど近隣諸国から、オンラインストアを通じて日本酒を購入することができるので、質の良い日本酒が欲しいと思ったら、手に入れること自体はさほど難しくありません。

「少人数制で行っている私のセミナーでは、ワルシャワにある日本酒の問屋さんから仕入れたり、近隣諸国のオンラインストアから買い付けたりして、参加者には、さまざまな日本酒の味わいの違いを楽しんでもらうようにしています」

ウォッカ博物館で日本酒セミナーを開催

日本酒セミナーの様子

ポーランド・ウォッカ博物館で開催された日本酒セミナーの様子

SSI日本酒学講師の資格を持つ更香さんは、ワルシャワで日本酒セミナーを行っています。なかでも、ワルシャワにあるウォッカ博物館で、ウォッカのプロフェッショナルであるスタッフを対象に日本酒についての講座を開催したこともあるのだとか。

「ウォッカを愛す専門家たちなら、日本酒の素晴らしさもわかってもらえるのだろうと企画しました。ウォッカはポーランドの国民酒といえる存在で、なにより、ポーランド人はお酒が大好きですから。ですが、そんなポーランドでも“ウォッカは単に酔っぱらうための酒”というイメージが強いようです。

2019年4月にオープンしたウォッカ博物館は、旧ウオッカ蒸留所をリノベーションした新しい施設のなかにあり、原料違いのウォッカのテイスティングやガイドツアーなどが体験できます。ウォッカ博物館のオープンをきっかけに、これまでのネガティブなイメージを塗り替えようとする動きが感じられますね」

ワルシャワにあるウォッカ博物館

ポーランド・ウォッカ博物館

ウォッカ博物館での日本酒セミナーでは、9名のスタッフがSSI日本酒ナビゲーターとして認定されました。今後は、博物館が発信する外部向けの講座でウオッカと日本酒のコラボセミナーも計画中だそうです。

更香さんがこれまでに開催されたセミナーでは、どんな日本酒が好まれているのでしょう。

「私が行っている日本酒セミナーでは、基本的に、SSIの提唱する4種類のタイプの日本酒(薫酒・爽酒・醇酒・熟酒)とスパークリング日本酒を提供しています。これまでの感触では、スパークリング日本酒は総じて人気が高いですね。やはり飲みやすいからでしょうか。

香りの華やかな吟醸タイプや、旨味や複雑味が楽しめる純米酒は、世代・性別問わず好まれるようです。いわゆる爽酒タイプの日本酒は、スペイン料理のタパスとのペアリングで提供した際にとても喜ばれました。すっきりとしたタイプのお酒は、食中酒としてのポテンシャルが高いといえるかもしれませんね」

ポーランドで日本酒ファンを増やすために

最後に、コロナ禍の影響もあってオンラインでの仕事が増えているという更香さんに、これからの展望についてお聞きしました。

「国連での仕事は非常にタフで、とてもやり甲斐がありましたが、今のように、自分の好きなことで仕事ができるのはやっぱり楽しいですね。

今後はサブスクリプション型の日本酒講座を、顔ヨガの既存顧客でもある英語圏の女性起業家に向けて発信していきます。対面でのセミナーやイベントについても、周囲の状況を見ながら徐々に再開していく予定です。

また、つい先日、日本伝統濁酒研究所『どぶろくを愛でる会』(通称どぶろくラヴァーズ)の『どぶろくアンバサダー』にも任命されたので、さまざまな角度から日本酒の魅力を発信し続けたいと思っています」

ハッセー更香さん

ポーランドを舞台に、既存の日本酒ファンの裾野を広げつつ、新しい日本酒ファンを増やすような仕事を展開する更香さん。「お酒を飲むのが大好きで日本文化への関心が高いポーランドは、日本酒を楽しむ方が増える素地が十分にありますね」と、期待に胸をふくらませる姿が印象的でした。

特別な日においしいウォッカを楽しむような気分で、ポーランドで日本酒が楽しまれる日も近いのかもしれません。

(画像提供:SarikaGroup)

(取材・文:沼田まどか/編集:SAKETIMES)

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