ベトナム最後の王朝として栄えた古都・フエの地で、25年に渡り酒造りを続けている酒造メーカー、Hue Foods Company(以下、フエフーズ)。

この記事では、ベトナムで酒造りを始めた経緯から、海外で酒造りをすることの難しさやこれからの展望などを、蔵元の才田善郎さんにお聞きました。

ベトナムで新しい酒蔵をつくるという活路

才田さんの祖父にあたる才田善彦さんがフエフーズを立ち上げたのは1995年のこと。当時、福岡県で建設業を営むサイタホールディングス株式会社の社長だった善彦さんは、ベトナムに採石場を作らないかという打診を受け、現地を訪れました。

才田善郎さん

「フエフーズ」蔵元・才田善郎さん

「祖父はもともと、酒造業に魅力を感じていましたが日本では新規参入が難しく諦めかけていました。そんなとき、ベトナムの広大な田園に実る稲穂を目にして、『こんなにお米があるなら、ここでお酒を造れるんじゃないか』と考えたそうです」

当時のベトナムの情勢から銀行の融資を受けることはできなかったため、善彦さんは自己資金で醸造所を建てることを決意。年間を通して日本の夏のような気候のベトナムで四季醸造ができるよう、空調設備を整え、大吟醸レベルまで削ることのできる精米機を導入します。

さらに、醸造のスペシャリストが集まる東京農業大学に相談しつつ、日本から杜氏を雇用したほか、福岡県のとある酒蔵に技術指導を依頼して、現地に合わせた酒造りを研究し始めました。

「そこまでして建設したのは、祖父の酒造りへの想いがよほど強かったんでしょうね」と才田さん。

その後、事業として軌道に載ったフエフーズは、サイタホールディングス株式会社の子会社となりました。現在は、約80人の従業員を抱え、焼酎を中心に約30種類におよぶ酒類を製造しています。

ベトナムの風土に合わせた酒造り

ベトナムは、2021年度の調査で生産量第5位という世界でも有数のお米の生産地です。たわわに実る稲穂の光景にひかれて酒造りを始めたとはいえ、ベトナムで主に育てられているのはインディカ米。日本の酒造りに用いられる米とはまったく特徴が異なります。

ベトナムの水田

「酒造りに適した鉄分の少ないお米を探して、数百種類のお米を調べました。その結果、比較的日本のお米に近いインディカ米とジャバニカ米に辿り着きましたが、それでも、どちらも水分が少なすぎて、精米の時点で割れやすく吸水しずらいうえに、すぐ乾き、破精(はぜ)にくいという欠点があります」と才田さん。

酒造りには、なるべくジャポニカ米に近い短粒のお米を使用しているそうです。

精米歩合60%まで磨いたお米

精米歩合60%まで磨いたお米

「冷房もあり、設備的な問題はないのですが、湿気が高すぎるため結露しやすいのが悩みどころ。ステンレスから水が滴り落ちないよう、天井一面にビニールシートを貼るなど工夫しています。また、酵母は祖父の代から使っているものを自社培養しています」

フエフーズのSAKE・焼酎のラインナップ

フエフーズのSAKE・焼酎のラインナップ

ベトナムではリーズナブルな蒸留酒の売れ行きがよく、フエフーズの生産量の8割は焼酎で、SAKEは全体の1割程度。純米大吟醸、純米吟醸、本醸造、普通酒の4種類のSAKEを造っています。

「日本酒に馴染みのないベトナム人でもすっきり飲めるように、基本的には辛口。味わいは、現地のベトナム料理に合わせて設計しています。日本で食べられるベトナム料理はあっさりしているイメージがあるかもしれませんが、現地の味は実は中華料理に近く、油を使った味の濃いものが多いので、飲み物で口の中をスッキリさせる必要があります」

杜氏の関谷聡さんは、「常温で放置してもおいしいお酒というのもポイントのひとつ」だと話しているそうです。

「基本的に酒類の流通は地元の問屋を経由しなければならず、さらに二次、三次代理店として日系の卸業者を経由し、ようやく酒販店に並びます。日系の酒販店は冷蔵で保存してくれますが、その手前の問屋は冷蔵設備を整えていないところがほとんどです」

現地の人の好みや料理との組み合わせだけでなく、ベトナムの流通状況にあわせるのがフエフーズが造るSAKEなのです。

評価されることがファンへの恩返し

フエフーズの純米吟醸酒「越の一(えつのはじめ)」は、2021年7月に開催されたフランス人によるフランス人のための日本酒・SAKEコンクール「Kura Master」の純米酒部門で、最高賞であるプラチナ賞を獲得しました。東南アジアにある醸造所の出品酒としては初の快挙です。

「去年はかすりもしなかったので、正直、受賞するとは思っていませんでした」と、才田さんは驚きを見せます。

「僕もこの年は造りに入っていたんですが、造りに関して大きなことは変えていません。違いがあるとすれば、蔵内の掃除を徹底したくらいです。フォークリフトを使って、天井を一枚一枚剥がして、全部をきれいにしたんです。隙間時間はずっと掃除をしていました」

同時に応募した他の品評会では結果を得られなかったため、「Kura Masterは、フランス人だけで評価をしているという点が影響しているのかもしれない」と分析します。

「品評会に出品するのは、長く愛飲してくれている地元の人たちに感謝を伝えるためです。昔からベトナムに駐在する人で、古くから『越の一』を飲み続けてくれている人がいます。自分の好きだったものが評価をされるのはうれしいことですし、長くファンでいてくれる人々になにか恩返しできないかという気持ちで出しているので、今後も品評会には挑戦し続けていこうと思っています」

今回の受賞は、蔵人にとっての自信にもつながったと才田さんは話します。

フエフーズで働く蔵人たちは、関谷杜氏を除いてすべてベトナム人。現地の学校を卒業した人々を新卒で採用していて、20代前半~40代のという若いスタッフ構成です。

「彼らのほとんどは、まだ杜氏の指示に応えるのが精一杯で、自分自身でどんな酒造りがしたいかと考えるレベルまでには育っていません。今は初代の杜氏から続く意思を継ぎながら、その伝統をどのようにつないでいくかという段階です」

そう現状を説明しながらも、「酒造りを志す現地の人たちが、フエフーズで修行して独立し、ベトナム国内にSAKEの醸造所が増えていくという流れを作りたい」と夢を語る才田さん。そのためには、まずSAKEの知名度を上げて、SAKEを造るとお金が稼げて家族を養えるという状況にしていく必要があるといいます。

ベトナムは物価が安く、ビールが1本50円で手に入る一方、現地醸造で1,000円を超えるSAKEは多くの人にとって高級品です。ベトナムでは、SAKEはあくまで日本食レストランで楽しむものであり、一般家庭まではほとんど普及していない現状があります。

「越の一」

「短期的な目標は、ベトナムの人たちにとってSAKEを飲みやすく買いやすいものにしていくことです。日本食レストランだけでしか飲めないという状況は脱却していきたいですね。ラベルは一新し、ベトナムらしさを取り入れながら、遊び心を入れていく予定です。とはいえ、まずSAKEが日本から来たものだということを知ってもらうために、まだベトナムらしさを強く表現するのは難しい段階です。

たとえば、『越の一』というブランド名にひらがなも使っているのは、漢字だけの名前だとベトナムの人々にとっては中国語と区別がつかなくなるため。この“ひらがな”で日本由来のものということを表現しています。SAKEが広まるにつれて、日本らしさとベトナムらしさを合わせたものにしていければと思っています」

ライバルとともに、SAKEの魅力を世界へ

フエフーズの才田さん

サイタホールディングスの後継者であり、生まれたときからフエフーズの事業を継ぐことが決まっていた才田さんですが、実はあまりお酒が飲めないタイプ。あくまで一家の事業と考えていたそうですが、あるイベントをきっかけに、酒造りへの情熱が芽生えたといいます。

「2018年、Makuakeの5周年記念のイベント『Makuake MEET UP DAY 2018』に参加したんですが、その中のトークセッションに、WAKAZE代表の稲川琢磨さんが登壇していたんです。稲川さんは、僕と同じ1988年生まれ。同世代で、こんなにSAKEへの強い思いを持っている人がいることに刺激を受けました。

WAKAZEは、日本酒を造りたくても日本で造ることができず、フランスに醸造所を立ち上げました。それを聞いたとき、自分には継げる酒蔵があるのに、なにもやっていないのが嫌になって、真剣にSAKEと向き合ってみよう、彼らに負けたくないと思ったんです」

フエフーズの才田さんの写真

イベント『Makuake MEET UP DAY 2018』でインタビューに答える才田さん

それまでは日本酒に興味がなかったという才田さんは、このイベントをきっかけに学び始め、どんどん好きになっていったと顔を綻ばせます。

「日本酒は日本の伝統なのに、その魅力は日本人にあまり知られていません。海外へ行くと、日本といえば『Sushi』と『Ramen』に並んで『SAKE』だと言われるのにおかしいなって。知っているようでまったく知られていない、その奥深さがSAKEの魅力だと思っています」

才田さんのゴールは、「WAKAZEと同じように、世界中にSAKEを広めること」。それと同時に、ベトナムでSAKEを造る意義も重視しています。

「ベトナムの技術力の高さが評価され、大手アパレルメーカーの服は中国産からベトナム産へとシフトしています。これからは大手企業の下請けとしてではなく、ベトナムで作られるオリジナルの商品のクオリティの高さを周知していく必要があります。その中で、僕はSAKEでベトナムの実力を証明していきたいんです」

知名度の低い今はまだ伝統的な日本酒らしいSAKEを造る必要があるとしながらも、「いずれはベトナムらしさのある商品が造りたい」と話す才田さん。

「ベトナムは暑い国だから、スパークリングはいいですよね。炭酸を注入するのは設備的に無理なので、酵母の力で発泡する商品を考えています。また、ベトナムの特徴を出すという意味では花酛(東北地方に伝わるどぶろく製法で、東洋のホップと呼ばれる唐花草という副原料を使う)もよいと思っています。ベトナムは蓮(はす)が有名なので、蓮茶などもよいかもしれませんね」

フエフーズの従業員

ベトナムで酒造りを続けて25年、そのひとつの集大成として「Kura Master」プラチナ賞を獲得し実力を示したフエフーズ。その掲げるビジョンは、世界中でSAKEが造られ飲まれる、より大きな未来へつながっていきます。

(取材・文:Saki Kimura/編集:SAKETIMES)

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